女王陛下の夏祭り

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「みなさん、今日は無礼講よ。何てったって私の大事な補佐官のお誕生日なんだから!」
女王陛下のひと声でその日のお祭り騒ぎは始まった。
山と盛られた料理があらかた食べ尽くされた頃、より楽しいことを求めて三々五々散っていく守護聖や女王候補達を見送りながら小さな溜息を吐いたのは、本日の主役の筈の女王補佐官。
「よっ、何だおめー、誕生日っだってーのに辛気くせー顔してよ」
「何でもありませんわ。陛下の折角のお心遣いを無駄にしてはいけませんわよ。あなたもどこかへお出かけになったら?」
「ああ、そのつもりだ。ただし、おめーも一緒だぜ」
「えっ? あの・・・」
「ほらほら、無礼講、無礼講。”陛下のお心遣い”を無駄にしちゃいけねーんだろ?」
有無を言わせず、女王補佐官ロザリアの手を引いてずんずん歩く鋼の守護聖ゼフェルに連れられてやった来たのは、ランディがよく犬と遊んでいる広場だった。
その広場に大きな風船。
「・・・・・風船?」
「あー? ンなわけねーだろ? ほら、行くぜ」
近づいていくと、巨大な風船かと思えたモノは熱気球だった。
気球には大きな籠が付いていて、そしてそこにはすでに先客がいた。


「な、何だおめーら!?」
「ゼフェル、遅いよ。これ飛ばすんでしょ? 早く行こうよ」
「あ、ロザリア? ・・・マルセル、俺達が乗ってちゃまずいんじゃないのか?」
「あら、いーじゃない☆ それともゼフェル、補佐官殿とふたりっきりがよかったのかなぁー?」
「フッ、どうやらぼうやもお年頃って訳だ」
「オスカー、そんな言い方はいけませんね。ゼフェル、私達に構わずどうぞお乗りください」
「えー、それなら私達が先に降りないといけませんねー。身動きできないんですけど、どうやって降りましょうかねぇ」
「出口に近い者から降りればよい。・・・クラヴィス、この様なところで眠るでない!」
「・・・・・」
「あーあ、だから乗るのは止そうって言ったのに」
「そりゃないで。空から見た聖地は綺麗だろうね、なーんて言うてたんはセイランさんでっしゃろ」
「あの、僕も見てみたかったから、その、勝手に乗り込んじゃってすみませんでした」
「勝手というなら俺もだ。ティムカひとり謝ることはないぞ」
「そうですね、これはもう全体責任とでも言うべきで・・・」
「もう! ワタシの足踏んだでしょ?」
「あ、ゴメンなさい! エルンストさんじゃないよ。メルが踏んじゃったの」
「レイチェル、狭いんだからしょうがないわよ。メルさん、気にしないでくださいね」

ロザリアは、ゼフェルの紅い目が怒りを含んで燃え上がり、いつ爆発するのかとハラハラしながら横目で見ていた。
だが、プルプルと震えるくらい固く握られた拳は解かれ、信じられないような言葉がゼフェルの口から飛び出した。
「ったく、しゃーねーな。全部まとめてめんどー見てやらぁ!」
「やた! さすがはゼフェル! お願いねー♪」
「陛下!」
「ごめんね、ロザリア。邪魔しちゃったかな?」
いつの間にか横にいて上目づかいに様子を伺っている女王に苦笑しつつ、現実問題に目を向けたロザリアは、ゼフェルに短い質問をした。
「みんな乗れますの?」
「あぁ、何とかなるだろ」

-----◇◆◇-----

「ゼフェル、これってもの凄く速くないか? 気球はゆったり飛ぶものだろ?」
「うっせーな、この人数でちんたら飛んでたらバランス取れねーんだよ。ったく、ジェット推進器付けといてよかったぜ」
「・・・聖地の障壁を越えたな」
「何? クラヴィス、それは真か?」
「えへっ、たまには聖地の外もいいよねー」
「陛下!」
「うわっと! 大声出すんじゃねー! そーでなくてもバランスが・・・・! うわぁ!!」
「大丈夫、下に重い風が見える。風にのせるよ。ゼフェル、出来るだけバランスを保ってて。みんな、何かに掴まって!」

ドンガラガッシャンシャン

「みんなー、ケガはない?」
「陛下こそ、お怪我はありませんか?」
「ありがとうロザリア。この通りピンピンしてるわ」
誰も怪我ひとつなく無事だったのを喜んだのも束の間、誰もが思った疑問を口にしたのはゼフェル。
「で、ココどこだ?」
すかさずエルンストが端末機を取り出し、アクセスを始める。
「地球という星の日本という国であると考えられます」
「チキュー? ニッポン? 知らねーぜ」
「あー、ゼフェル、地球というのはですね、太陽系の第三惑星で・・・」
「ルヴァ、おめーの講釈は後で聞いてやる。何でこんなトコに落ちたんだ?」
「次元回廊を開かれましたね、陛下」
「きゃ〜、ばれちゃった?! あのまま落ちたらちょっと危ないかなぁって思って、そ、その緊急避難よ。うん」
てへっと舌を出す女王に誰も抗議できなかった。


