†プリキュアオールスターズDX二次創作SS†


のぞみ×舞【夢の射す方へ】


 空気が抜けるような音と共に、電車のドアが開らく。
 車内に生まれた人の流れと、喋り声で、ようやく美翔舞の意識は現実世界に引き戻される。
 まだ電車を降りるまでは三駅ほどあるのを確認して安堵してから、また、考え事をしているうちに自分の「内」に入りすぎてしまったわ、と、舞は反省する。首を振って意識を外側に向けようとするけれど、考え事をしていた時間は思ったよりも頭に負担をかけてしまっていたらしい。微かな頭痛を覚えて、意識は一向にはっきりしない。
 ガタン、ゴトン、と再び走り出した電車の低い音が聞こえてくる。
 電車の中というのは、思いのほか考え事に没入してしまう環境なのだなと、そんなことを意識する。

 結局、電車に揺られている間、舞は外の世界ではなく、自分の内側にある一つのイメージをずっと見つめ続けていた。

 ◇

 ナッツハウスは、学校が終わってから電車を利用して来るには少々遠い場所にある。
 昨日の夜のうちに電話でナッツから頼んでおいたアクセサリが出来上がった旨を伝えられていた舞は、今日は学校の授業が終わってから、一人電車を利用してこの場所までやってきたのだ。
 咲はソフトボールの部活があるので、今日は一緒ではない。
 さすがに、部活動が終わってからの遠出となっては、大変だろうという話になったのだ。
 それゆえに舞は今日は一人でナッツハウスを訪れたのだが、現在、咲がいないのとは別の理由で孤立感を感じてしまっていた。
 ナッツハウスの入り口は閉ざされていて、「Closed」の掛け札が下がっていたからである。
「え、ええと……」
 あの、ナッツさん、昨日電話で確かに出来上がったって連絡をくれたような。で、でも、そう言えば私、いつ取りに行きますという話はしなかったような。
 夕日が舞を照らし、地面に大きな影を作っている。
 佇んだまま、夕暮れ時の時間だけが過ぎていく。
 この状況は何かの自分の認識の間違いから来ているのではないかと考えて、ちょっとだけ入り口のドアを押してみたりもしたのだけれど、やはり開くことはなかった。
 ギシリと思いの外大きい音がしてしまったので、私、何をやっているのかしらと我に返って周囲に人の目が無いことを確認してしまったりもした。
 どうしようもない、という絶望だけが残る。「Closed」は「Closed」なのだ。
 ゆっくりと振り返って、帰り道を歩き始める。首がうなだれているのが自分でも分かる。
 その時だった。
「おーい」
 ナッツハウスの二階の窓から、見知った顔がこっちに向かって手を振っている。
「舞さーん」
 夢原のぞみさんが、舞に向かって手を振っていた。

 ◇

 のぞみにナッツハウスに招き入れられた舞は、お茶を煎れるというのぞみに、「おかまいなく」という月並みな言葉を伝えた。
 聞けば、ナッツさんは王国の方の用事で午後から出払っており、のぞみさんにナッツハウスの鍵を預けて今はパルミエ王国だと言う。
 のぞみさんはお店の留守番を申し出たのだけれど、一人では難しいからと諭すナッツの言葉で、結局今日の午後は臨時閉店の運びになったとのことだった。
「ナッツ、最近王国のお仕事も忙しくて、ナッツハウスを閉めてること多いの。『形成努力』が足りてないってうららが言ってた」
 うららさんが言っていたのはたぶん「経営努力」かな。そんなことを考えながら、舞はのぞみが煎れてくれた紅茶を口にする。甘めに煎れてくれたみたいで、少し疲れていた頭に糖分が染み渡るような感覚を舞は感じる。
「それで、のぞみさんはここでお勉強してたのね」
 のぞみと対面で座っている状態だが、手前のテーブルにはノートと数学の教科書が置かれていた。
「うん。図書館でやることも多いんだけど、たまには、ね」
「お邪魔だったんじゃないかしら」
「ううん。ちょうど、ずっと考えていても分からない問題があって……」
 のぞみさんはニッコリと笑った後、
「もうお手上げってところだったの……」
 と、うなだれた。
 一人であと何時間考えていても分からなかったと思うから、舞さんが来てくれて諦めるタイミングとしてはちょうど良かったと、ちょっと表情に影を落としたまま乾いた笑いを浮かべている。
 のぞみのこういう内側の心情が顔に出る所を、舞は好ましく思っていた。
 だからという訳でもないのだけれど、その時無性に、のぞみの顔を少しでも晴れやかにできたらいいのに、などという気持ちが舞の内側に沸いてきた。
「のぞみさん、教科書、ちょっと貸してみて」

