グレート・サファリ


いつ頃からだろうか.大草原を駆け抜ける野生の動物を見ることに憧れはじめたのは.天空に輝き続ける太陽,灼けた大地,抜けるような青空,一面の草原の果てには頂きに万年雪をのせて青くかすむキリマンジャロ.そこここに点在するアカシヤの巨木の木陰にはライオンの親子が寝そべり,日差しを受けて輝く草原ではシマウマやカモシカの群が草を喰む.彼方ではヌーの一団が土煙を上げて移動し,キリンは長い首をさらに伸ばしてアカシヤの若芽を摘んでいる.そんなアフリカの大草原の風景に思いを馳せるようになったのはいつ頃からだろうか.

しかし現実というものは思いとは裏腹に,北風のように吹き抜けていく.旅費を貯めて,旅程を決めて,休暇を取って・・・,ああ,何という煩わしさ.アフリカは遠い.実際の距離よりもずっとずっと遥か彼方にある夢の大陸アフリカ.そしてその夢の国から聞こえる開発の足音と動物達の悲鳴.夢は夢のまま心にしまっておくべきなのか.

7月初旬の暑い日,東京で会議があった.彼は自宅のあるつくばから高速バスに乗り,東京駅へと向かう.11時50分,バスは東京駅へと滑り込む.会議は御茶の水で14時から.よし,時間はまだ充分ある.彼はほくそ笑んだ.御茶の水の本屋へ行こうか,それともスポーツ店を覗こうか.しかし,それにしても暑い.今年はもう梅雨明けしてしまったのだろうか.冷房の効いた高速バスにゆったりと腰を掛けてきた彼は駅の中の人いきれと御茶の水駅から駿河台下までの距離を頭の中で思い浮かべる.それにしても暑い.アスファルトに照りつける日差しは容赦なく襲いかかり彼の気持ちを萎えさせていく.そうだ,都バスという手があったな.そこで彼は丸の内口へと向かう.そして12時すぎにバスに乗り込む.12時15分,バスは走り出す.

バスは灼熱の東京砂漠をゆっくりと進んでいく.窓越しにも眩しい真夏の太陽,ゆらめく陽炎.無味乾燥のビルの山並みの中をバスはゆっくりと進んでいく.その時,彼は見たのだ.眩しく輝く太陽の下,草原にたたずむシマウマの群を,カモシカの群を・・・.輝く真夏の日差しの中で3人,5人と群れながら食事へと向かう若いOL達.すらりと伸びた健康そうな手足を会社毎に異なる制服に包んで歩く彼女たち.一人一人は明らかに異なる個体でありながら一つの種類を作り上げ,それがさらに明らかに異なる群を作って進んでいく.それらはまさに美しい動物の群.彼女たちはハイヒールという蹄の音も高らかに,夏らしい白いブラウスを灼熱の日差しで照り返らせ輝かせながら,さながらアフリカの大草原を駆け抜ける野生動物のように大手町を闊歩していく.オフィスビルの窓ガラスはモザイクのように輝き,その反射光はいつしか彼女たちの制服をシマウマやキリンの模様へと塗り替え,都バスはセレンゲティの草原を行くサファリバスに変わっている・・・.グレート・サファリ in 大手町.いつ頃からだろうか.大草原を駆け抜ける野生の動物を見ることに憧れはじめたのは.

夜の帳が降りると平和な草原は弱肉強食の世界へと変わる.そしてこの大草原の主役達は夕闇の訪れと共に肉食獣へと変身する.豹柄のドレスに妖しく身を包んで.