愛しのマイレモン

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チャーリーにしては珍しく落ち込んでいた。
今日はいい日になるはずだった。
”アレ”さえポケットに入ってなければ・・・・・。

「今日も来てくれたんやな、めっちゃ嬉しいわぁ。新しい宇宙の具合はどないやった?」
「はいっ! アルフォンシアは元気でした。チャーリーさんもいつ見てもお元気ですね」
「そぉりゃもう、元気、元気。商売人はいっつも笑顔で元気やないといかんのや。お客さんに元気を分けたるのも商売の内やからな」
「くすっ」
「あっ! ええなぁ、その笑顔。あんたのその顔が見られるんやったら毎日でも店出したいわ」
「はい。私もチャーリーさんに毎日会えたらいいなって思います」
「くーーーっ! あんた俺のツボ突きまくりや。ああ、ホンマに何で毎日会われへんのかなぁ」
「あ、あの、チャーリーさん、午後からお時間ありますか?」
「時間? そりゃあんたの為やったら時間くらいなんぼでも作るけど、それって誘ってくれてるって思てええの?」
「はいっ」
「うわぁ、ありがと! あんたの誘いやったら二十四時間オーケーやで」

その日の午後、チャーリーとアンジェリークは森の湖に来ていた。
「これみんな俺のために用意してくれたん? 感激やなぁ」
アンジェリークが用意した小さなテーブルには、手作りのお菓子が所狭しと並べられ、紅茶カップにはなみなみとお茶が注がれていた。
「はい、チャーリーさん、どうぞ」
促されてテーブルの前に座ると、何かが腰に触れた。何だろうとポケットに手を入れて見ると、小さなガラスの瓶である。
「どうかしました?」
「いや、何でもない。あー、美味そうやなぁ。いっただきま〜す」
ワケの分からない小瓶のことは忘れてお菓子にかぶりつく。
「美味い! こんな空気のええトコで、美人さんと差し向かいで食べてるゆーコトを差し引いてもこれは美味いで。お菓子職人で十分やっていけるんとちゃう?」
「もぉ、チャーリーさん誉めすぎですよ。でも、ありがとうございます」
そう言ってにっこり笑うアンジェリークに理性を保つのが精一杯で、チャーリーはアンジェリークが小瓶の液体を自分のカップに注いで飲んでいるのに気付かなかった。

「あれ? ココに置いといたガラスの瓶知らん?」
「えっ? これのことですか? これって私が持ってきたレモン果汁の・・・。やだぁ、間違えちゃった。ごめんなさい!  これってチャーリーさんのだったんですね。私、勝手に使っちゃって。あーあ、半分になっちゃった。本当にごめんなさい!」
「そんなに謝らんでもええよ。紛らわしいトコに置いた俺が悪いんやし」
「でも、チャーリーさんってすっぱいのお好きなんですね。マイレモン果汁を持ち歩くくらい」
「マイレモン・・・? あ、そー、そーなんや。すっぱいの好きで何にでもかける・・・。あーーーーー!!!」
突然素っ頓狂な声をあげたチャーリーをアンジェリークは怪訝そうな顔で見つめた。
「アレって、ひょっとして、いや、ひょっとせんでも、あんた、アレ飲んでしもた?」
「・・・はい、飲みましたけど、あの、何かいけなかったんですか? 普通のレモン果汁みたいでしたけど」
「あ、いや、いけないなんてコトないから安心して。その、大丈夫やと思うから。多分」
「多分?」
「い、いや、多分やのーて、絶対。信頼の置ける問屋から入ったモンや。心配ないんやけど、その、何ちゅうか、俺が味見してなかったから、美味いんかなぁって思て」
「それなら美味しかったですよ。・・・あの、ごめんなさい。チャーリーさんより先に味見しちゃって・・・」
「そ、そんなんええんよ! 全然気にせんといて! そうか、美味かったか。ほ、ほな、この半分持って帰るわ。味見ありがとな。ええっと、その、今日はホンマにありがとさんっ。 あんたの作ったお菓子めっちゃ美味かったし、こんなええ日はないわ。また機会があったらふたりっきりで会おな」
「はいっ、チャーリーさん」
極上の笑顔付きの返事をもらってもチャーリーの心は晴れなかった。

『うわぁ、どないしょー』
『けど、こんな手でも使わな女王候補さんの心をつかむことはでけへんかもなぁ』
『ア、アカン! 何考えてるんや。男やったら正々堂々と勝負せなアカン』
『・・・ゆーてもなぁ。もう飲んでしもたんや』
『あーあ、何で”惚れ薬”なんか受け取ってしもたんやろ』

