宇宙暦0417.1627
この全アスラン星系人の希望を背負った航海も、出航してから半年が過ぎようとしている。
定員二十名程の小さな宇宙船の中で、乗組員同士の諍いが絶えない。
出身惑星も育ちも年齢も違うのだから仕方ないとはいえ、もう少し歩み寄れないものか。
これでは目的達成までに内部分裂してしまうのではないか。
私の心配を余所に乗組員達はそれぞれ好き勝手なことをしている。
頭が痛いことだ。
『これでは私的な日記と変わらぬな』
航海日誌を付けていたジュリアスはペンを止め、船長室の天井を見上げた。
「船長、よろしいでしょうか」
インタフォンを通して副船長が入室の許可を求めた。
「ああ、入れ」
「失礼いたします」
燃えるような赤い髪と凍えつくようなアイスブルーの瞳をもつ長身の男が書類を抱えて入ってきた。
「クラヴィス特務官からの報告が入りました」
「ああ、やっとか」
「報告に因りますと、目的地まで二百光年の位置まで近づいている模様です」
「そうか。ご苦労だった、オスカー」
ジュリアスはそう言うと立ち上がり、オスカーを従えてブリッジに向かった。
「これより、ロングワープに入る。エンジンルーム、用意はいいか?」
「任しとけって! こっちはいつでもいいぜ」
スピーカーから帰ってくる声は元気いっぱいだ。
ジュリアスはこの声の主、機関士のゼフェルの素行に常々頭を悩ませていたが、こういう時は心強い。
「座標確認」
「座礁確認いたしました」
水色の長い髪を前で軽く結わえた操舵手のリュミエールが応えた。
「ワープ!」
「ワープ」
ブリッジの窓から見えていた星々が急に流れはじめ、僅かに細い線として認められていたが、その線も見えなくなり、辺りは漆黒の闇。
だがその闇も長くは続かず、一瞬の後に星々がその煌めきを誇示するように瞬いた。しかし、この星々は先程見えていた物とは違う。二百光年の距離が隔たっていた。
「前方に小惑星帯!」
砲撃手のランディが叫んだ。スクリーンが無数の小惑星を映し出す。
「回避!」
ジュリアスの落ち着いた良く通る声にリュミエールが応える。
「回避します。ゼフェル、よろしく頼みますよ」
「振り回すってんだな。わーった! 存分にやりな。エンジンをなだめときゃいいんだろ。オレに任せろ」
小惑星帯の隙間を縫って、宇宙船はどこへ進むかわからないジェットコースターの様。
と、急に立ちふさがる巨大な岩盤。
「ボム発射用意」
「ボム発射用意できました」
「発射!」
「発射!・・・破壊確認」
ランディのほっとした声が一瞬、緊張感を和らげた。
しかし、まだ終わらない。命を操舵手の腕二本に預けてスクリーンを食い入るように見る乗組員達。
船内の重力を1Gに設定してあるとはいえ、上下の判断も怪しくなりつつある頃、やっと小惑星帯を抜けることができた。
「リュミエールさまぁ」
ブリッジの扉が開いて甘ったるい声がする。
「お疲れ様でーす。さっすがはリュミエールさま、宇宙船の運転でリュミエールさまの右に出る人なんていませんよね。はい、ご褒美」
「な、何という破廉恥なっ!」
他の物には目に入らぬという具合に熱い口吻を交わす恋人同士に、ジュリアスは船長という立場も忘れてふたりを引き離そうとした。
「あーあ、ヤボだねぇ」
思わず呟く通信士のオリヴィエにオスカーが冷たい視線を送る。
「あん、もう!」
「何が、もう、だ。場所をわきまえるのだな」
「アンジェリークは悪くありません。彼女は私を励ましてくれたのです」
「違う励まし方が出来ぬのか?! だいたい、アンジェリーク、そなた、何故ここに入って来たのだ? ここはクルー以外立ち入り禁止のはずだが?」
「ひっどーい! 私だってクルーの一員じゃ・・・。あ・・・」
「どうしたのです? アンジェリーク」
「聞こえる・・・」
「見つけたようだな」
いつの間にか背後に立っていたクラヴィスが言った。
☆☆★☆☆
宇宙船HATEMIMARU乗組員の故郷はばらばらだったが、皆同じ星系に属していた。
中心となる恒星アスラン、アスランに一番近い軌道を描く惑星ローク。
この灼熱の惑星の中心に収められているのが【結晶】と呼ばれる石。
石というのは正しくないかもしれない。今生きている者達の中で【結晶】を見たことのある者はいないのだから。
