【不登校とは慢性疲労状態】
私達は10年ほど前から日本における不登校状態の学生達が慢性秘湯状態であることを明らかにしてきました。日本ほど深刻ではありませんが世界のあちこちに認められ、英国では大半が慢性疲労であると報告されました。不登校は一言で言えば「動物としての生命力が一時的に低下する現象でしばしば後遺症を残すもの」です。
言いかえれば「行くも地獄、行かぬも地獄」の苦しい生活を余儀なくされる人生における一大事です。一般の認識のように「学生や子供達の人格の未熟さが学校嫌いの原因」などと全く根拠のない誤解がまかり通るようでは、子供達は浮かばれず不登校問題の解決の糸口も見つかりません。
不登校初期では学校に行けないことが目立ちますが、もっと大事な事は家の中でゴロゴロしていて誰もが一度は閉じこもりを経験することです。学校には行かないのに毎日元気で遊んだり勉強している子はおりません。「元気で夜遊びしているではないか」と思われている若者も昼は閉じこもっているのです。
さてなぜ不登校状態の子供達は閉じこもるのでしょうか。第一番目には、普通に生活するエネルギーが無くなっているからなのです。二番目には、学校にいけない事が自分でも恥ずかしく、納得できず、隣のおじさんやおばさんの視線がつらく、こんな惨めな自分が親を苦しめていると感じているからと考えられます。惨めな自分を感じつつ、部屋でゴロゴロした生活を送りながら登校できない状態が、果たして学校嫌いや怠けによって起こるでしょうか。
【時差ボケににている不登校状態】
不登校状態で受診した子供達や学生達の80%程度に睡眠障害が認められます。典型的には、寝つきが悪く、途中で目が覚める、熟睡感が無く、悪夢を見るなどで結果として朝起きることができず、午後には少し元気が出てきますが、全体的にはエネルギーが本来の半分にも満たないと思います。また学校の行き帰りだけでへとへとに疲れてしまうと言います。ではなぜこの様に子供達は疲れるのでしょうか。
私達の研究では、子供達が時差ボケと同じような状態にあることがわかりました。人が夜に眠りに就き、朝は起きて活動する日常生活を行う為には、ホルモンの分泌や体温の調節がしっかりしていなければなりません。
夜中には眠る為の松果体ホルモン(メラトニン)が出され、朝には活動に備えるホルモン(β-エンドルフィン、コルチゾールなど)が分泌されなければ、眠ることや起きて元気に活動することができないのです。このホルモンや体温のリズムを生体リズムと呼びます。ジェット機旅行で海外に出かけた時の時差ボケは生体リズムが乱れることによって起こります。不登校状態の子供達にはホルモン分泌時間のリズムや量が乱れ脳の温度調節ができなくなっており、まるで時差ボケと同じ状態が延々と続いているのです。
【時差ボケと慢性疲労】
この時差ボケが軽視できないのは、長期化あるいは重症化すると能力が想像もできないほど低下するからです。気力、集中力、持久力、記銘力、判断力、認知力等の精神活動性が低下した時には人格の変化が起こり、言葉がうまく出なくなるなど重大な問題が現れます。中には突発的に暴力が起こり家庭内暴力と呼ばれます。また友人関係や家族関係に様々な亀裂を生じさせ日常生活に困難をもたらすことになります。勉強は全く手に付かず表情は精気が無くなってぼんやりしてきます。
この状態では心身の総合的で正常な反応は望めないので、日常生活さえまともに送ることができず、午前中は家でゴロゴロと横になる事が多く勿論登校できないことになってしまいます。怠けだとか親のしつけの問題だなどとの考えは誤解であり、そんな目で彼らを見ること自体がいじめに他なりません。
【エネルギー低下】
最初1週間に1日程度なんとなく休む日が現れ、気が付くと月に数日休んでいる状態となり、そのうちに1日登校すると2〜3日休まなければならなくなり、最後は全く学校へ行けません。不安による脳の興奮性が高くなり脳が熱を持つので睡眠中に脳温が低下せず、睡眠が浅く長くなります。起さずに目が覚めるまで待つと平均して10時間ほど眠ります。この長い睡眠時間のため朝起きができません。
その上、交感神経に比べて副交感神経の力が際立って弱くなって休養が十分に取れず疲労が溜まります。この疲れは脳の疲れであるため休んでも休んでも回復しません。いわゆる慢性疲労症候群となってしまいます。
【脳の血流低下】
不登校(慢性疲労)では、脳の中でも生命を守り維持する為の大事な場所の動きが悪くなっています。キセノンCTという検査で脳の血流を測定すると左右の視床と左右の前頭葉の血液の量が減少しており動きが悪くなっているのが分かります。
逆に基底核の血液は増加していてむしろ興奮状態にあります。これは精神活動をどんより眠たく低下しているのに不安感だけが強いという状態という事ができます。この生命の脳の疲労が慢性疲労症候群なのではないかと考えます。
<熊本日日新聞社の「まいらいふ」より(2000.9)>