ドンドンドン ピーヒャララ

「ねぇ、何か音がしない?」
「そうですね、メル。楽しそうな楽の音がいたします」
「”お祭り”のようですねー。ここに暮らす人達が豊かな証拠です。あー、本当に楽しそうですねー。何だか体がうずうずしてきちゃいました」
「おめーがお祭り男だったとは知らなかったぜ」
「ゼフェル、そんなこと言わないの。お祭りって血湧き肉躍るものなのよ。あなたはロザリアをお願いね」
「な、何??」
「陛下?」
「お待たせー! 調達して来ましたでー。はい、こっちは女性用でこっちが男性用。着付けの人もちゃんとふたり呼びましたよって、ちゃっちゃと着替えて早よ行きましょー」

チャーリーに浴衣を手渡されて呆然とする男性陣を尻目に、女性陣は嬌声を上げながら着付けの人を伴って向こうへ行ってしまった。
勿論、”覗いちゃダメ”と言うのと、”早く着替えてね”と言うのは忘れずに。

-----◇◆◇-----

「そこのお兄ぃさん方、そう、黒髪と水色の髪のおふたり、ちょっと手伝ってかないかい?」
「はぁ? お手伝いですか?」
「手伝いっても簡単な仕事さ。人が来たら”うらめしや〜”って脅かしてもらうだけの仕事。今日来るはずのバイトが急に休んじゃってさ、困ってたんだ。な、頼むよ」
「・・・確かに、簡単な仕事のようだ」
「クラヴィス様? お手伝いされるのですか?」
「お前までつき合うことはないぞ。・・少し、歩き疲れたのでな」
「よっしゃー! そうと決まったら善は急げ。おーい、この人達にメークと衣装、それから立ち位置とタイミング教えてやって。じゃ、よろしく」
「・・・ということだ」
「はぁ・・・・・」

「きゃ〜! すっごい、さすがはヴィクトール様。今度はあれ落とせます? あのくまさん可愛いー♪」
「構わんが。ふむ、射的とは面白いな」
ヴィクトールに取ってもらった景品を山ほど抱えてご満悦のアンジェリークの横では、ランディとマルセルが輪投げに興じ、レイチェルに手を取られ強引に盆踊りの輪に入れられたエルンストは見よう見まねで踊っている。
物珍しく回りを見渡しながら民俗学的見地で話しているルヴァとティムカの傍では、オリヴィエが色味の少ない男物の浴衣にぶつぶつ文句を言うのをメルが慰め、どういう手を使ったのか、いつの間にか櫓の上でチャーリーが太鼓を叩き、セイランが笛を吹いていた。

「あ〜、面白かったぁ。特にあの黒い髪と水色の髪のお化けさん達はすごい迫力だったわね。えっと、次は何をしよっかな」
目を輝かせてきょろきょろ回りを見ている女王に付き従いながら、ジュリアスとオスカーは難しい顔をして小声で話し合っていた。
「どう考えてもあれはあの者であろう」
「ええ、そしてもうひとりはご丁寧に水までかけてくれましたから間違いありません」
「なぜあの者達があのような場所にいるのだ?」
黙って首を振るオスカーに、答えを期待して言ったわけではなかったジュリアスも首を振り、元気いっぱいの女王陛下がもう先の方まで行っているのに気づいて慌てて追いかけた。


「次、どこ行きてー?」
「もうあらかた行き尽くしてしまいましたわ」
「そっか。ンじゃ、何か食いたいもんねー?」
「・・・ゼフェル、陛下に頼まれたからって、そんなに気を遣ってもらわなくてよろしくってよ」
ヨーヨーに金魚、綿菓子にチョコバナナを持ったまま、少し困った顔のロザリアが言った。
「おめー何言ってンだ? 誰に言われたからってワケじゃねー。オレがしたいからしてるんだ」
目を見開き、じっとゼフェルの顔を見る。
真剣な眼差し。
急に恥ずかしくなったロザリアは綿菓子とチョコバナナをゼフェルに押しつけ、くるりと踵を返してかけだした。
「お、おいっ! どーしろってンだ? これ?」
「お食べになったら?」
振り向きもせず、速度を緩めようともせず言い返す。
着慣れぬ浴衣の裾が乱れるのも構わず、下駄の鼻緒が擦れてマメを作っているのにも気づかず、かけて、かけて、気が付くと気球が不時着した場所まで戻ってきていた。