 ◇

「という感じで、ここまでの数式をそのままXに代入しちゃうのがポイントだと思うの」
 一通り解答を導くまでの流れを説明し終えた後、横に移動して一緒にノートを覗き込んでいたのぞみの方を向き直ると、のぞみが口を開けて「マ…マ…」と漏らしていたので、一体どうしたのだろうと舞は思った。
 説明の間、いつものように数式を解くのとその解説に没入していたということに思い当たった舞は、ハっとして「ごめんなさい」と口にした。
「私、つい夢中になっちゃって……」
 のぞみはブンブンと首を振って、舞が謝る話ではないことを伝える。
「マ、舞さんって…、す、すごい……」
 ようやっとという感じでのぞみが振り絞った声に、舞は首をかしげる。
「すごい」というのぞみの言葉が何を指していたのかが分からなかったのと、昔、咲にもそんな顔をされたことがあったなと、そんなことを思い出していたのだった。

 ◇

「でも、のぞみさんはエラいわ」
 今日の勉強は終わりだと、教科書を整えていたのぞみの姿を眺めながら、舞は率直な感想をもらした。
「目標に向かって、一生懸命なのね」
 教科書には、数学以外の教科のものも見られた。かなり長い時間この場所で勉強していたことが伺える。のぞみの夢の話を以前に聞いていた舞は、確かに先生になるには今は色んな教科の勉強が必要なのだろうと納得する。
「夢、だからね……」
 くったくなく、自然と答えるのぞみを、正直舞は羨ましいと思った。
「みんな頑張ってるから。私も頑張らなくちゃって。そう思えるの」
 夢。のぞみさん達には、それぞれに夢があるのだと、以前会った時に舞は聞いていた。
 りんさんはアクセサリ職人、うららさんは女優、こまちさんは小説家、かれんさんはお医者さん。
 そして、のぞみさんは先生だと言う。
「舞さんにも、夢があるんでしょ?」
 教科書を鞄にしまい終えたのぞみが、彼女の分の紅茶に口をつけて、そっと尋ねた。
「私は……どうかしら?」
「えー? 画家さんになるんじゃないの? 舞さんなら、絶対なれるのに」
 以前、舞はのぞみやみんなに、自分の絵を見せたことがある。見せたのみならず、のぞみ達の姿を描いたこともある。のぞみがよせた心からの称賛は、何故だか咲に自分の絵を褒められた時の感じに似ていたのを思い出す。
「絵を描くのは好き。画家になりたいとも思うわ。でも……」
「でも?」
 なんでこんな話をのぞみさんにする気になったのだろう。
「たぶん、画家になる夢を追う道の先は……」
 この話は、今日もここに来る途中の電車の中で、ずっと考えていた話だ。
「すごい、一人だわ」

