お話トップへ ホームへ戻る

ふたり


「あ・・・・」
沙ナツメの香りをかいだような気がして目が覚めた。
生まれ育った宇宙とは違う宇宙の朝が静かに明け、朝靄に包まれた森に
日の光が差し込みだす。
アンジェリークはゆっくりとベットから起きだし、カーテンを開け、窓を大きく開いた。
霧散する沙ナツメの香り。
ふと、テーブルの上に昨夜にはなかったはずのスケッチブックが目が留まる。
ページをめくると、写実的に描かれた風景画が続く。
そして、最後のページには、眠っているアンジェリークと走り書き。

”キスのかわりに”

アンジェリークはパタンとスケッチブックを閉じ、胸に抱えるようにして抱きしめた。
しばらくそうしてから、再びゆっくりとスケッチブックを繰る。
寝顔のスケッチの次のページにも何か書いてある。

”ここまで来たなら何故逢っていかないのかってさぞおかんむりだろうね”
”君ほどじゃないけど僕もいろいろ忙しくってね”
”三日後、会わないか? 惑星【碧】ポイント03.02.13で待ってるよ”

『待ってるよ』
耳元で囁かれたような気がして思わずふり返った。
でも、そこには風に吹かれたカーテンがそよぐだけで人影は無い。
「セイラン様・・・」
アンジェリークはスケッチブックをそっとテーブルに戻し、深呼吸をしてバスルームに
向かった。
今日を始めなければ。
三日後、愛しい人に逢えるのだから。

◇◆

「やあ、来たね」
「セイラン様!」
惑星【碧】に降り立ったアンジェリークは、愛しい人の姿を認めると手にしていた
バックを投げ出し駆けだした。
真夏の太陽がふたり分の短い影を作る。
「・・・顔をよく見せておくれ。・・少し痩せたかい?」
アンジェリークはただ首を振り、セイランの腕にしがみついた。
「逢いたかったんです。モニターで見てるだけじゃ嫌・・・」
急に降りてきた唇に言葉を取り上げられうっとりと目を閉じるアンジェリークに
新たな口づけを落とし、セイランはその華奢な身体をきつく抱きしめた。
「逢いたかったのは自分だけだなんて思ってないだろうね。毎日君を想ったよ。
狂おしいほどにね」
「・・・・・」
「くっ・・、それほどなら早く帰ってこいって言わんばかりだね。でもさ、苦しみが
多いほど喜びも大きくなるって思わないかい?」
「・・・・・」
「ああ、わかったよ。そんなに睨むもんじゃない。僕の性癖に合わせろとは言わない。
君は君でいればいいんだ。だからこそ僕は自由に羽ばたいていられるんだから」
「セイラン様・・・」

結局これで丸め込まれてしまうのだ。
セイランが初めて旅に出たいと言い出したのは二年ほど前のことだ。
新しい宇宙にやって来て始めの頃はいろいろとやることがあった。
女王宮を定めた星から各惑星への”星の小径”が出来てからは、ふたりで惑星に
降り立っては念入りな調査をし、監視モニターを設置していった。
膨大な数のモニターの設置も終わり、女王宮で映し出される各惑星の画像を眺め、
コンピューターがはじき出すデータに目を通すだけが仕事になった頃、
アンジェリークはあくびをかみ殺して窓の外を見遣るセイランの姿に
胸騒ぎを覚えていた。
「旅に出ようと思うんだ。君は女王の仕事があるから、僕ひとりでね。モニターの
画像よりも詳細なスケッチの方が真実を語ってくれるものさ」
そう言い出すセイランを止めることはできなかった。
一週間から十日、長いときは何ヶ月も帰らない恋人を何度恨めしく思っただろう。
モニターに時折写る姿を求めて何時間も画面を見つめ、夜を明かしてしまったことも
一度や二度ではない。

「アンジェリーク、そんなところに突っ立っていたら干からびてしまうよ。
さぁ、こっちにテーブルを用意したんだ。君の好きな飲み物もある。
先ずは乾杯しようじゃないか。」
浜辺に設えられたテーブルに差してある白いパラソルが、ぎらつく太陽を遮り、僅
かばかりの陰を作っていた。
「セイラン様、あの・・・」
「なんだい?」
「これ、全部セイラン様が用意してくださったんですか?」
「他に誰がいる?」
「そりゃそうですけど・・・。くすっ、セイラン様が・・・」
アンジェリークは最後まで言わせてもらえなかった。
強引に引き寄せられ、セイランの腕の中にすとんと収まってしまっていたのだ。
「ずるいよ、君は。その笑顔で僕をなんど虜にしたら気がすむんだい?」
セイランの腕に力が入る。
アンジェリークは息もできないほど抱きしめられて、嬉しくて、そっとセイランの
背中に手を伸ばした。
太陽が容赦なく照りつけ、ひとつになった影を作る。
ようやくセイランが腕の力を緩め、アンジェリークの耳元で囁いた。
「これからしばらくは君の側にいることにするよ。そろそろ貫禄のついてきた
女王陛下の肖像画に取りかからなくっちゃね。さて、君は気まぐれな僕に
四六時中つき合う覚悟はできているかな?」
とびきりの笑顔で大きく頷くアンジェリーク。
目の前の恋人にしか見せない笑顔で応えるセイラン。

ふたり以外誰もいない宇宙の、ふたりっきりの星の、ふたりだけの海でのふたり。
これからどれほどの時間が流れようと、行き着くのは最初のふたり。 
想い合う優しい気持ちで宇宙は満ちている。

fin


とらまるさんの「月星天企画第四弾・涼風青蘭祭」参加作品です。
”大人の恋”を書いてみたかったんですが、何とも、う〜む。
ふたりきりの宇宙という設定だけは(^^;)気に入っています。

素敵な壁紙はとらまるさんが作られたものです。


2000.10.07(掲載)
2004.12.18(再掲載)


 お話トップへ  ホームへ戻る