陽光差し込む昼下がり、執務室に続くサンルームでのんびりとお茶を楽しむのはここの主、地の守護聖ルヴァと客の水の守護聖リュミエール。
「あー、やっぱり緑茶はいいですよねー。それにこのお茶請けの美味しいこと。きんつばって言うんですか? 薄皮とあんこのバランスなんて絶妙ですねぇ。
私、甘いものはあまりいただきませんが、おまんじゅうの類は好きなんですよー」
「ふふっ、そんなに喜んでいただけるとは持ってきた甲斐がありましたね」
「お店の方はいろいろと気を遣ってくれますよねー。懇意のお花屋さんからですかぁ。
私も本屋さんからおせんべいをいただいたりしちゃうんですよ」
「ルヴァ様のおせんべい好きは有名ですからね」
「えー、そうなんですか?」
陽差しは暖かく、のんびりとした会話はいつまでも続いた。
「そうそう、また始まっちゃいましたねー、女王試験が」
「ええ。飛空都市での試験が終わったばかりだというのに、また試験が始まると聞いたときは驚きました」
「そうですよね。私もびっくりしました。でも今度の試験は聖地で良かったですよ。本を移動させる手間が省けましたからねー」
「執務室にあった本は飛空都市に置いて来られたのでしたね」
「ええ、大陸の民に本好きになってもらいたいと思いましてねー。あ、でもやっぱり手放せない本は聖地に持って帰っちゃいましたけど」
「そう言えば、女王候補のお一人が本好きの方のようですね」
「アンジェリークですね。ええ、女王候補は図書館に入れないのが残念らしくって、私の本で良ければ貸してあげますって言ったらそれは嬉しそうに何冊か借りていきましたよ」
「それは・・・良いことをなさいましたね」
リュミエールは一瞬言い淀んだが、なぜ言葉がすっと出てこなかったのかわからなかった。
傾きかけた陽差しが長い影を作る。リュミエールは礼を言ってルヴァの執務室を辞した。
「こんにちはー。珍しいですねー、こんな所でお会いするなんて。あなたも女王候補さんに御用事ですかー?」
「ルヴァ様、こんにちは。あの、あなたもアンジェリークの所へ・・・?」
「ええ、そうなんですけどねー。ということは、あなたも彼女を誘いに来たんですね。困りましたねぇ。私たちはふたり、彼女はひとり。うーん、ふたりに誘われても困っちゃいますよねー」
「あ、私、用事があることを忘れていました。それでは失礼します」
「リュミエール? ふぅ、素早いですね。・・・何か悪いことしちゃったみたいですね」
足早にその場を立ち去るリュミエールの後ろ姿を見送りながらルヴァは独りごちた。
「ルヴァ様? どうなさったのですか? アンジェリークは?」
木陰で本を読んでいるルヴァを見つけてリュミエールが声をかけた。
「ああ、リュミエール。実はね、彼女いなかったんですよー。せっかくあなたに気を遣ってもらったのに、残念でした」
「いえ、私はそんな・・・」
「わかってますよ。あなたは本当にいい子ですねー。・・・あ、ごめんなさい。子供扱いしたわけんじゃないんですよ。ええっと、そのですね・・・」
「ふふっ、私はルヴァ様と五つしか違いませんよ」
「そうですよねー。でもね、私が最年長のせいか、ここに来る子はみんな可愛い弟のような気がするんですよ。何年経ってもね。
だからみんな幸せになってもらいたいなんて思いましてねー、ついつい口うるさいことも言っちゃうんですよ。
あー、兄というより、雛を見守る親鳥のような心境とでも言うんでしょうかねー」
「ルヴァ様らしいですね」
「それでね、リュミエール。親鳥としてはあなたのことが少し気がかりなんです。あなたは遠慮しすぎるところがありますよねー。
私に遠慮することなんかないんですよー。あなたは自由に羽ばたいていいんです。誰にも気兼ねなくね」
「・・・・・」
リュミエールは何も言わず、ただ頭を下げてその場を去った。
陽光差し込む昼下がり、執務室に続くサンルームでのんびりとお茶を楽しむのはここの主、水の守護聖リュミエールと客の地の守護聖ルヴァ。
「いい香りですねー。やっぱりあなたの煎れてくれるお茶が一番美味しいですね」
「ありがとうございます。お代わりいかがですか? ケーキもまだありますよ」
「じゃ、遠慮無くいただきますね。それにしても、アンジェリーク、いえ、もう陛下とお呼びしなくちゃいけませんね。即位式での彼女は綺麗でしたねー」
「そうですね・・・」
「残念でしたね」
「えっ?!」
「好きだったんでしょう?」
「ルヴァ様?!」
「本当の事言うと、私も彼女のことが好きだったんですよー。勿論私では役不足だってわかっていましたからね、
彼女には何も言いませんでしたが、こうして手の届かない存在だって見せつけられちゃうと、ちょっと淋しいですねー。
気持ちだけでも告げておけば良かったなんて思ったりもするんですよ。でも、そんなことを言われても迷惑なだけでしょうから、だからこれで良かったんです。でもね、あなたは・・・」
「迷惑ではなかったかもしれませんよ」
「!? リュミエール、今なんて?」
「彼女はいつもルヴァ様のことを見ていたのですよ。それは気の毒になるくらいに、そっと」
ここでリュミエールは俯いていた顔を上げて少し悲しそうに微笑った。
「ええ。ルヴァ様のおっしゃる通り、私は彼女が好きでした。いつの頃からか彼女のことが気に掛かり、彼女の姿を探すようになりました。
でも、探し当てた彼女の視線はいつもあなたを追っていたのです・・・。本当に気づかれなかったのですか?」
ルヴァは頭を振った。
「彼女が私を、ですかー? 私は、彼女とあなたはお似合いだと思って応援する気にさえなっていたんですが、それが本当なら、あなたにも彼女にも悪いことしちゃいましたね」
「私が教えてさしあげればよかった・・・」
「な、何を言ってるんですかー。あなたが気に病むことじゃありませんよ」
「でも、私は恥ずかしいのです。私は決して振り向くことない人を想って、彼女の視線の先にあるあなたに嫉妬していた・・・」
「あー! だめですよー、それ以上言っちゃいけません。私はね、あなたに感謝してますよ。前から考えていたことなんですけど、あなたのお陰で決心が付きました」
怪訝そうな顔の水の守護聖にいたずらっ子のような視線を投げかけて地の守護聖が言った。
「私、守護聖の役目を終えたらアンジェリークに会いに行こうって決めました。何年かかるかわかりませんけど、まぁ、気は長い方ですからねー。彼女が私を覚えてくれていればいいんですけどね」
「覚えていますよ、どれほどの月日が過ぎようと。私はそう信じます」
「ふふ、ありがとう、リュミエール。あー、今日のお茶は本当に美味しいですねー。もう一杯お代わりいいですか?」
陽差しはどこまでも暖かく、テーブルにつくふたりをやわらかく照らし出していた。
おわり
さりらさんにキリ番600番(500番の申告が無かったため臨時キリ番)を踏んでいただいき、リクエストしてもらったお話です。
さりらさんのご厚意で「お話」の部屋で公開いたします。
テーマはズバリ【はちあわせの心理】。それなのに、あ〜それなのに、リュミ様【はちあわせ】させませんでした。
さりらさん、こんなお話になっちゃいましたが、お許しくださいね〜。
2002.4.17
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