 咲にも話したことがなかった自分の内側を、舞はのぞみに話しはじめていた。

 ◇

 窓から射し込む夕日の明るさでお互いの姿が確認できて、照明をつけるのにはまだ早い、曖昧な時間だった。
 両手を組んでテーブルに肘をつき、静かにこちらを見つめているのぞみに、舞は語りはじめる。
「暗い場所に、一人でいるの。
 自分以外誰もいない場所で、パレットに向かって、色を混ぜたり、薄めたり、ずっとずっと繰り返す。
 キャンパスに大事なものが創られていく分、自分の体は刻まれていくの。
 最後には自分の体はもう残ってなくて、闇に飲まれてしまいそうになるわ」
「なんだか、苦しそうだね」
「そう、苦しいし、寂しいわ。
 だけど、原色のままの色をそのまま使ってもダメなの。
 画家になれる人って、そういう一人きりの暗い場所で、闇に飲まれるか飲まれないかのギリギリの作業を、繰り返し続けられる人だわ」
 電車の中でずっと見つめていた「内」にあるイメージはこれである。いや、今日に限らず、暗い世界で一人で絵を描き続けるイメージは度々舞の中に現れて、その度に舞は不安を感じていた。正直、最近は不眠の症状すらある。
「夢を追いたい気持ちはあるの。でも、一人でそうやってずっとずっと暗い場所にいたら、いつか闇に飲まれて帰ってこれなくなってしまいそうで……」
「怖いん、だ……」
 こくりと、舞は頷く。
 実際に、自ら命を絶ってしまった画家というのは、少なからずいるものなのだ。
 たぶん臆病だと思われるのではないかと舞は思った。
 夢を追える人というのは、強い人が多いから、だ。
「昔、うららが言ってた」
「うららさん?」
 のぞみは立ち上がると、ゆっくりとした歩調で、夕日が射し込んでいる窓の方に向かって歩き始める。
「夢を追うには、一人にならなきゃいけないんだと思ってたって」
「『た』って、過去形なの?」
 目を瞑ったのぞみは、何かを思い出しているようだった。
「最近はりんちゃんも、うららも、こまちさんも、かれんさんも、あんまりナッツハウスにやってこないから、今日、私は一人でここでお勉強してたの。暗闇に飲み込まれるとまでは言わないけれど、実は、とても寂しかった」
 のぞみさんも、一人は寂しいのだと、そんな当たり前のことをこの時舞は理解する。
「でもそうしたら、下の階で音がして、なんだろうと思って窓を開けたら、舞さんがいた。舞さんが来てくれた」
 「音」というのが自分が一階のドアを押した音だと思い当たった舞は軽く赤面したが、それでも、じわじわとのぞみが言わんとしていることが心に染みこみはじめてきた。
 気が付けば、のぞみは窓の所まで移動していて、少しだけ、窓から身を乗り出して夕日を見つめている。
「だから舞さんも、大丈夫だよ」
 振り返って、こちらに手を差しのばしたのぞみの背後に、夕日の光が重なったからだろうか、舞は、太陽のような一人の少女を思い出す。
 昔この「内」側の世界に入ってきてくれた人、光で照らしてくれた咲と、のぞみが、重なる。
「その暗い場所で、舞さんが暗闇に飲み込まれそうになったら、絶対に、私が会いに行くから」
 本当に、のぞみは会いに来てくれる。静かな確信が舞の内側に沸き起こってくる。根拠なんか無いのに、信じられる。この気持ちを、舞は知っている。そう言って本当に会いに来てくれた咲を、知っている。
 朱色の光が射し込んできている部屋が、なんだか暖かく感じられる。
「のぞみさん、ありがとう」
 そう伝えた舞は、この日、「内」側にあったイメージではなく、今、目の前にいるのぞみの顔を見ながら、のぞみととりとめのない話を時間の許す限り話し続けたのだった。

 ◇

 空気が抜けるような音と共に、電車のドアが閉まる。
 車内に訪れる静けさに、美翔舞の意識は「内」側へと落ちていく。
 少し、最近不眠気味であったこともある。電車の揺れが、単純に眠気を誘っていたのかもしれない。
 ナッツハウスからの帰りの電車の中、再び、来る時も見たイメージの世界に彼女は入る。
 また、ここね。
 暗い場所で、キャンパスに向かって色を、まだ生まれてない色を創り出そうと身を削りながら、美翔舞は思う。
 今日は、暗闇に飲まれてしまう不安よりも、今創り出している絵を誰かに、そう、のぞみさんに見せたいなという気持ちの方が大きい。

 ここは舞だけの一人の世界。それなのに、夢や太陽が射し込んでくる不思議な世界。

(大丈夫だよ)

 電車が咲の待つ町へとたどり着くまでの儚い時間。
 暗闇の中、夢とも現とも分からない世界で、舞はそんな誰かの言葉を噛み締めていた。

    [夢の射す方へ]<完>
      2009.4.18 presented by Yuji Aiba.



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