†Yes!プリキュア5二次創作SS†


こまち×かれん【4.5話】


 身につけていた衣類を全て脱ぎ終えた秋元こまちは、入浴の際は人は裸になるという事実に想いを馳せる。
 日常生活の中の当たり前の営みとして、今現在もこまちはこうして夜には入浴している。これはもはや習慣と言える。
 だけど、どうしたことだろう。今日は、日常生活の中で、入浴の際にだけ人は裸になるという事実が妙にこまちは気になった。
 衣服を厚く纏えば安全な反面、どんどん自分の本来の姿とは離れていく。
 衣服を着飾れば着飾るほど、煌びやかにはなるかもしれないけれど、ありのままの自分とは遠のいていく。
 何故だか、そんな当たり前の事実が今日のこまちには無性に気にかかったのだ。

 シャワーの温度を調節しながら、脳裏に思い浮かべる人物は二人いる。

 一人は、つい先日こまちの夢を肯定してくれた年下の少女、夢原のぞみさん。
 もう一人は、旧来の親友の水無月かれん。

 裸体の表層を流れていく温水を心地よく感じながら、ありのままの姿を、

 見られた/見たい。

 そんな想念を秋元こまちは抱くのだった。

  ◇

 本当に願っていることを大っぴらに曝してしまうのは、躊躇われる。
 本当に願っていることは、自分の核心だから。何にも覆われていない、自分の剥き出しの裸体だから。
 仮にその姿を笑われたり、非難されたりしたら、どうしたって傷ついてしまう。
 人類が衣類を纏うのには防寒以外の文化的な意味があるという話を、年齢のわりに博学なこまちは知っていたが、つまりは、剥き出しの自分が見られるのが怖いから、人は衣類を纏うようになったのではないかと想いを馳せる。

 だけどそんな何物をも纏わない素の裸体を、自分の核心を、

(――彼女は「夢」と言ってくれたけど)

 夢原のぞみさんは、あっという間に、だけどものすごく滑らかに、剥き出しにしてくれた。
 そして、「応援する」と彼女は言った。

 正直、裸の自分に自信がなかった。どんなに磨いても、他人にどう思われるのか、それが怖かった。
 だからだろうか、どこかコソコソとした態度でこまちは小説を書き続けていた。
 かれんにすら、書いたモノを見せたことまではなかった。
 衣服を何重にも纏って、ボカす。
 大事なモノだからこそ、ありのままの姿は見られないように。
 そうやって幾重にも纏ったこまちの防壁を、衣類を、夢原さんは簡単に、だけど丁寧に脱がせて、一言、こまちの裸体は綺麗だと、そんなことを言ってくれたのだ。

 それがどれほど嬉しかったのか、たぶん夢原さんにも伝わらなかっただろう。
 たぶん、夢原さんにはそれほどの自覚もなかったのだろう。

「秋元先輩は実力あるもん」

 その言葉にどれだけ自分が救われたのか。

「図書館で仕事しながら、ずーっと小説書いてた。
 努力できる人はぜーったい実力あるもん!」

 根拠の無いその肯定が、どれだけ嬉しかったか、こまちは、噛み締めている。

 春は、出会いと始まりの季節である。
 改めて剥き出しの自分になってみて、こまちは何かが始まる気がしていた。また、はじめたいとも思い始めていた。
 そして、何の縁(エニシ)なのだろう。自分を救い出してくれた夢原のぞみさんは、今、かれんに関心が向いているようだ。

 彼女なら、夢原のぞみさんならあるいは、とこまちは思う。

 そう、こまちが幾重に衣服を着込んでいたように、かれんもまた、こまちの前ですら厚く衣類を纏っていることを、こまちは知っていたからだ。

(本当は、裸のままのかれんを、私も見たいのよ……)

 そんな想いが、ある決意をこまちにさせる。
 それほど深刻な決意ではない。ただ、夢原さんがかれんを救い出す前に、自分にもできることがあるだろう。そんな親友として当たり前の気持ちを抱いたのだ。
 それくらい、こまちとかれんの間には、お互いを信頼して過ごした長い時間がある。
 衣類越しのつき合いだとしても、きっとその時間が無駄だったということはないはずなのだから。

