ここはどこ? わたしはだれ?  注釈
  1. だからといって,これが理由で化学者になった訳ではないのだが.
  2. 長髪,天パーで職場ではいつもGパンとラフな格好でいるため,不真面目そうで我が道を行くタイプに見られるらしく,第一印象では「典型的なB型ですね」と言われることが多いが,結構マメで細かいので身近な人からは「見えませんね」と言われることもある.
  3. 結局のところ,軟弱な理想主義で最後は体力勝負の気まぐれ屋ということである.
  4. 故横山光輝の代表作.同時期に故手塚治虫の鉄腕アトムがあり,当時の少年達の人気を二分していた.
  5. メンコには3×7cm位のチビメン,6×10cm位のフツウメン,直径12cm位のマルメンがあり,フツウメンには薄いボール紙のウスメンと厚いボール紙のアツメンがあり,当時の東京城南地区ではフツウのウスメンが主流であった.自由帳に鉄人の全身の絵を描いてあげると,一般的な絵柄のウスメンを5枚位手に入れることができた.
  6. 当時の東京では,ニイニイゼミ,アブラゼミ,ツクツクホウシ,ミンミンゼミ,ヒグラシが生息していたが,当時はまだクマゼミは相模川を渡っていなかった.
  7. 今は横須賀線として利用されている新幹線に沿った線路は本来は品川と鶴見という工業地帯をつなぐ貨物専用線であった.途中の南武線矢向駅付近には新鶴見操車場という大きな貨物ヤードがあり,1970年まで10両ほどのD51型蒸気機関車が配備されていた.
  8. 小学校5,6年の時に同じクラスの鈴木君,守屋君,横山君など鉄道の好きだった友達で社会科の地図帳を使ってやっていた遊び.出題者がページを指定した上で地名を宣言し,他の人たちがその場所を探し出すというもの.結構マニアックで,毎晩遅くまでとびきりの地名を探しては次の日に出題していた.
  9. 東急東横線の田園調布の次の駅である「多摩川園」はこの遊園地に由来する.マイナーながらも楽しい遊園地であった.
  10. 小さなジェットコースターであるが,樽の形をした車両が1両で走るため,連結部分がない分急カーブが設定可能で,樽型という背の高い構造と相まって,クッと直角に曲がる時などそれはそれなりにスリルがあった.
  11. ミュンヘンオリンピックでの男子の金メダルで,一時的に男子スポーツの花形だった.
  12. 我が母校の目の前,淡島通りに面した栄屋パン店の名物メニューの名前である.大きなコッペパンを割って,バターを塗り,さらにあんこを塗ったものである.挟み物にはあんこの他,ジャム,ピーナツ,チョコ(各50円),キュウリ、ハム、サラダ,タマゴ(各60円)があった.頼むとハーフアンドハーフにして貰うことができ,時にはキュウリあんこ(55円)などという不気味なものも食していた.あんバタとは言っても,べつにシンナーを吸っていた訳ではないので念のため.
  13. 2重結合1組と3重結合4組を合成すると反応完了となるゲームである.結合状態の良し悪しで生成物の価値が決まる辺りは「ファインケミストリー」であるが,緑色の絨毯の上で実験をすることでは今で言う「グリーンケミストリー」の先駆けかも知れない.
  14. 大学の体育祭ソフトボール大会に参加して,結構いい成績だった.因みにチーム名は毎回異なっていて,今覚えている範囲でも「札幌ジャイアンツ」,「海老川染の助一家」,「打倒!電波の光」など,なんともしょうもない名前だった.
  15. モリを持って海に入り,タコや伊勢エビを捕って晩ご飯のおかずにしていた.モリの先に大きなタコや伊勢エビを刺して海岸へ上がってくると,砂浜がオオーッと一斉にどよめいて,そのどよめきがウェーブのように拡がっていく.ヒーローになったようで何とも快感であった.しかし,それでも残念ながら水着の女の子は捕れなかった.因みにこの技術を伝え聞いた応用化学科分析化学研究室のK助手から,館山臨海合宿所で行われた夏休みセミナー合宿に3回ほど招待された.といってもセミナーには参加せず,朝から潜って人数分のサザエを捕ってくるのが役目だった.
  16. 入った時には「環境庁国立公害研究所」だったが,その後に「環境庁国立環境研究所」,「環境省国立環境研究所」を経て「独立行政法人国立環境研究所」となって今に至る.何回名刺を作り直したことか.
  17. 学園都市の研究所野球部としては老舗の一つである.因みにこの20年間の主な成績は学園リーグ1部優勝2回,準優勝1回,2部優勝1回,つくば市谷田部地区大会1部優勝1回,準優勝1回,2部優勝1回,つくば市大会1部準優勝1回,2部優勝1回である.
  18. これは日帰り出張の場合で,泊まりがけで出かけた時には上野駅で車内のさきイカとワンカップの臭いを嗅いだだけで「帰ってきたな〜」となって安心する.
  19. 節分に食べる伝統料理で,新巻鮭の頭やダイコン,ニンジンをナマスのようにしたものである.場所によってはすみつかれとも言うようである.
  20. 元々文章書きは得意で小,中と学校文集の常連だった.大学3年の時の公務員模擬試験では優秀作文の模範解答になったこともある.そして大学4年からの5年間の研究室での「器具破損届け」で針小棒大の作文術に目覚めたのだった.
  21. これまでの最長はA4にTimes New Roman 12ポイントのダブルスペースで47枚という一般論文を投稿したことがあるが,審査員から「読んでいて悲しくなった」というコメントと共に却下された.
  22. 審査意見はA4にびっしり2枚を標準にしている.
  23. オリンピックの乗馬のような高貴な格好で馬場の中を優雅に走るのとは違って,Gパンにウエスタンブーツ,カウボーイハットでサボテンの荒野を走るタイプである.リンゴー・キッドのように馬の鞍からショットガンを取り出してクルクルやるのが憧れである.
  24. あくまでも自給自足の一環であるから,狙い物は群れで回遊しているアジ,イナダ,ハナダイ,スルメイカが中心で,ヒラメ釣りのようなギャンブルには興味はない.なお,年に数回出漁の素人釣り師としては上手い方だと自分では思っている.本格的に始めて8年で40回程度出漁しているが,竿頭を15回経験,週刊釣りニュース2001年8月10日号14ページに写真入りで紹介されたこともある.
  25. これまでのお気に入りは,メルボルンで手に入れたAnthony Browneの「BEAR HUNT」と,ツーソンで見つけたJan Romero Stevensの「Twelve LIZARDS Leaping」である.