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Aggressive
ルヴァxコレット



ルヴァは途方に暮れていた。
“週刊神鳥”のページをパラパラとめくりながら、今日何度目かのため息をついた。
「はぁーーーーー」
ページをめくっていた指がピタリと止まる。
いいかげん開き癖の付いた“今週のあなた”という占いのページだ。
メル監修の占いは良く当たると評判で、このお堅い内容のフリーペーパーは、占い目当てで手に取る人がほとんどだった。
もちろん、ルヴァは占い目当てなどではなく、最初から一行も漏らさず精読し、巻末の占いにたどり着いたのだが、特に見ようとした訳でもなく目に入った“今週の蟹座のあなた”に釘付けになってしまった。


普段温厚なあなたも、今週は果敢に攻めて良い結果が得られるでしょう。
あなたの今の決断がこれからの人生を左右する可能性があります。
キーワードは、ずばり“アグレッシブ”です。



“アグレッシブ”という単語の意味は分かるが、念のため辞書を引いてみる。
aggressive
1、侵略的な、攻撃的な、好戦的な、口論[けんか]好きな
2、進取の気性に富んだ、障害をものともしない、ずぶといほど積極的な、押しの強い、果敢な

(研究社 リーダーズ英和辞典より)



「ふぅ、障害をものともしない、ですか……」
ルヴァは辞書を閉じ、再び“今週のあなた”に目を落とした。



「………様、……ァ様?」
「あっ! えっ?! あーっ! ア、アンジェリーク!」
「あの、……お邪魔でした?」
「い、いえ、邪魔なんて、そんなことないですよー。あなたの声も聞こえないなんて、ぼーっとしちゃってましたねー」
「お邪魔でなくて良かったです。……あ、それって今週の“週刊神鳥”ですよね」
アンジェリークがにこにこしながらルヴァの手元を指さす。
「あー、そ、そうですねー」
「私も毎週楽しみにしてるんです。えっと、内容は難しくってよく分からないことが多いんですけど、メルさんの占いが載ってるから……、あ、ルヴァ様も占いに興味があるんですか?」
慌てて閉じたはずの“今週のあなた”ページが開いている。
「えー、そ、そうなんですよー。占いには歴史があって調べているといろいろ面白いですからねー。特に占星術というのは……………」
ルヴァは開きかけた口を閉じて困ったように笑った。
「ルヴァ様?」
「あー、止めておきましょうね。どうも私の話は長くなってしまっていけませんねぇ。あなたがいつもにこにこして聴いてくれるから、ついつい調子に乗って話しちゃうんですけど、本当は退屈なんじゃないですか?あなたは優しいから私に気を遣って……」
「そんなことありません!」
「ええっ?!」
アンジェリークの大声に、ルヴァは思わず声をあげてしまった。
「退屈だなんて、そんなこと思ったことありません! ルヴァ様のお話は聴いててとても楽しいし、それに、お話をしてくださってるルヴァ様はとっても素敵です」
「えっ、あ、あのー、今、素敵って? 私を?」
「あ………」
ゆでだこのようになったアンジェリークが俯く。
「ルヴァ様は素敵です」
蚊の鳴くような声だったが、ルヴァの耳には確かに届いた。
“アグレッシブ”、占いのキーワードがパニック寸前の頭に浮かんだ。
ここで退いてはいけない。
障害をものともせず、果敢に攻める、のだ。

「あー、あのー、あのですね、アンジェリーク、今度の日の曜日に逢ってもらえませんか? こちらから誘うのはルール違反だと知っていますが、どうしてもあなたに聞いてもらいたい話があるんです」
アンジェリークは目を見開きしばらくルヴァの顔を見つめていたが、やがて、こっくりと頷いた。
「はい、ルヴァ様」

◇◆◇



聖地では珍しいことではなかったが、この日も空は雲ひとつない快晴で、森の湖は日の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「あー、珍しいですねー、日の曜日だというのに誰もいないなんて」
「そうですね。でも、ちょうど良かったです。……あの、何かお話があるって……」
「えっ、あー、そ、そうでしたねー。ええ、もちろん、そう言ってお誘いしたのは私ですから忘れる筈なんてないんですが、ええっと、その、もうちょっと待ってもらえますかー?」
「はい、いつまでも待っています」
アンジェリークの言葉を聞いて、ルヴァは自分の不甲斐なさに恥じ入るように背中を向けた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
“アグレッシブ”、押しを強く、図太いほどに。

「アンジェリーク、私は………」
振り返ろうとしたルヴァは足下に奇妙な感覚を覚えた。
地面がない………?
踏み出した左足は宙に浮き、身体は派手な音をたてて湖に投げ出された。

「ルヴァ様! ルヴァ様! ルヴァ様ーーーーーぁ!!」

湖には大きな波紋が広がっていたが、ルヴァの姿は見えない。
アンジェリークが湖に飛び込むか誰か人を呼びに行くかを決めかねている内に、波紋は小さくなり、やがて何もなかったかのように静まりかえった。