聖地に出す店の準備に追われていた今朝のことだ。贔屓の問屋がにやにやしながらチャーリーに渡したのが小さなガラスの瓶だった。
「若ぼんも年頃やし、好きな子のひとりやふたりいてまっしゃろ? これ、おまけに付けときますわ。”惚れ薬”や。よう効きまっせー」
問屋はチャーリーの返事も聞かずに瓶を押しつけ、がんばりや、とばかりに手を振って足早に去っていった。
「惚れ薬ぃ? ・・・うわっ、こんな時間や。聖地に着くのが遅れたらマズイやん」
チャーリーはズボンのポケットに瓶を押し込み、荷物をひっつかんで飛び出した。そのまま”惚れ薬”のことはすっかり忘れていたのだ。

半分になった”惚れ薬”をポケットから取り出し、しげしげと眺めてみる。蓋を開け、匂いを嗅いでみる。香りを吸い込み、瓶を傾け舐めてみる。
「確かにレモンや。けど・・・」
チャーリーは頭を抱えてしまった。身体には影響はなさそうだ。でも、心には?
”惚れ薬”のせいでアンジェリークの心に自分が住まうことになったら?
女王試験そっちのけで、俺についてくる、何て言い出したら?
『そうなったらめっちゃ嬉しいやん』
『!! って、何でそうなるねん! 嬉しいけど、それは違う! アカンのや、薬に頼ったりしたら、俺一生後悔する』
両手で頬を叩いてチャーリーは立ち上がった。問屋に会わなくては。中和剤か何かあるはずだ。とにかく薬に頼って”惚れられる”なんてことはあってはならないのだ。

♪♪♪

「チャーリーさん、どうかなさったんですか? 最近元気がないみたいですけど」
「えっ? そ、そお? 俺そんな顔してた? ゴメンな。せっかくあんたとふたりっきりっちゅうのに、気ぃ使わせるやなんて。 あ、言うとくけど、あんたのせいとちゃうで。取引先のことで最近ちょっとな」
「そうですか。チャーリーさんお忙しいんですよね・・・」
「忙しいちゅうか、ま、ただの連絡待ちやねんけど」
件の問屋とはまだ連絡が取れなかった。何でも辺境の惑星に珍品を仕入れに行くとかで、いつ帰ってくるかも分からない。 取り敢えず、連絡が取れたらこっちに電話して欲しい旨を伝えて帰るしかなかった。誰彼となく”惚れ薬”のことを聞くこともできず、心は晴れぬまま二週間が過ぎていた。

「・・・・・」
アンジェリークは思案顔である。
「ん? どないしたん? 何か気に掛かることでもあるん? 俺にできることやったら何でもするから遠慮のー言うて!」
「あの、お昼ご飯なんですけど、その、チャーリーさんとご一緒出来たらいいなって思って」
「何や、そんなことかいな。ご一緒するする。あんたと一緒に食べたらめっちゃ美味いんはこないだで立証済みや。どこの店行く? 俺のおごりや。遠慮せんでええよ」
「あの、お店じゃなくて、私の部屋に来てもらえますか?」
「ええっ! ってことは、ひょっとしてあんたの手料理食べさせてもらえるっちゅうこと?!」
「はい」
恥ずかしそうに笑うアンジェリークにチャーリーの理性は崩壊寸前だった。
「行く! 何があっても行く! あー、生きててよかった、めっちゃ嬉しいなぁ」

部屋に入った途端、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。
清潔なテーブルクロスに、可憐な花の飾り付け。
座ってすぐに出てくる心づくしの料理。
『惚れ薬の効果や』
チャーリーは思った。
『そうは言うても・・・嬉しい! 嬉しすぎる! あーあ、これがこの子の本心やったらなぁ』
ぼんやりとテーブルを眺めていると、アンジェリークが笑みを浮かべながら自分の席に着く。
「チャーリーさん、どうぞ召し上がってくださいね」
「ありがとー! そしたら遠慮なく。いっただきま〜す!」