【結晶】は千年の時を通じてアスラン星系に力を送り続けてきた。
いま、その力が尽きようとしている。代わりの【結晶】が必要だった。
【結晶】がどこにあるか、どのように入手するのかは詳細な記録が残っていた。
自らの子孫の存亡に関わるのだ。先人達も必死だったのだろう。
記録によると、【結晶】はアルカディアという浮遊星にある。
アルカディアは軌道を持たない。宇宙に存在することは確かだが、その位置を特定することはできない。
故に、アルカディアを探し出すには優秀な占い師が必要だ。今回、その任にはクラヴィスが就いている。
クラヴィスが導き出した場所に船を進め、アルカディアの声を聴くアンジェリークがただひとり彼の地に降り立ち、【結晶】を手にするのだ。
「・・・アルカディアが呼んでいる」
「どっちだ?」
「ええっと、こっち」
アンジェリークが指さす方向を確かめると、ジュリアスはすぐさま指示を出した。
「十一時の方向、微速前進」
「十一時の方向、微速前進します」
「・・・ここ? わかった、ここね。・・・船長さん、とめてくださいな」
「よし、エンジン停止」
「エンジン停止します」
「各員ブリッジに集結」
「アイ、サー」
アンジェリークを含め、HATEMIMARUの乗組員十人全員がブリッジに揃った。
「これより、アンジェリークをアルカディアに降ろす」
アルカディアの声を聴く者を【結晶】のある場所へ送り出すには九つのそれぞれ異なった力が必要だ。
三年の歳月をかけてアスラン星系をくまなく捜し、最も力の強い者が選ばれた。
声を聴く者、それぞれの力を持つ者以外がアルカディアに近づくことは出来ない。
それ故、選ばれた者達だけで宇宙船を駆り、責務を果たさなくてはならない。失敗はアスラン星系の滅亡を意味していた。
アンジェリークは祈りの体勢に入っている。
ジュリアス船長が光の、クラヴィス特務官が闇の、ランディ砲撃手が風の、リュミエール操舵手が水の、
オスカー副船長が炎の、マルセル医療助手が緑の、ゼフェル機関士が鋼の、オリヴィエ通信士が夢の、ルヴァ医師が地の、
それぞれの特性を持った力をアンジェリークに送る。
アンジェリークは徐々に宙に浮き、眩いほどの光を放ったその瞬間、その姿はブリッジから消えていた。
☆☆★☆☆
「【結晶】受け取りました!」
アンジェリークの元気な声がブリッジに響き渡り、皆が安堵の溜息をついたその瞬間、レーダーを見ていたオスカーが叫んだ。
「前方に空間の歪み!? ワープしてくるようです!」
「こんな近くにか?」
「船長、通信が入ってるよ。あ、何? ちょ、ちょっと、強引過ぎ・・・」
アルカディアとアンジェリークを映していた前方のスクリーンが急にゆらめき、代わりに左右の瞳の色が違う黒髪の男を映し出した。
「我が名はレヴィアス。【結晶】をもらい受けに来た」
「何? 【結晶】がどのようなものか、お前はわかって言っているのか?」
「知っている。【結晶】がどのような力を持ち、【結晶】が無ければアスラン星系はお終いだということもな。最も、こことは違う宇宙から来た我には、星系のひとつやふたつ滅びようと関係のないことだ」
「確信犯か・・・。では仕方ない。各員持ち場に着け。攻撃態勢に入る」
「正気か? 【結晶】も、【結晶】を抱く者も、我の艦の前にいるのだぞ。我を攻撃するということは・・・」
「目標ロック完了。いつでも攻撃できます」
「R28型ミサイル発射」
「R28型ミサイル発射っ!」
レヴィアスを映し出していたスクリーンは、信じられないといった表情のレヴィアスを最後にぷつんと何も映さなくなった。
「スクリーン遮断。各員衝撃に備えよ」
HATEMIMARUは真っ白な閃光に包まれ、次いで、激しい衝撃に見舞われた。船体が激しく揺れ、きしみ、今にもバラバラになりそうなったその瞬間、あちこちで悲鳴をあげていた船内が嘘のように静まった。
ブリッジが明るく、柔らかな光で充たされる。
光が少し弱まると、中心に人影が認められた。
「ただいま」
「ああ、アンジェリーク、よかった。大丈夫だとわかっていても、貴女に何かあったのではないかと心配しました」
「リュミエールさま・・・」
またぞろ長い口吻が始まりそうな雰囲気に、ジュリアス船長がしかめっ面をして割って入った。