「ルヴァ様!」

アンジェリークが靴を脱ぎ、湖に飛び込もうとした瞬間、水面が泡立ち、次いで、ルヴァのターバンが見えた。

「ルヴァ様、大丈夫ですか?!」

「あー、アンジェリーク、心配かけちゃったみたいですみません。私は大丈夫ですよー。何て言うか、本当に間が抜けていますねぇ」
本当に、何て間抜けなんだろう、果敢に攻めるつもりがこのていたらく。
ルヴァは惨めな気持ちで服を絞りながら、それでも何か言わなければと話し始めた。
「えー、あの、……そうそう、意外に思われるかもしれませんが、一応、私、泳げるんですよー、ええ。昔、カティスに鍛えられましてねー。あ、カティスというのは前の緑の守護聖なんですけど、守護聖が水泳くらいできなくてどうする、なんて、むちゃくちゃ言われましてね、何度突き落とされたことか……。 えー、ですから、泳ぐことはできるんですけど、この服が水を吸うとこれほど重くなるとは予想外でしたねー。これは故郷の様式にのっとって作ってもらったんですよ。前にも言ったと思いますが、私の故郷は砂漠ばかりのところなので、服にも砂が入らないようになっているんです。確かに砂は入りませんが、水が入ることは考えてなかったんですねー。 砂漠で水に浸かる何てまずありませんし、オアシスで水浴びをするなら服は脱ぎますしね……」
ここで、ルヴァはアンジェリークが俯いたままなことに気づいた。
「アンジェリーク? ……ああ、そうですね、あきれちゃいましたよね。せっかく素敵だって言ってもらえたのに、これじゃあきれて当然です。自分でも情けなくなっちゃいますよ」
アンジェリークが激しく頭を振る。
「ルヴァ様、私……」
「はい、何でも言ってください。覚悟は、その、…できてますから」
「ルヴァ様、私……、私、怖かったんです。あなたの姿が見えなくなって、あなたがあのまま私の前から消えちゃうんじゃないかって思って」
「ああ、ずいぶん心配させたんですね。すみません。そりゃそうですよねぇ、湖に落ちた人間がなかなか浮かび上がって来なかったら誰でも心配……」
「ルヴァ様!」
話を遮って名を呼ぶアンジェリークにただならぬものを感じ、ルヴァは慌てて口を閉じた。
アンジェリークがまっすぐ自分を見ている。
「ルヴァ様、どうかそばにいてください! ……私、あなたのそばにいたい。あなたがいないとダメなんです」
「で、でも、あなたはこの試験が終わったら新しい宇宙に……」
「行きません!」
「ええーっ!?」
「こんな気持ちで新しい宇宙に行ったって何の力にもなれないに決まってます。アルフォンシアに迷惑がかかるだけです」
「アンジェリーク………」
「あ、あの、ルヴァ様はどうなんですか?」
「ど、どうって?」
「…………私なんてお嫌いですか?」
「ま、まさか! 嫌いだなんてとんでもない。好きですよ。湖に落ちる前にはそう言おうと思ってたんです。私はあなたが好きです。どうか新しい宇宙には行かず、私のそばにいてくださいって、そう言うつもりでした」
「今はそう言うつもりがないんですか?」
「!」
「私は、ルヴァ様が好きです」
「……いいんですか? 私はこんなんですよ」
ルヴァが濡れた袖を広げてみせる。
まだ滴が垂れていた。
「あ! そうだった! タイヘン、私ったら。ルヴァ様が風邪ひいちゃう。早く着替えなくっちゃ!」
手を取って走り出そうとするアンジェリークを引き寄せ、ルヴァが囁く。
「靴を忘れてますよ。ひょっとして、湖に飛び込むつもりだったんですかー?」
「ルヴァ様、着替えを」
「大丈夫ですよ。聖地では風邪をひきませんから」
「でも……」
「ふふっ、“アグレッシブ”というのはあなたのことですね。私は失敗しちゃいましたけど、あなたは、とても積極的で障害をものともしない」
「ルヴァ様……」
「ずっと一緒にいてくださいね、アンジェリーク」
「はい、ルヴァ様」
「ありがとう、アンジェリーク。あなたはとても大切な人ですから、このターバンは取ってしまいましょうね。愛する人の前では必要のないものですから」
ルヴァはターバンを外すとにっこり笑ってアンジェリークを見つめた。
湖より深い海の色を湛えた瞳を潤ませてアンジェリークもルヴァを見つめている。
背中を押されなかったら、手に入れることなど無かったに違いない至福の時だった。

占いは当たるものなんですねー、ルヴァは心の中で呟き、幸せをかみしめていた。


Fin


2010.1.5 再up




2009年アンジェリーク阿弥陀企画参加作品です。
お題、“aggressive”をいただき、最初に浮かんだのが、何故か、ルヴァ様でした。果敢なルヴァ様って素敵〜v、なんて思って始めたものの、流石はルヴァ様、ちっとも話が進みません……。アンジェに助けてもらって、何とかLLEDまでたどり着くことができました。
カティスがルヴァに水泳を教えたという公式記録(?)は多分無いと思います。勝手にでっち上げてしまいました(笑)。彼ならやりそうだ、ということでお許しください。
ルヴァ様が情けなさ過ぎたかもしれません(ファンの方、すみません!)が、楽しんで読んでいただければ幸いです。