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赤いチューリップ


「まったく、お嬢ちゃんはまだまだ俺の相手は務まらないな」
「オスカー様・・・」
「おっと、そんな暗い顔はなしだぜ。そうだ、お嬢ちゃんにとっておきのおまじないをしてやろう」
「おまじない、ですか? ラブラブフラッシュって? オスカー様が?」
「俺がメルのお株を取ってどうするんだ?いいか、お嬢ちゃん、素敵なレディになる秘訣は、
いい男と恋をすること、これに限るんだぜ?」
そう言うと、オスカーはアンジェリークの前にかがみ込み、その唇に自分の唇を触れ合わせた。
「!」
アンジェリークの青緑色の目にみるみる涙が溜まる。
「お嬢ちゃん・・・?」
「オ、オスカー様、ひどいです。そりゃあオスカー様はもてるでしょうから、
こんなこと何でもないんでしょうけど。私だって女の子です。ファーストキスは大好きな人と
ロマンチックになんて思ってたのに、それなのに、こんなに簡単に・・・・」
アンジェリークはくるりと踵を返し、その場から走り去ろうとした。
「待ってくれ。違うんだ」
オスカーがアンジェリークの腕を掴む。
「離して下さい! 大っ嫌い!」
呆然と立ちつくすオスカーを残してアンジェリークは逃げ出した。



「オスカー? 珍しいですね、あなたがそんな顔をしてるなんて」
「リュミエールか・・・。フッ、お前に見られちまうとはな」
「何かあったのですか? いつもは自信に満ちたあなたが、まるで萎んだ風船のようですよ」
「言ってくれるぜ。ま、今は反論する気にもなれん」
「話して下さい」
「は?」
「私で力になれることがあるかも知れません。時間は気にしなくて結構です。さあ、どうぞ」
「・・・強引な奴だな。わかった。このままじゃ前に踏み出せない。話せば打開策も見えてくるかもな」

「オスカー、あなたは女性の扱い方はご存知でも、少女の扱い方はまるでわかってないのですね」
話を聞き終わったリュミエールが静かに切り出した。
オスカーが意外そうな顔を水の守護聖に向ける。
「ふふっ、私には仲の良い妹がおりましたからね」
「ああ・・・」
オスカーは曖昧に頷いてリュミエールの次の言葉を待った。
「そうですね、最初にあなたがするべきことは・・・・」

オスカーは首を捻りながらもリュミエールの言葉を聞き、「やってみる」の言葉を残して立ち去った。
リュミエールも、いつもより一回り小さく見えるオスカーの背中に「グッドラック」と小さく声をかけて
その場を去った。



朝、いつも通りに出かけようとドアを開けたアンジェリークは、ドアの外に小さな花かごが
置かれているのに気付いた。
『何かしら・・・?』
花かごを手にひとりごちる。と、アンジェリークの手元からカードが滑り落ちた。
”アンジェリークへ”
それだけが書かれていた。贈り主の名はない。
小さなかごに色とりどりの可憐な花。
『マルセル様がくださったのかしら。でも、名前がないなんて変よね』
アンジェリークは花かごをテーブルに置いて、緑の守護聖の執務室へ向かった。

「アンジェリーク、待ってたよ! ・・・えっ? 花かご? ううん、僕じゃないよ。あ、待って。
そういえば、オスカー様が君の好きなお花を聞いてたっけ。プレゼントの贈り主って
オスカー様じゃないかなぁ」
「オスカー様が・・・?」
「あはっ、でも、オスカー様がプレゼントするんだったらお花のかごなんかじゃなくて、
真っ赤なバラの花とかだよね。うーん、わかんない。ごめんね。役に立たなくて」
「えっ? あ、いいえ、いいんです。ありがとうございます」

