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初雪


 日が傾きかけていた。開け放した窓のカーテンが風に揺れる。聖地には珍しい冷たい風だった。
アンジェリークは立ち上がって窓を閉め、ふと我が家を思った。
『そうか、もうあっちは冬なんだ』
 アンジェリークが女王候補として聖地に来てから早半年が過ぎていた。
女王候補だと言われてあわただしくこの地にやって来たその服装のままで過ごす毎日。
 あの時同じ半袖の服を着ていたクラスメート達は衣替えをとうに済ませ、
コートの用意をしているはずだ。
 時の流れは同じでも、季節は巡り、あの時の新緑は葉を茂らせ、色を変え、
そして今では散ってしまっているだろう。

コンコン

『こんな時間に誰かしら? ・・・あっ! ゼフェル様!』アンジェリークは窓から離れ、
あわててドアを開けた。

「よっ、アンジェリーク。おめーと行きたいトコあるんだけど、今から出られるか?」
「はいっ! 行きます! ゼフェル様と一緒ならどこへでも」
「そ、そんなふうに言われっと照れちまうじゃねーか! ・・・って、おいっ! そんなんじゃ風邪ひくぜ。
セーターとかありゃ着ろよな」
 見ればゼフェルはジャケットにマフラー、毛糸の帽子まで被っている。
「上着はオレのを貸してやる。どーせ持ってねーだろうと思って用意しといた。ほらよ」
 あったかそうな上着を受け取り、袖を通す。
「おめー、っとにちいせーんだな」
 余った袖を三つ折りにしているアンジェリークを見て、ゼフェルは何か嬉しくなってきて
相好をくずした。
「んじゃ行くぜ」
「はいっ! ゼフェル様」

 降り始めた雪が夕暮れの街にうっすらと化粧を施し、夕日を反射させて街全体が
ほのかなピンク色をしていた。
「雪! わぁ! 綺麗ですね、ゼフェル様」
「ああ、主星に初雪が降ったって聞いたからおめーに見せてやりたくてよ。ちょっと
あぶなっかしかったけど、上手く抜け出せてよかったな」
「聖地に来る前は緑の葉っぱがいっぱいだったのに、もう雪が降ってるなんて、
浦島太郎になった気分です」
 屈託なく笑うアンジェリークを見てゼフェルは少しだけ赤い瞳を曇らせた。
「・・・浦島太郎か。そうだよな、聖地を抜け出して来るたんびに街の様子が変わってやがる。
今じゃ気にもならなくなっちまったけどよ。・・・っ!。お、おいっ?!」
 アンジェリークがゼフェルの胸に飛び込んで来た。
「・・・・・」
 アンジェリークは人とは違う時を生きなくてならないゼフェルが哀しくて、不器用ながら
精一杯の優しさを見せてくれるゼフェルが哀しくて、そんなゼフェルが好きでたまらない
自分が哀しくて、ただ、ゼフェルの胸に顔を埋め、その躰を抱きしめていた。

とくん とくん

 ゼフェルの鼓動が聞こえる。哀しくて、哀しくて、抱きついていたはずが、心地よい暖かさに
包まれて、いつの間にか哀しい気持ちは消え去り、嬉しい気持ちだけが残った。嬉しくて、
いつまでもこうしていたかった。
 ゼフェルは急に抱きついてきたアンジェリークに戸惑いながら、懸命に髪や肩に積もった
雪を払いのけていた。

 ふと我に返ったアンジェリークはゼフェルに抱きついている自分に気づき、びっくりして
躰を離した。
「あ、あのっ! ご、ごめんなさいっ!」
「謝ることなんかねーよ」
「でも、あの、私、私ったら・・・」
「いいって言ってるだろ! ったく、じゃ、これでいいだろ」
 ゼフェルは腕を引っぱってアンジェリークを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「な、これであいこだろ?」

カーン カーン

 鐘の音がした。
 その音を合図に、木々という木々が光りを放った。クリスマスのイルミネーションだ。
静かに降り続く雪が光りを受け、まるで光りそのものが降り注いでいるようだった。
「ゼフェル様、ほんとうに綺麗ですね。私、一生この景色を忘れません」
「なんだよ、これで終わりみたいな言い方じゃねーか。知ってるぜ、おめーは
明日にでも女王になっちまうかもしれねーってな。でもよ、おめーホントにそれでいいのか?
女王なんかになっちまったらこんなふうに会う事も出来ねーんだぜ」
「ゼフェル様・・・」
「オレは嫌だからなっ! オレはおめーが別の宇宙へ行っちまうなんてぜってー許さねー!
オレはおめーが好きなんだ!」
 アンジェリークの顔がみるみる紅潮する。『好き』、何度心の中で言ったことだろう。
「私、私もゼフェル様の事が好きです」
「ほ、ほんとか? ほんとなんだな? 女王にならずにオレの側にいてくれるんだな?」
 こっくりと頷くアンジェリーク。
 ゼフェルは再びしっかりとアンジェリークを抱きしめ、そっと唇を重ねた。
「また来ような、初雪が降る日に。来年も、再来年も、ずっと」
「はい、ゼフェル様」
 今年初めての雪はキラキラと輝きながら二人の上に静かに降り積もっていた。


fin


とらまるさんの「鋼企画第五弾 -冬-」参加作品です。
雰囲気は結構気に入っていますが、もうちょっとふたりの心理が上手く描けていたらなぁ、と思います。 情景描写も、心理描写も、まだまだ勉強せねば。課題はいっぱい、日々精進。

素敵な壁紙はとらまるさんが作られたものです。


☆とらまるさんに付けていただいたコメント☆

クリスマスイルミネ−ションの中、ラヴラヴEDを迎えた二人
ぎゅっと出来て良かったね〜vゼフェル様!

とらまる

2000.10.07(掲載)
2004.12.18(再掲載)


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