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夢 守 教 会
†† 第一話「少女のケニング」1/(5)
◇
「一つ目は、狂人になること」
菖蒲さんが一つ目の指を折る。
「これは取り立てて何もしないってことだね。古来より精神に負荷を追った者は何もしなければこの帰結に辿り着くことがままあるんだ。具体的には、正しいものと正しくないものを区分する正誤の区分、全体と部分の区分、主観と客観の区分、自分と他人の区分、まあ色々と欠落部分によって下位分類に分けられるんだけど、基本的にはそういった『正常』である人の脳に備わっている区分する機能が欠落してしまう状態になるってことだね。言語による世界の切り取りが出来なくなったり、コレも区分の欠落の一つだね。この選択肢の欠点は、完全に理性を失うまでは中々苦しいこと、そして理性を失ってからは他人に迷惑をかけてしまうこと。利点としては、完全に理性を失ってしまえば、本人には他人に迷惑をかけているのかどうかすら自分では分からなくなること。そんな所かな」
「二つ目は、自殺すること」
菖蒲さんが二つ目の指を折る。
「これは一つ目に比べて少々能動的に世界に働きかけるって選択肢かな。文学の世界なんかでよく出てくるでしょ? 世界と関係性を結べなくなった人間ってヤツが。アレが、結構現実にもいるわけ。そういう人の場合、世界との不調和、それが負荷となって精神に何らかの異常をきたしているわけなの。だからこの選択肢はその負荷の原因そのものを取り去っちゃうって意味で有効なのかな。つまり原因となっている世界そのものの方を消し去ってしまうわけ。で、自分の外に存在する世界の方は消そう思ったら核兵器を自由にできる権力者にでもならなきゃ不可能だから、実際には自分の内に存在する世界の方を消してしまうと。世界そのものを消してしまえるほどに自分は偉大であると信じてる、あるいは錯覚している人向けの選択肢かな。注意点としては、果たして今回の優希の場合世界を消してしまうことが望ましいことなのかどうか、その辺りを慎重に考える必要があること。この選択肢に関してはこんな所かな」
「三つ目は、宗教に走ること」
菖蒲さんが三つ目の指を折る。
「これは、一つ目ほど何もしないわけでもなく、二つ目ほど積極的になるわけでもない。その中間って感じの選択肢かな。探しものをするの。世界の中で信仰の対象となるものを探す。もうちょっと具体的に言えば、自分の内側の世界と外側の世界を行ったり来たりしながら、世界で、これは内側の世界と外側の世界両方を含めた世界のことだけど、その世界の中でもっとも『確かなもの』を探すということをやるわけ。なんでそんなことをするかというと、それは探しているものがもっとも『確かなもの』だから。もっとも『確かなもの』は万能なの、何しろもっとも『確かなもの』だから。どんな願いでも叶うわ。精神の負荷を取り去りたいという願いも。もちろん優希の願いも。ただ注意点としては、外側の世界には、ううん、内側の世界にさえも、全然確かでもなんでもないものを、これが世界で一番『確かなもの』ですよって嘘を付いて教えてくるヤツがいるってこと。嘘か本当か、それを見分けるのが結構大変。万が一嘘に騙されてしまうと、ああ、やっぱり一つ目か二つ目を選んでおけば良かったなって、そんなどうしようもない帰結になる可能性がある。そこが、とっても注意しなきゃならない所。この選択肢に関してはそこが重要かな」
菖蒲さんが掲げた手を下ろす。
「古来から、精神に過度の負荷を負った者が最終的に選ぶ選択肢はこの三つしか存在しないんだ。どう? 優希はどれを選ぶ?」
◇
揃いも揃って物騒な選択肢ばかりがでてきたな。そういう感想が否めない。
だけど、この三つの中からしか選べないのなら、もう、どれを選ぶかなんて決まってるようなもんじゃないか。
僕は、狂人にはなりたくないし、とりあえず自殺もしたくない。
「三つ目でお願いします」
僕はそう答えた。
すると菖蒲さんは上半身を起こし、僕の頬にそっとキスをした。
至近距離で瞳と瞳がぶつかる。
「それじゃ、あなたに必要な娘を紹介するね。とっても可愛い、女の子」
こうして僕は、新興宗教少女、弓村理子を紹介されることになる。
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