Posted by 倉西先生 on 2013/05/24 18:16:32:
ホッブスの社会契約説は、主権者が強欲でなくきちんと守ってくれるなら成り立つが、実際は、主権者も人間で闘争を引き起こす存在。ホッブスは、書物に『リヴァイアサン』と題名をつけるふらいだからそのことに気付いていたはずなのに、何故、こんな主張をしたのか。 回答 主権者への権力集中は、清教徒革命を経験したホッブスにとっては、次善の策として容認されていたようです。つまり、無政府状態となり、”万人の万人に対する闘争”となるぐらいならば、主権者の暴君化の害は、より小さいのではないかと考えたのです。
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