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明日(あした)
リュミエールxコレット



「また明日、リュミエール様」
アンジェリークの部屋まで送っていって、感謝の言葉に次いで出た台詞だった。
「あ、ええ、そうですね、また明日」
アンジェリークは嬉しそうに笑うと、弾けるようにくるりと背を向けて部屋に入っていった。

「また明日」
閉ざされたドアを見ながら小さくつぶやいて、リュミエールも嬉しそうに微笑んだ。
『また明日お会いできるのですね』
そう思うだけで柔らかい日差しに包まれたような気分になった。
『また明日、アンジェリーク』
夕日が長い影をリュミエールの足下に落としていた。

それからは毎日必ず一度は顔を合わせるようになった。
用事はなくても執務室に顔を出し、「また明日」と言って分かれるのが常になった。
・・・アンジェリークが女王になるまでは。

アンジェリークは聖獣の宇宙の女王になった。
リュミエールも引き留めることはしなかった。
彼女の強い想いを知っていたから。

やがて神鳥の宇宙に危機が訪れ、またアンジェリークに会った。
辛いこと、悲しいことより、一緒にいられることが嬉しかった。

リュミエールは決心した。
全てに逆らっても、彼女を諦めはしないと。

心に強く想っていれば、やがて願いは叶えられる。
三度の出会いがそれを証明してくれているようだった。


◇◆◇



「どうしたんですか、リュミエール様?」
アルカディアの約束の地でアンジェリークが声をかける。
「え・・・? ああ、すみません。あなたと一緒にいるのにぼんやりしてしまうなんて、いけませんね」
少し恥ずかしそうに微笑むリュミエールに、アンジェリークはとびきりの笑顔を向けた。
「いけなくなんてないですよ。こんなに良い天気に、こんなに綺麗なところでぼんやりできるなんて、すっごい贅沢ですよね」
「贅沢、ですか。女王であるあなたの贅沢な時間を共有しているなんて、私は果報者ですね」
そう言うと、リュミエールは手を伸ばし、アンジェリークの髪に触れた。
以前よりは伸びた髪がサラサラとリュミエールの掌を滑っていく。
「ふふっ、ただぼんやりしていた訳ではないのです。実はね、あなたが女王候補の頃のことを思い出していたのですよ」
「やだぁ、何か恥ずかしいです。あの頃って、皆さんに迷惑ばかりかけてたみたいで・・・」
「迷惑などと・・・。少なくとも、私は迷惑などと思ったことはありませんでしたよ。あなたはいつも一生懸命で、 そして、愛らしかった。覚えていますか、私が最初にあなたの部屋までお送りしたとき、あなたが何と言ったか」
「えっ? えーっと、私何か言いました?」
「とても素敵な言葉でしたよ」
「うーん、あの時は嬉しくて舞い上がってたし、何をお話ししたかもよく覚えてなくて・・・。降参です。教えてください」
「降参するのは早いですよ」
リュミエールはにこにこして見守っている。
「ヒント、ヒントください!」
「別れ際にあなたは、何と?」
「えっと、さようなら、かな。あ、先ず、送ってもらったお礼よね。それから、さようなら・・・」
アンジェリークは記憶をたどりながら独り言を言い、やがて、一つの言葉にたどり着いて顔を輝かせた。
「・・・じゃない、そうだ。また明日、って、そう言ったんですよね」
「ええ、そうです。そして、あなたは言葉通り毎日会いに来て下さった」
「友達みたいに軽く言っちゃって、部屋に入ってから落ち込んじゃったんですよ。でも次の日行ったら快く迎えて下さって、 すっごく嬉しかったです」
「私も、”すっごく嬉しかった”のですよ」
ふたりは目を合わせ、しばらくの間見つめ合った。
「・・・・・今日も、また明日って言えたらいいのに」
アンジェリークが視線を外して呟く。
「また明日でよろしいのではないですか」
「でも・・・・・」
「アンジェリーク、明日は次の日になれば今日です。明日は、いつでも未来のことなのですよ。 未来を約束できるなんて素敵ですね。ましてそれが愛する人との約束なら、至高の喜びとでも言うのでしょうか」
「リュミエール様・・・」
「愛しています、アンジェリーク」
熱を帯びた瞳で見つめられて、アンジェリークは見る見る顔が赤くなる。
リュミエールは、恥ずかしくて俯いてしまった恋人の顔を長い指でそっと持ち上げ、その唇に優しくキスをした。

「また明日、アンジェリーク」
「はい、また明日、リュミエール様」
神鳥の宇宙と聖獣の宇宙、帰っていく場所は違ってもまた”明日”にはきっと会える。


◇◆◇



「花嫁さんは用意が出来たようだぜ」
ノックの後の返事も聞かずドアを開けたオスカーが目を丸くした。
「お前・・・」
新郎控え室には、真っ白な礼服を着込んだリュミエールが窓辺で静かに座っていた。
「天使でも舞い降りたかと思った・・・」
「オスカー、冗談はやめて下さい」
「ああ、天使はお前じゃなかったな。しかし・・・」
「何でしょうか?」
「幸せそうだな」
「幸せですから」
「くっ、ははは、違いない。聖獣の宇宙が発展し、女王陛下のサクリアが尽きるまで待ったお前だ。 やっと今日という日が訪れたんだ。幸せでないはずがないな」
「ええ、今日は、明日ではありませんね」
「? 当たり前だろう? 幸せすぎてボケちまったか?」
「ふふっ、そうかもしれませんね。さ、花嫁を待たすわけにはいきません。参りましょう」
「あ、おい、待てよ」

ベールの奥でアンジェリークが笑う。
リュミエールは笑顔を返し、強く想う。
これからはふたりで生きていく。
また明日、と別れることはない。
それでも言うのだろう、また明日、と。
同じ未来を共に過ごすために。


Fin



2010.1.5 再up




2008年アンジェリーク阿弥陀企画参加作品です。
お題に助けられました。目一杯使わせてもらいました。ありがとうございました!
「あす」ではなく「あした」という優しい響きに、可愛らしい恋の話が浮かびましたが、 あまりほのぼのとした話にならず、中途半端ですみません。炎様との掛け合いも中途半端で反省しています。
ただただ男前な水様が書けていれば良いのですが。