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女王

「バカ、何やってんだ?」
「あ、アリオス。お帰りなさい」
「お帰りなさいじゃねぇ。お前は寝てなきゃダメだろ?」
「だって、アリオスだけ危ない目に遭わせて、寝てなんかいられないわ」
「・・・・・あいつ、喋りやがったな」
「エトワールを恨むのは筋違いよ。あの子には報告の義務があるんだから・・・」
「恨んだりしねぇよ。あいつはあいつなりに頑張ってくれてるからな」
「うん、本当に・・・。不甲斐ない女王だからいろんな人に迷惑かけちゃって・・・。私・・。ねぇ、アリオス。本当に私で良かったのかな」
「何がだ?」
「私みたいなのが女王で良かったのかな。例えばレイチェルだったらもっと・・・」
「だからお前はバカだって言うんだ。いいか、俺は女王じゃないお前なんて知らないんだぜ。 初めて会った時からお前は女王で、そりゃ、バカで短気でどうしょうもないお人好しで、女王だなんて冗談としか思えなかったけど、 それでも最初からお前はこの宇宙の女王だった。だろ? 女王以外のお前なんて俺は知らない。良いも悪いもねぇ。お前は女王なんだ。 今は宇宙の維持だけを考えていろ。余計なことは考えるな」
「アリオス・・・・・」
「迷惑なんて慣れっこだぜ。へでもねぇから、どんどんかけちまえ。・・・俺にだけはよ」
「ありがとう、アリオス」
「わかったんなら良い子にしてるんだな。お前が元気じゃねぇといろいろできねぇし・・」
「いろいろ?」
「何だ。俺に言わせたいのか? お前、結構エッチだな」
「なっ!! ア、アリオスのバカっ!!!」
「クッ、ハハハハハ! ・・そんだけ元気があるんなら大丈夫だ。・・・じゃあな」

去っていく恋人の後ろ姿を見送りながら、アンジェリークは振り上げた枕をそろそろと下ろした。
泣きたいような、笑いたいような、アリオスに会った後はいつも自分が良くわからなくなる。
愛しくて、会いたくて、でも会ったらケンカばかり。
守りたくて、抱きしめたくて、でも守ってもらうばかりの自分。
「アリオスのバカ」
小さく呟いてベッドに横になった。
アリオスの声が聞こえる。
‘今は宇宙の維持だけを考えていろ。余計なことは考えるな’
「・・・そうね、確かにそうだわ」
‘お前が元気じゃねぇといろいろできねぇし・・’
「!」
アンジェリークは真っ赤になって布団を頭の上まで引き上げた。
しばらくは布団の中でもぞもぞと動いていたが、やがてその動きも止まり、やわらかな寝息が聞こえてきた。

◇◇◆◇◇

アンシャンヌ星系の惑星オフィアス。
氷河と雪山に囲まれた小さな村に異変が起こっているという噂は、レイチェルの指示でこの惑星に着いたばかりのアリオスの耳にも入ってきた。

「何でも、村人が一晩でいなくなっちまったって話だ」
「それ以前にも何人か行方不明者が出てたんだろ? あそこに何があるってんだ?」
「聖なる山、さ。あの山が村人を呑み込んだんだ」
「大方、祠でも壊してバチが当たったんだろ」

アリオスは噂話の中に入っていった。
「おい、その山ってなどこにあるんだ?」

「ん? おまえさん見かけない顔だけど、旅人かい? 旅人が聖なる山に何の用だい?」
「ああ、人捜し、・・ってとこかな」
「あの村に知りあいでもいたのかい? 悪いことは言わない、今は止めといた方がいい」
「そうもいかない理由があるんだ。教えてくれねぇかな」
「そりゃ・・・、どうしてもって言うんなら教えてやらないでもないが、どうなっても知らないよ」
「俺のことは心配しなくていい。あんた達には迷惑はかけない。それでいいだろ?」


聖なる山の麓。
「・・なるほど、な」
アリオスはひとり呟く。
あたりは異様な雰囲気に包まれていた。
足元から崩れていくような不安感、一歩一歩踏み出す足がやけに重い。
急に視界がぼやけ、何もない空間に突き落とされるような感覚に陥った。
「クッ!」
ゆっくりと息を吐き、剣を構える。
落下スピードが落ち、視界が開けてきたように思えたその瞬間、鋭い唸り声を立てて何かが飛びかかってきた。
人の三倍はあろうかという銀色の狼のような魔物。
「相手が見えるってのは有り難いぜ」
攻撃を余裕でかわしたアリオスの剣が魔物を切り裂く。
しかし、唸り声は止まない。
次から次へと、まるで聖なる山が魔物を生み出しているようだ。
切っても切ってもキリがない。
「元から断たなきゃダメか・・・」
襲ってくる魔物を退け、山の奥目がけて歩き出すが、鉛のようになった足は少しも前に進まない。
周りを魔物に取り囲まれて、アリオスはニヤリと笑った。
真珠色に光るつるりとした玉のようなものを取り出し、魔物に投げつける。
一瞬にして周囲の魔物は消え去った。
「・・・効果てきめん、だな」