アンジェリークは、オスカーの執務室を避けるように大きく回って庭園に出た。
『オスカー様、なのかな?』
噴水を見上げ、静かに流れる水のヴェールの向こうにアイスブルーの瞳を
見たような気がして頭を振った。
『ゼッタイ、許さないんだから』
唇をキュッと結び、あるはずのないアイスブルーの瞳を睨みつける。
が、そんな表情も長くは続かず、ふと、緩めた唇に指を押し当て、呟く。
「・・・大っ嫌い」
水の流れ落ちる音にかき消され、言葉は誰の耳に届くこともなかった。


朝、いつも通りに出かけようとドアを開けたアンジェリークは、ドアの外に小さな箱が
置かれているのに気付いた。
『?』
小さな箱には小さなリボンがかけてあり、小さなカードが添えられていた。
”アンジェリークへ”
それだけが書かれていた。贈り主の名はない。
箱を開けてみると、手のひらにすっぽり入る位の卵形の万華鏡が入っていた。
「きれい・・・」
アンジェリークは万華鏡を窓に向けて、一瞬たりとも同じ姿を留めない光の円舞に
うっとりと見入った。
『お嬢ちゃんの瞳は万華鏡だな』
不意にオスカーの言葉が頭に浮かぶ。
『好奇心に輝きながら、くるくると絶えず色を変えて動いている。その瞳には
俺だけを映して欲しいものだがな』
そう言って、アイスブルーの瞳がアンジェリークの顔を覗き込んだのだ。
『やっぱりオスカー様なんだ・・・』
アンジェリークは、万華鏡を手に転がしてしばらく遊んでいたが、やがて
小さな溜息をついて出かけていった。

次の日の朝も、またその次も、ドアの外には小さなプレゼントがアンジェリークの発見を待っていた。
プレゼントの中身はお菓子だったり、花柄の写真立てだったり、小さなくまのぬいぐるみだったり、
と日によってまちまちだったが、決まって”アンジェリークへ”とだけ記されたカードが付いていた。

その日もドアの外には小さな箱が置いてあった。
多少の期待を込めて箱を開けると、中身は青緑色の石が入った銀のイヤリングだった。
「すてき」
そうっと手に取り、鏡の前で付けてみる。
瞳の色とよく似た青緑色の石。
「オスカー様・・・・・」
探してくれたのだ。あのオスカーがたった一人の少女のために。
今までの小さなプレゼントも、全てオスカーが自分で選んで贈ってくれたものだろう。

『何よ、アンジェリーク。オスカー様は大っ嫌いなんじゃなかったの?』
鏡の中のアンジェリークが問う。
『嫌いよ。急にあんなことするんだもん』
『どうしてオスカー様はおまじないだなんて言ってキスしたのかしら?』
『挨拶代わりよ、きっと。私なんて女の人の数にも入ってないんだわ』
『本当にそう思ってる?』
『えっ?』
『オスカー様は気付いて欲しかったんじゃないかしら?』
『何を?』
『それは、自分で聞きなさい、アンジェリーク。ほらほら、プレゼントのお礼もまだでしょ?』
『で、でも、どうやって?』
鏡の中のアンジェリークは答えない。
アンジェリークはしばらくの間鏡の前で立ちつくしていたが、やがてドアを開け、
宮殿へ向け駆けだした。



「オスカー様!」
「よ、よう、お嬢ちゃん。・・・よく来てくれたな」
「オスカー様、あの、いろいろプレゼントありがとうございました。あの、私・・・」
オスカーが執務室の机を離れてこちらの方に歩いてくる。
「付けてくれたんだな、そのイヤリング。よく似合ってるぜ」
「あのっ、私、この間は大っ嫌いなんて言っちゃってすみませんでした。
もうそんなこと思ってませんから。えっと、あの、プレゼントはもういいですから。その、失礼します!」

