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春 爛 漫


今日は待ちに待った日曜日。
最近、勉学に忙しいイサトは土曜日まで本とにらめっこだ。
さすがに日曜日は休みにしたいらしく、花梨が誘うと快くOKしてくれた。
「イサトく〜ん、いい天気だよ。どっか行こうよ」
ノックするのも惜しく、花梨はイサトの部屋のドアを勢いよく開けて言った。
「お、おいっ、ノックくらいするもんだって言ったのはお前だぞ。着替えの途中だったら
どうするんだよ」
「えへっ、その時は責任取ってイサトくんのお嫁さんになるからいいもん」
「バッ、バカ!」
「えへへ。ねぇ、いいでしょ?」
「お、お前、だ、大体、女の方から、その・・・」
「イサトくん、真っ赤だよ。ねぇ、出かけられるんでしょ?」
「あ、何だそっちの方か・・・」
「何?」
「あー、何でもねぇよ! 約束したろ? 今日はお前につき合ってやる。どこでもいいぜ」
「うーん、そう言われると困っちゃうよ。どこがいいかなぁ。火之御子社なんて良く行ったよね。
何か懐かしくなっちゃったなぁ」
「ああ、そうだな・・・」
イサトが遠い目をする。
イサトは今居る世界とは違う『京』の人間だった。
現代の普通の高校生、高倉花梨は『京』に召喚され、見事『京』を救ったのだ。
現代への道が開き、帰らなくてはいけなくなった時、花梨はイサトに一緒に来て欲しいと願った。
願いは聞き届けられ、花梨ははイサトと共に現代に帰り、今はひとつ屋根の下で暮らしている。
(高倉家の居候ということで、イサトは別部屋を与えられていた)

「あ、あのさ、イサトくん勉強進んでる? 毎日がんばってるよね。何か目標とかあるんだ?」
しんみりしてしまった雰囲気を壊そうとして、花梨は明るく尋ねた。
「ああ、オレさ、お前と同じ学校へ行くつもりなんだ。勉強して、学校へ行って、技術とか身につけて
稼げるようにならなきゃお前を守れねぇだろ?」
「えっ?! イサトくんが勉強してるのって・・・私のため?」
「ったりめぇだろ? 誰のためにこっちに来たと思ってんだ?」
「・・・嬉しい!」
「あっ、おい! 抱きつくなよ! で、出かけるんだろ? ほら、行くぞ」
花梨の腕をほどき、上着をつかんでドアへ向かうイサトに、花梨は小さく溜息をついた。
『んもう、これなんだから。キスくらいしてくれてもいいのにな』
でもそこがイサトの良いところだと思い返し、後を追う。

「行き先決まったか?」
「ううん・・・・」
本当は行き先など何処でも良かった。
今日は一日イサトと一緒にいられる、それだけで良かったのだが、腕を組み、真っ直ぐこっちを
見ているイサトには通用しそうになかった。
真っ直ぐにこっちを見ている赤い瞳。
先程の『京』を思い出している時の遠い目。
花梨は何やら思いついたようににっこり笑った。
「ねっ、イサトくん、京へ行こう」
「なっ、何だって? お前、何無茶なこと言ってんだよ。今更行けるハズ・・・」
花梨は目を閉じ、龍神に呼びかけていた。
『龍神様、私達ふたりを京へ連れて行って下さい』
「お前、オレの話を・・・。うわぁっ!」

