ドーナツの国で I missed MisDo
私と主人は大のドーナツ好きです。結婚前には私が住んでいた西荻窪のミスドがお決まりの集合場所,待ち合わせをして朝食のドーナツ,そしてデートの締めくくりもミスドのドーナツ,まだ別れたくない気持ちの隙間をいつも甘いドーナツが埋めてくれました。結婚してからは筑波学園のミスドが私達の気楽なデートの場所になりました。夕方,買い物の帰り道に主人の仕事が終わる頃に合わせてミスドに出かけ,二人でティタイムを楽しんだ後に主人の車で帰るのが私の楽しみです。私はフレンチクルーラーとレモンティ,主人はオールドファッションとアメリカンコーヒーで,店に流れる50年代のロックンロールを聴きながら夕暮れの窓の外を眺めていると,いつのまにかハリウッドの青春映画の主人公になった気さえしてきます。手掴みでドーナツを頬張る,そんな飾らない青春が残っていそうな国アメリカ,いつかは私達もそんな国で暮らしてみたいねと話していました。
そんな私達の憧れの生活が本物となる時が来たのです。私達は主人の仕事の都合で平成4年3月から一年間,アメリカのアリゾナ州ツーソンという町で暮らすことになったのです。私も主人もうきうきとした気持ちで出発までの日々を過ごしました。サボテンの生える灼熱の砂漠を抜けてロサンゼルスまでドライブしよう。シボレーに乗って,ロックンロールをBGMに,ドーナツを頬張りながら・・・。私達は出かける前からアメリカングラフィティの世界に浸っていました。
私達が考えていたようにアメリカはやはりドーナツの国でした。町のショッピングセンターのファーストフードの屋台でも,主人が勤めていた大学のカフェでも,ドーナツのコーナーはいつも子供から老人まで多くの人達で賑わっていました。この国ではドーナツが主食の一部として堂々としているのが私達には本当に嬉しく思いました。日本では子供のおやつ位にしか思われていないドーナツ。特に主人は大の男がドーナツなんてという偏見のない世界が新鮮だったようです。さっそく私達は朝食と昼食を大学のカフェのドーナツでとることに決めました。朝食には甘くて柔らかいシュガーレイズドに冷たいミルク,昼食はシナモンの香りの堅めのリングにソーセージとポテトを付けて・・・。次の朝,主人の出勤時間に合わせて7時半のバスに乗りいそいそと大学のカフェへと出かけたのです。ところが,Oh my Godness! 私達がミスドで見慣れたドーナツがないのです。なんと,不気味に大きな茶色の塊,まるで小学校の給食でよく出た揚げパンのようなボディで,漬け込んだようにベトベトとシロップのかかったものが売り場に並んでいたのです。少しがっかりしながら,でも気を取り直してそのシロップ漬けのようなドーナツを食べました。たしかに生地はドーナツの味でした。でも日本で食べていたような繊細なものではありませんでしたし,なんといっても手掴みにするには気が引けるようなシロップの量でした。
それからは私達は暇を見つけては町中のドーナツ屋さんを歩き回りました。さすがにドーナツの国,個人経営の小さな店から日本にもあるチェーン店まで,いたるところにドーナツの看板がありました。しかしこの町でミスドの看板を見つけることはできませんでした。そしてどの店のショーケースにもシロップやチョコレートにどっぷりとディップされた揚げパンやエクレア,香料のきつい臭いと赤や緑のコーティングも鮮やかなドーナツがところ狭しと並んでいました。でも残念ながら私達が日本で馴染んでいたような上品な甘さで見た目にも繊細なドーナツとは巡り合うことはできなかったのです。
私達のアメリカ生活は順調に進んで行きました。大学のキャンパスは勿論,アパートのプールサイドで,郊外にある牧場の乗馬スクールで,グランドキャニオンやロサンゼルスへのドライブで,私達はドーナツを食べながらアメリカンライフを満喫するという夢を実現することができました。ただひとつ違っていたのはドーナツの甘さと繊細さでした。充分に楽しみながら,でもなんとなく物足りない気持ちは結婚前にデートの終わりに西荻窪のミスドで味わっていた寂しさに少し似ています。Ah, I missed MisDo.
次の年の春,私達は無事に帰国しました。一年ぶりに筑波のアパートに戻った私達はその足でミスドに寄って懐かしいミスドのドーナツを買い込みました。帰国第一日目の夜,まだガスも電気も止まったままのアパートの部屋で思う存分食べた甘くて柔らかなミスドの味を忘れることはないでしょう。
今,私達はもう2年前のこととなってしまったこのアメリカ生活を懐かしく思い出しながら,相変わらず夕方のひとときをミスドでのデートで楽しんでいるのです。
(平成6年Mr.ドーナツ懸賞作文応募作品)