  ◇

「かれん」
 あくる日、放課後に生徒会室に向かうかれんを廊下で呼び止めたこまちは、一冊のノートをかれんに手渡した。なかば押し付けるように、かれんの胸に押しやった。
 ノートを手にしたかれんは、パラパラと数ページめくっただけで、このノートの意味に気付く。我が親友ながら、かれんはとても頭の回転が速いのだ。
 途切れ途切れの言葉や、アイデアが連結した図表。そして自分のコアから発せられた「何か」が羅列されたメモ。他の人間が見たら何か分からないそのこまちの内面のあり方を綴ったノートの意味を、かれんは理解する。
「でも、どうして? 恥ずかしいからと言って。こういうの、ずっと見せてくれなかったじゃない」
 ことの他深刻に受け止めてくれたらしいかれんに、こまちは穏やかな笑顔を作って答える。
「まだ色々なお話の断片だけで、作品でもなんでもないのだけど、でも……」

(裸の私かな)

 と言いかけて、さすがに比喩的で文脈がなくては分からないだろうと、こまちは少し言葉に詰まる。思い浮かんだ言い回しのせいか、若干顔が赤くもなる。
 実際、この行為は、大事な相手の前で、自分から一枚一枚衣服を脱いでいく行為に似ている。夢原さんが好きだと言ってくれたこまちの裸体を、かれんが拒絶するとは思わなかったが、それでも、一抹の恥ずかしさを感じてしまうのはどうしようもないことだった。
「分かったわ」
 かれんは、言葉が続けられないでいたこまちの肩をポンと叩くと、本当に色々と分かってくれたような微笑で、大事なものを扱うようにノートを鞄にしまってくれた。
「お家で、落ち着いて読ませてもらうわね」
 そう言い残して身を翻し、かれんはこまちに背を向けて歩きはじめる。行き先は生徒会室だろう。学校での生徒会長としてのかれんは、他人の期待に答えるために、今日も水無月かれんとしてのあり方を「こなし」て行く。
 こまちはその後ろ姿を見て、
(分厚い衣服を纏っている)
 と、そんなことを思った。
 とはいえ、こまちとしては大事な相手に対する自分なりに信じる過程は通した。
 相手の裸を見たいのなら、まずは自分の裸を見せなければと。
 それがこまちなりの「フェア」なあり方だった。

  ◇

 その夜、こまちは自宅で一本の電話を受け取ることになる。
 こまちあてに電話をかけてきた相手は、他ならぬ水無月かれんである。自宅にまでかれんが電話をかけてくるというのは、正直めずらしい。さらには、そろそろ他の家族が寝静まる頃という、一般的に電話をかけるのが遠慮される時間帯にかかってきた電話だったのが、なおさらかれんからのこの電話の特殊さをこまちに印象づけた。
「こまち、見させてもらったわ」
 電話の向こうからそう切り出したかれんの声色から、やはりいつもと違う雰囲気をこまちは感じ取る。
「うん、ありがとう」
「本当、断片だったけれど、面白かったわ。なんていうか、こういったこまちの思考や言葉の断片が、一定の方向性を持ち始めて、収束して、何かを形作っていくのが、とても楽しみな気がしたわ」
「ふふ、ありがとう。語彙も豊富で、さすがにかれんは褒めるのも上手いわ」
「そ、そんなんじゃなくて。私は本当に……」
「うん、分かってる、ありがとう」
「ねえ、こまち」
「うん」
 それから、とりとめのない話を、かなりの時間、電話ごしにかれんとかわした。
 友だちとの長電話など、こまちくらいの年頃の女の子にはよくある話のはずなのに、ここまで長い電話越しの会話は、こまちとかれんの間では初めての出来事だった。
 何気ない日常の話に、ちょっと年齢にふさわしくない知的な話。学校の話。クラスメイトの話。夢原のぞみさんの話。そんな話をして過ごす。
 同年代の女友達同士としては、ありふれた時間が流れていく。
 それでもこまちは、ただそれだけの時間で、今日いきなり手渡してしまったノートを。自分の裸体をかれんも肯定してくれたのだと、理解するに至った。
 あとは、
(かれんの方の話だ)
 こまちは剥き出しの裸体を受け入れてくれたかれんに感謝しながら、同時にかれん自身のことにありったけの想像力を働かせる。
 たとえば、今、こうして相手の姿が見えない電話越しに、かれんはどんな表情をして、どんな衣類を纏っているのか、とか、そういうことだ。
 少なくとも分かるのは、かれんは今、あの広い水無月邸で、一人でこまちに電話をかけているのだろうということだ。
 水無月邸にはこまちも招かれたことがある。あの豪勢な屋敷と、華奢な水無月かれんとのギャップ。そのアンバランスさの中に、水無月かれんの衣服と裸体との関係が隠されているように思える。何故なら、これほど長い時間電話で話しても、かれんは相変わらず、ご両親のことをこまちとの話題には出さなかったからだ。