「やれやれ、逃げられちまったか」
「あなたが不用意に近づくからですよ。でも、良かったですね。”大嫌い”は返上されましたよ」
「ああ、リュミエール、一応礼は言っておく」
「これからは私の出る幕はありませんね。では、幸運をお祈りしております」
「おい、ここに来て後は知らんぷり、は無いんじゃないか?」
「ふふっ、私はこの執務室にあなたと共にいたのに、アンジェリークは私の存在に
気付きもしなかったのですよ。彼女の目にはあなたしか映っていなかった。
もうおわかりでしょう? 私の出番は終わったのです」
そう言って静かに去っていく水の守護聖を、炎の守護聖は不思議そうに見送った。


朝、いつも通りに出かけようとドアを開けようとしたアンジェリークは、ドアが何かに
引っ掛かって開かないことに気付いた。
『???』
少しだけ開いたドアの隙間から外を覗いてみる。
「あか?」
見えたのは赤、紅、朱、の一色。
アンジェリークがもっとよく見ようとドアに体重をかけた途端、ドアが開き身体が支えを無くした。
予想していた衝撃も痛みもなく、恐る恐る目を開ける。
「感激だな。これほどの歓迎を受けるとは」
気が付くとアンジェリークはオスカーの胸にすっぽりと収まり、その逞しい腕に抱かれていた。
「きゃっ、あ、あの、違うんです。ドア、そうドアが急に開いて、それで・・・」
慌ててオスカーから離れたアンジェリークは、赤一色の正体に気付き、息を呑んだ。
真っ赤なバラの花だった。何百本、何千本ものバラの花に囲まれて、燃え立つような赤い髪の
青年が笑顔で立っている。
「プレゼントはいらないと言われたが、これだけは受け取って欲しい。俺の偽りのない気持ちだ」
「オスカー様、あの・・・」
「あんな形で君のファーストキスを奪ったことを許してくれ。確かにロマンには欠けていたが、
決していい加減な気持ちではなかったんだ」
そう言ってオスカーは一輪だけの真っ赤なチューリップを差し出した。
真っ赤なチューリップを見たアンジェリークは、チューリップに負けないくらい真っ赤になりながら
黙って受け取った。
「ありがとう。・・・さあて、バラも受け取ってくれるんだろ? 部屋に入れるぜ?」
「えっ? 全部ですか? お部屋がバラで埋まっちゃいますよ」
「かまわない。セカンドキスは思いっきりロマンチックにいこうじゃないか。”熱烈な恋”という
花言葉を持つ花に囲まれて、な?」

思いっきりロマンチックなセカンドキスの後、アンジェリークが頬を染めたままオスカーに尋ねた。
「どうしてオスカー様が花言葉なんてご存知なんですか?」
「ふっ、俺には花に詳しくてお節介な友人がいるってことさ。そんなことより、サードキスはどうだい?」

くしゅん
「おや、誰かが私の噂を?」
花に詳しくお節介な友人は、水色の髪をゆっくりとかき上げ、”愛の告白”という花言葉を持つ
赤いチューリップにそっと触れた。

fin



とらまるさんの「月星天企画第二弾・Love Romanceは貴女と」参加作品です。
オスカーらしからぬシャイなオスカーと、そんなオスカーに恋のアドバイスをしてしまうリュミ様・・・。 たまにはこんなのもアリかなぁと楽しく書きました。
余談ですが、オスカーという名前が好きでした。萩尾望都の漫画「11月のギムナジウム」「トーマの心臓」「訪問者」に出てきたオスカー (「精霊狩り」にも出ていたと思います)。このキャラクターが好きで、オスカーと言えば、金髪、青い目のドイツ少年だったのに、今ではすっかり、 オスカーと言えば、赤髪、アイスブルーの目、女の子を見れば「お嬢ちゃん」と声をかけずにいられないリュミ様の天敵(笑)、と思ってしまいます。
立派なアンジェリーカーになったということですかねぇ。ふっ。ヽ( ´ー`)ノ

素敵な壁紙はとらまるさんが作られたものです。


2000.10.07(掲載)
2004.12.18(再掲載)


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