ちゃんちゃら☆ちゃらちゃら☆ちゃんー☆

料理を口元に持っていったその時、チャーリーの胸元で笑点のテーマソングが賑々しく鳴った。
「あ、ゴメンな。ちょと失礼」
慌ててフォークを置き、代わりに携帯電話を取り出す。
「もしもし、あー! 旦さん、ようお帰り。・・・そりゃ結構なことで。・・・はいはい、また見させてもらいます。 ・・・ま、なんちゅうか。その・・ちょっと待ってぇな。・・・・ごめん。商売の話や。席立つの許してな」
返事の代わりににっこり笑うアンジェリークの視線を避けるように部屋の隅に移動する。
「そやから、アレのことや。旦さんがおまけや言うてくれた・・・。そう、その中和剤とか・・・。 えーーーーーっ!!! 何やてーーー!!? ホ、ホンマ? ホンマにホンマ? ・・・そ・・う、そうか、わかった! ありがと!  ・・・いや、構へんよ。・・・ははは、アカンて。・・・・・ほな、またよろしゅう頼んまっさ!」

電話を切ったチャーリーの顔は喜びに輝いていた。
結局”惚れ薬”なるものはなかったのだ。
問屋の旦那のちょっとした悪戯心だったらしい。
アンジェリークの心は自分に向いている、それも薬のせいなどではなく、そう思うと喜びが沸々とわき起こってきた。
「アンジェリーク!」
初めて名前を呼ばれて、アンジェリークはびっくりして立ち上がり、青緑色の目を見開いてチャーリーを見つめた。
「は、はい。・・・あの、何か良いことありました?」
「そりゃもうメッチャええコト。今日は俺の最良の日かもしれへん」
「そうなんですか。いいお電話だったんですね。良かったですね」
「でもな、これには仕上げが必要やねん」
「仕上げ?」
「そう、あんたに返事をもらうのが仕上げや」
「何のお返事ですか?」
チャーリーはつかつかと歩み寄り、アンジェリークの肩にそっと手をやって、耳元で囁いた。
「俺はあんたのことが好きや。一生大事にする。そやから、俺についてきてくれへんか?」
「チャーリーさん・・・」
「うん?」
「・・・嬉しい・・・」
「アンジェリーク?」
「はいっ! ついていきます。あなたに、一生」
「ホンマやな? それが返事なんやな?」
コックリと栗色の頭が動き、はにかんだ笑顔でチャーリーを見上げる。
「そうか・・・・。やったぁ! あー、やっぱり今日は俺の最良の日や! ありがと、アンジェリーク。 俺、今日の日のコトは一生忘れへん。さっきも言うたけど、一生大事にするから、俺を選んだコトを後悔なんかさせへんからな。 あーあ、安心したら何かメッチャ腹減ってきたわ」
「くすっ。どうぞ召し上がってください。・・・あ、冷めちゃいました? 温め直したほうがいいですよね」
「ええって、ええって。今ちょっとのぼせてるから、冷たいくらいの方がええんよ。ほな、改めていっただきま〜す」
チャーリーのニコニコ顔が急に変わったのを見てアンジェリークは心配になって声をかけた。
「あの、お口に合いませんでした?」
「えっ? そ、そんなことないよ、すっぱいの好きやし」
「そうですよね。マイレモン果汁を持参するくらいですもんね。でも、今日はレモンをたっぷり使いましたからマイレモンをかけなくても大丈夫でしょう?」
「う、うん。十分や。いやぁ、美味いなぁ、コレ」
心づくしの料理が食べられる嬉しさと、すっぱ過ぎる料理を詰め込むせいで涙目のチャーリーは、レモン好きのレッテルをどうやって外そうかと考えた。 が、同じく涙目で食べているアンジェリークを見ているとそんな事はどうでも良くなった。
一生自分についてきてくれると言った。一生は長い。その内話そう。レモンのことも、”惚れ薬”のことも。きっと笑い話になる。
「アンジェリーク」
「はい?」
「笑い話は好きやろ?」
「はい、大好きです」
「よっしゃ、さすが俺のアンジェリークや。実はな、とっておきのがあるねん。いずれ教えたるから、そん時は思いっきり笑ったってや」
「はいっ、チャーリーさん」
ほっこりと花のように笑うアンジェリーク。チャーリーは幸せと一緒にすっぱい料理を噛みしめるのだった。

おわり


るーさんにキリ番2000番を踏んでいただいき、リクエストしてもらったお話です。
るーさんのご厚意で「お話」の部屋で公開いたします。
チャーリーとアンジェの甘めのお話というリクエストでしたが、甘いというより、チャーリーの一喜一憂話って感じになってしまいました。 チャーリーさんが駄洒落のひとつも言わなかったのは、悩み事があったから、ということでお許しください。(ぢつは思いつかなかったんです。スミマセンッ)

2002.11.30


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