 春は、出会いと始まりの季節である。
 こまちとかれんが、夢原のぞみさんと出会い、今、こまちが感じている何かが始まろうとしている感覚には、きっと何か意味がある。
 だからこまちは、この大事な親友との関係に新しい何かを始めるために、ゆっくりとそのことを口にする。
 夢原のぞみさんのように、いきなり相手の裸体を見抜いてしまう視力を持ち合わせていないこまちは、慎重に、慈しみながら、情事の前に相手の衣服を脱がせるような心持ちで、最初の1枚だけ、かれんが纏っている衣服を脱がしにかかる。
「かれん、今、何を考えてるの?」
 電話越しの相手の心情は、分からない。明るい話を書く作家が、内面ではどうしようもなく悲しい気持ちを抱えていることがあることもこまちは知っている。こまちが水無月かれんに感じていたのは、そういう類の装飾と裸体とのギャップである。
「お父様と、お母様がね……」
 かれんが、儚げな声でしゃべり出す。
「またしばらく帰ってこれないって……」
「うん」
 衣服越しにでも、それが水無月かれんの裸体だとどこかで気付いていたからこそ、こまちも胸の奥に痛みのようなものを感じてしまう。それでも、こまちには新しい何かを紬ぎ始めたいという衝動が最早抑えられなかった。水無月かれんのその先を、こまちは見たくなってしまったのだ。
「それがちょっと寂しい……なんて、考えてる、わ……」
「うん。うん。そうね。寂しいわね」
 ずっと水無月かれんが抱えている、長い長い孤独。それこそがどうしようもない水無月かれんの裸だから、かれんはずっとその核心を衣服で覆い隠して生きている。
 だけど、今、その衣服を1枚だけ脱がしにかかったこまちの行為を、かれんは抵抗せずに受け入れてくれた。
 今の秋元こまちに出来るのは、ここまでだ。それでも、十分に嬉しい。

 その後はとりとめのない話を続け、夜もふけてきたので自然と電話の時間は終了になった。
 遅くなってしまった入浴の時間に脱衣所で衣類を脱ぎながら、おそらくかれんは、本当はこまちにではなく、かれんのご両親に電話をかけたかったのだろう。そんなことをこまちは考え続けていた。

  ◇

「秋元せんぱーい」
 翌朝、登校途中に後ろから声をかけてきたのは、夢原のぞみさんだ。
 トテトテと小走りに近寄ってくる姿が、なんだか危なっかしい。
「私、今日こそ水無月先輩とちゃんとお話してみたいと思ってるんですけど」
 たぶん、自分のありのままを、あっという間に見抜いて肯定してくれたこの少女なら、とこまちは思う。
「放課後、水無月先輩って何処にいることが多いですか?」
「かれんは生徒会のお仕事が忙しいから。お仕事がはじまる前に、生徒会室に行ってみるのがいいと思うわ」
「わかりました。ありがとうございまーす」
 そう言って、前方にお友達の姿を見つけた夢原さんはまた小走りに走り去っていく。
 たぶん、生徒会室にいる時のかれんは、昨日の電話の時間が幻でもあったかのように、また分厚い衣服を纏っているでしょう。そうして、自分自身の寂しさはそっと殺して、他人のために、完璧な生徒会長にふさわしい衣類で、裸の自分を隠しているでしょう。
 だけどあるいは夢原さんなら、そんなかれんが自分で着込んでしまっている衣服を、やさしく脱がせてしまうかもしれない。
 そしてその時はきっと、こまちにそうしたように、夢原さんはかれんの裸体も綺麗だと愛しんでくれる、そんな気がする。

 早朝の陽光の中を夢原のぞみさんが駆けていく。
 そんな彼女の背中を目で追いながら、もしかれんがその裸を曝すことがあるならば、自分も剥き出しの裸で、そっと抱きしめよう。
 こまちはそんな決意を胸に秘め、今日も水無月かれんと時間を共にするサンクルミエール学園へと向かって歩を進めるのであった。

 ///

「一つだけ私と同じ所見つけたんです。お父さんとお母さんが大好きな所」

 夢原のぞみのその言葉に、水無月かれんが救われるのは、まだもう少しだけ、先の話である。

    [4.5話]<完>
      2009.5.23 presented by Yuji Aiba.



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