抜き身の剣を持ったまま、急に軽くなった足で聖なる山に踏み入るが、半分ほど入ったところで、聞き覚えのある唸り声がした。
「おいおい、またかよ」
しかし、似たような姿だが今度の敵は強い。
一刀では倒せない上、動きが早い。
「上位クラスが出てきたってことは、ラスボスも近いな・・・」
いくらアリオスが剣の達人だといえ、多勢に無勢である。
少しずつ押され始めていた。
真珠色の玉はあとひとつ。
ここで立ち止まってはいられない。
アリオスは覚悟を決めて玉を投げた。

軽くなった足でさらに山の奥に進む。
待ち構えていたように魔物が進路を阻び、その背後には氷で出来た祠のような物が見えた。
しかし、祠にしては形が奇妙に歪み、中央にはぽっかりと口を開けた闇がある。
「そこか!」
アリオスは魔物を蹴散らしながら祠に向かい、渾身の力を込めて剣で切った。
・・・筈だったが、何の手応えもなく剣は空を切るだけだった。
「?!」
しばし呆然とするアリオスに魔物が襲いかかる。
危うい所で逃れたものの、魔物は次々と襲ってくる。
「こんな所で死ぬわけにはいかねぇんだ!」
魔物の牙を避け、爪から逃れ、剣を振り回すが一向に魔物の数は減らない。
「俺は、あいつの所に帰るんだ」
魔物の唸り声が遠くに聞こえる。
「・・俺・・は、・・・。・・アン、ジェ・・・・・・」


その時、眩いばかりの光りがアリオスを包んだ。
光りはどんどん大きくなって行き、聖なる山をすっぽりと覆って、ゆっくりと祠の上に集束して行く。

「ごめんね、アリオス。次元の裂け目に吸い込まれた村を探してたら遅くなっちゃって」
「・・・・・アンジェリーク?」
光が人型になり、女王の形を作り出した。
「もう大丈夫よ。村は元に戻したし、村人達も無事だわ」
にっこりと笑うアンジェリークに戸惑うアリオス。
「もう終わったの。次元の裂け目は塞いだからもう魔物は現れないし、溜まったサクリアも飛び散ったから、 土地の霊と結びついて悪さをすることもないはずよ」
魔物がいないことに気付いてアリオスはホッと息を吐いた。

「・・・・・お前、女王だったんだな・・・」
「なっ、何?」
「すげぇよ。・・女王の力、・・・か」
「アリオスが言ったのよ?」
「ん?」
「私は女王だって。女王以外の私は知らないって」
「ああ、そうだったな。お前は立派な女王様だよ」
「今頃気付いたの?」
「お前なぁ、ちょっとおだてりゃ調子に乗りすぎだってぇの」
「くすくすくす・・・」
「クッ、ハハハ、アハハハハ・・・・」
「ああ、そうだ。あの玉みたいなヤツ、アレ何だったんだ? 危なくなったら使えとか言ってたな」
「えっ? あ、アレはね、女王のサクリアを集めて練った物なの。魔物には効果があるんじゃないかなって思って」
「サクリア爆弾ってワケだ。物騒なヤツだな、お前」
「何よ! 少しでもあなたの役に立てばいいって、何日もかけて作ったのに、アリオスの・・」
言い終わらないうちにアリオスの大きな手が肩にかかり、アンジェリークはアリオスの後ろから抱きかかえられる形になった。
「サンキュ」
耳元で囁く甘い声。
「アリオス・・・・・」

「あっ! お前、体の方はどうなんだ? まさか黙って出てきちまったってことはないよな?」
うっとりしていたアンジェリークを強引に振り向かせてアリオスが顔を覗き込む。
甘い気分をぶち壊されて、アンジェリークは溜息を吐いた。
「守護聖が全員揃ったの。もうベッドにずっといる必要はないのよ。それに、もちろんレイチェルの許しはもらったわよ」
「優秀な補佐官殿あっての女王様だもんな」
「うん、わかってる。それじゃ、もう用もないみたいだから、私帰る」
「お、おい、待てよ。何か気に障ること言ったか?」
「いつものことだから気にしてないわよ。じゃ、またね」
「帰るったって、いったいどうやって・・・?」
その時、音もなく現れたのはこの宇宙の意志であるアルフォンシア。
聖獣はアリオスをチラリと見ただけで、女王を伴い、現れたのと同じく音もなく消え去った。
「聖獣がタクシー代わりか?! おいっ!」
アリオスの声が虚しく消えていく。
「・・・本当に女王なんだな、あいつ」


アリオスは何故か満ち足りた気分になって口の端で笑った。
守護聖も全員揃ったという。
この宇宙は初代アンジェリーク女王の元、これからどんどん成長していくだろう。
見てみたいと思った。
そして、それが許される自分の立場に言いようのない喜びが湧いてきた。
女王の剣として、ひとりの女を愛するひとりの男として、これから自分は生きていける。
アリオスはこれから帰る道程を思うと少しうんざりしたが、それでも足取り軽く山を降りるのだった。

Fin

2006.7.19 再up




2006年4月末まで開催されていた「アンジェ阿弥陀企画」参加作品です。お題は「女王」でした。
アリオスは初書きです。格好良く書けていれば良いのですが(コレットの前では少々情けなくても・笑)
背景は、ペイントショップをいじっていたら、何となく水墨画っぽくなったので使ってみました。 阿弥陀作品の中で浮きまくっていたのはこの背景のせいでもあるでしょうね〜。ははは・・・。