パシャン

持っている金魚が袋の中で跳ねた。
「悪いことしてしまったかしら・・・ね」
「あぁ、悪ぃな」
「ゼフェル!?」
「あんな胸くそ悪ぃモン食わせンじゃねーよ」
「食べてしまったの?」
「そー言ったのおめーだろ?」
「だからって、嫌いな物を無理に食べなくてもよろしいのに」
「おめーが言ったからだ」
「えっ?」
「おめーの言葉なら何でも聞いてやる。だから、あんまりオレに無理させんな」
後ろから回された手がふんわりとロザリアを包む。
心も身体も解きほぐされていくような、そんな心地よさに包まれてそっと寄り添う。
「ありがとう」
「ん?」
「少しの間だけこのままでいて」
「おめーの好きなだけいてやる」
「・・・ありがとう」
どこからか飛んできた蛍がかすかな光を明滅させていた。
やがて、パートナーを見つけた蛍は楽しげに飛んでいってしまった。

-----◇◆◇-----

「みなさん、揃ったかしら?」
「ええ、揃いましたわ」
「じゃ、守護聖だけ集まってもらえる? サクリアをほんの少しずつ分けてもらいたいの」
「聖地に帰るのにそれ程のエネルギーが必要ですの?」
怪訝そうな補佐官に、上機嫌の女王が答える。
「何言ってるの。今日はロザリアの誕生日でしょ。最後にどっかーんっておっきな花火くらい上げさせてよ」
「大きな花火だなんて、陛下、危険すぎますわ!」
「ロザリアはいつでも私を信用してくれてるじゃない。大丈夫、今度も信用してて。楽しいことの最後はやっぱり楽しくなくっちゃね。ねっ、ゼフェル」
「な、何だよ! 急に。ビックリするじゃねーか!」
女王は、みるみる瞳の色と同じに染まる鋼の守護聖の顔を楽しそうに眺め、ふり返って極上の笑顔を補佐官に向ける。
「うふっ、ねっ、信用してくれるよね?」
「・・・しょうがありませんわね」
「ありがと。じゃ、守護聖のみなさん、お願いね」
少しずつ放出された九つのサクリアを身に集め、女王は束の間祈りのポーズを取る。
そして腕を高々と上げ、一気に放たれたエネルギーは、天に昇る虹色の光となり、その場にいた者達と気球の残骸を天に運び上げた。
大輪の花が夜空に咲くのと同時に爆音が響き渡り、予想外の大きな花火に驚喜する人々は、花火と共に消えていく人影に気付くことはなかった。


「おっ疲れさまー! じゃ、これで解散。また明日からよろしくお願いね」
無事聖地に帰り着いた一行は、女王の一言で帰途についた。
祭りの余韻を楽しむかのようにゆっくりと話をしながら帰る者、戦利品を山ほど抱えて笑顔と共に別れの挨拶をする者、今日という日の終わりを惜しみながら遠い空を見上げる者。
それぞれの場所に帰っていく後ろ姿を見送りながら、女王は満足そうに笑う。
「相変わらず何をしでかすやらわからぬ奴だ」
「・・・あら、ロザリアは喜んでくれているハズよ」
女王は振り向きもせず答える。
「ゼフェルとランディがいれば気球は無事地上に着けたはずだ。何も次元回廊を開くことはあるまい?」
「忘れて欲しかったの。仕事も時間も自分が何者であるのかも」
「・・・・・お前は、忘れられたのか?」
「うふっ、さぁって、どうかなぁ」
振り向いた女王は長身の男を見上げる。
「お化け役お疲れさま。あんな所にいるからビックリしちゃった」
「気に入ってもらえたようだな」
「もっちろん!」
女王はクラヴィスの腕に自分の腕を絡め、そっと寄り添う。
「リュミエールには気の毒なことをした・・・」
「くすくす、そんなことないんじゃないかなぁ。すっごく楽しそうにオスカーに水をかけてたから」
「フッ・・・。祭りは終わりだな」
「ええ」
「辛くはないのか?」
「全然!」
「そうか・・・・・」
聖地の夜は更けて行く。
女王は思う。
辛くなったら祭りを始めればいい。
気遣うひとがいる。
大切なひとがいる。
護りたいひとと護るべきひとがいる。
「私、女王になってよかった」
「そうか」
「うん」
星が”ありがとう”と瞬いたような気がした。

おわり


ゼフェルが乗り物に誘うなら何でしょう? やっぱバイク? 車? それとも人力車??
たこまるさんの掲示板でみなさん楽しそうにお話しされているのを拝見して、わたしなら気球がいいかなぁ。何て思ったのがきっかけのお話です。 みなさんで乗れて、籠の中でお茶会なんかしながら楽しくゆったり時間を過ごせそう・・・。
如何せん(笑)アンジェキャラは人数が多い。全員乗るのは無理でしょう、と思っていたらゼフェルが面倒見てくれるらしい。
久々にキャラが勝手に喋って、動いて、どんどん先に進めてくれるお話でした。バカ話のハズが些かマジメっぽくなっちゃったのは予想外でしたが(苦笑)。
たこまるさん並びに掲示板で楽しいお話をしてくださったみなさま、お陰様で楽しく書けました。ありがとうございました〜♪

たこまるさんが、このお話を書くきっかけになったゼフェルの「乗らね?」イラストをくださいました!!
ありがとうございます! あ〜、書いて良かった♪(にしても、熱気球のキーって?・笑)

2004.7.30


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