◎○◎○◎


「・・・来ちゃったね」
「お前、無茶苦茶なヤツだな。こんなことしてお前の世界に帰れなくなったらどうするんだ」
「うーん、どうしよう。まっ、それは後で考えるとして、さぁ、行こうよ」
「行こうってどこへ?」
「イサトくんの家だよ。ろくに挨拶もしないで行っちゃったから気になってたんだ。ねっ、
イサトくん、連れて行ってよ。ちゃんと挨拶とかしときたいんだ」
「・・・・・わかった」
イサトは前に立って歩き始めた。
花梨は遅れないように大急ぎで後に付いていく。
イサトがお寺の前で立ち止まる。
「ここ?」
「ああ」
花梨がここに来るのは初めてだった。
イサトの見送りに来ていた家族にはその時会ったが、それきりだった。
「ねぇ、イサトくん、私、恨まれてるかなぁ」
「な、何言い出すんだ。んなことあるハズねぇじゃん」
「だって、私のわがままでイサトくんを連れて行っちゃったんだもん。恨まれて当然だよ」
「バァーカ、お前がわがままだって言うんなら、オレはもっとわがままだ。お前を独り占めしたくて
一緒にあっちの世界へ行っちまったんだからな」
「イ、イサトくん・・・」
「でも、ま、後悔はしてねぇぜ。オレは何度でもお前を選ぶ。オレにはお前が必要なんだからさ」
「イ、イサトくんってば、こんな所で・・・」
「こんな所だからだ」
「?」
「・・・ここだから。オレが今まで生きていた所だから。オレはここのことを忘れない。ずっと・・・」
真っ正面を見つめていたイサトの瞳がふっと優しくなり花梨を捉えた。
「入んねぇのか?」
「あっ、もちろん入るよ」


「ったく、子供扱いしやがって」
「でも、イサトくん、親から見たらいくつになっても子供は子供だよ。いいご両親じゃない」
「まっ、な」
イサトは弟と妹から贈られた桜の枝を見上げて照れたように笑った。
枝からこぼれた花びらを手で受け、花梨もにっこり笑った。
「私も全然恨まれてなかったみたいで安心したよ。よろしくお願いします、なんて言われちゃった」
「だから言ったろ?」
「うん」
「・・・帰るか?」
「うん。そうだね」
「じゃ、龍神様にお願いしろよ」
「うん・・・。あの、あのね、本当にいいの? 私、ここに残ってもいいんだよ」
「お前、優しすぎるんだよ。オレを甘やかせてたらロクな事になんねぇぞ。
オレはここのことは忘れない。でもそれはお前とお前の世界で生きるためだ。・・・帰ろう、花梨。
お前とオレの世界に」

◎○◎○◎


「帰れた・・・」
「・・・・・」
ぺたんと床に座り込んだ花梨が見上げると、イサトは怒ったような顔をして前を睨んでいる。
「イサトくん?」
「・・・すんな」
「えっ?」
「もうオレのためにこんな無理はすんじゃねぇ」
「そんな、イサトくんのためとかじゃ・・・」
「お前、嘘が下手なんだよ。オレさ、ちゃんと踏ん切り付けてこっち来たハズなのに、
やっぱどっかで引っ掛かってたんだろうな。それが京へ行ってわかった。オレは生まれ育った
場所のことをちゃんと心に刻みつけてなかったんだ。心のどっかで否定してたんだろうな。
でももう大丈夫だ。お前がオレにしてくれたこと、忘れないからな」
イサトは花梨を引き寄せ、そっと口づけをした。
「お、お前さ、オレがちゃんと働けるようになってお前を守れるようになったら、オレの着替え
覗きに来いよな」
「!?」
「そ、そしたら、責任取らせてやるからさ」
「えっ?」
「わかんねぇのかよ! 嫁にもらってやるって言ってんだよ! いいな、きっとだぞ」
髪の色に負けないくらい真っ赤になったイサトは、コックリ頷く花梨を抱きしめた。
春爛漫。
散り始めた桜の花びらが若い葉をいざなうように舞っていた。

終わり


とらまるさんの「月星天企画第三弾・テーマは休日」参加作品其の一です。
イサト君って何をするのも一生懸命ですよね。一度決めたことは最大限の努力をしてやり抜こうとする。 京ではその努力も空回りになって苛立ちを募らせていたんじゃないかしら。でも、現代なら、一生懸命やれば大抵のことは達成できる。 いやぁ、良い時代に生まれたものです。努力は大切ですよね……。(ガンバレー、自分)

素敵な壁紙はとらまるさんが作られたものです。


2000.10.07(掲載)
2004.12.18(再掲載)


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