「アンジェリーク、ご苦労であった。【結晶】は無事か?」
「はいっ。私の中にちゃんとあります」
「言わずもがなだな」
「しっかし、バカよねー☆【結晶】を盾にするなんて。どんな攻撃をしたってキズひとつ付けられるワケ無いのにさ」
強引に通信回線を開かさせられたことをまだ根に持ってるらしいオリヴィエが、いい気味だという具合に先程まで敵艦を映していたスクリーンを見つめて言った。
「でも、いくら傷ひとつ付けられないって言っても、アンジェリークを攻撃目標にするのはいい気持ちじゃなかったよ」
明るい青の瞳を翳らせて呟くランディに微笑みかけ、次いで恋人の瞳を覗き込むようにしてリュミエールが言った。
「アンジェリーク、その、【結晶】はあなたの中、とおっしゃいましたが、具合は悪くないですか?」
「ええ、全然平気ですよ。何か”いいもの”を持ってるみたいにうきうきしてます」
「よし、アンジェリークは操舵手の側で待機。反転後、ロングワープ。目標、アスラン星系、惑星ローク」
「反転後、惑星ロークに向けてロングワープを開始します」
星々が流れ始め、HATEMIMARUは故郷への帰途についた。
☆☆★☆☆
「それで、結婚式には呼んでもらえるのであろうな」
惑星ロークに【結晶】を収め、責務を果たした十人の乗組員は、ラウンジでしばしの休息を取っていた。
「キャハハハ☆ どういう風の吹き回し? あれだけ引き離そうとしてたくせに」
「あれは任務中だったからだ。私も木石ではないのだぞ」
「それを聞いて安心しました。今度いい店を紹介しましょう。不肖このオスカーがお供いたします」
「てめーが連れてくってならロクなところじゃねーな」
「何?!」
「ゼフェル、おまえは一言多いんだよ。オスカー副船長、俺も行っていいですか?」
「ランディだけずるいよ。ぼくもいいでしょ?」
「い、いや・・・」
「あー、マルセル? オスカーの知っているお店というのはお酒が出てくるところだと思いますよー。あなたにはまだ早いですねー。ランディ、あなたもね」
「お酒だけだったらまだいいんだけどね」
「オリヴィエ〜」
「図星突かれたらってムキになんないの。リュミエール、アンジェリーク、あんなのは放っといていいから、結婚式には私も呼んでよね」
「はい」
リュミエールとアンジェリークは互いの顔を見合わせ、上気した顔で答えた。
「八月の水の曜日が良いぞ」
クラヴィスが水晶を覗き込みながら独り言のように言った。
その言葉が恋人達の耳に入ったどうかはわからない。
ラウンジは喧噪に包まれ、休憩時間が終わるまで笑い声が止むことはなかった。
終わり
さて、お楽しみいただけたでしょうか。消化不良なところもたくさんあると思いますが、楽しんで書けました。このお話は、某所某企画に出そうと思って書き出したお話です。長くなりそうなので途中で断念し、しばらく放って置いたものを掘り起こしてきました。
星の名前などはその時読んでいたファンタジーそのままですね。アスランは「ナルニア国ものがたり」ロークとHATEMIMARUは「ゲド戦記」からです。ネーミングにはいつも頭を悩ましてしまうので、そのまま使わせて貰いました。
わたしはSFが好きで、電車通勤していた頃は、週に一冊くらいは読んでいたと思います。お気に入りの作品は多々ありますが、ロバート・シェクリイの
「人間の手がまだ触れない」という短編集に収録されている「専門家」という話は何度読み返してもニヤッと笑ってしまいます。
この話ほど極端な専門家ではないにしろ、それぞれのプロがある目的に向かって一致団結し、成し遂げていくという話が好きです。きっと小さい頃に見た「宇宙大作戦」や「スパイ大作戦」に影響されているのでしょうが。
守護聖様達が一致団結して何かをするということはあまり無いかもしれませんが、全員が協力したら凄いパワーだと思います。それこそ星系のひとつくらい救うなんてわけないでしょう。
最後に、レヴィアスファンの方に深くお詫びいたします。あっという間に消してしまいました。悪役が必要になったら、この人はとっても便利なんです・・・。あぅ、本当に申し訳ありませんでした。
2002.8.1
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