2月14日、アンジェリークは朝から大忙しだった。
「ふぅ、これで、とりあえずはいいかな」
独り言を言うと、大きな紙袋をもって外へ飛び出した。
「ジュリアス様、いつもお世話になってます。これ、受け取ってください」
「何だ?」
「バレンタインのチョコケーキです。あの、甘さは控えたつもりなんで、お召し上がりくださいね」
「ああ、ディアやロザリアが贈ってくれたものと同じだな。おまえの心遣い感謝する」
先例があったせいかあっさり受け取ってもらえたので、アンジェリークは気を良くしてチョコケーキ配達員に徹することにした。
「お世話になっています。バレンタインのお届け物で〜す」
「・・・おまえもご苦労なことだな」
「やぁ、今年は君にももらえるのか、その、嬉しいよ」
「お嬢ちゃん、義理チョコなら俺は受け取らないぜ、なんてな」
「わぁ、これ、アンジェリークが作ったの? ありがとう」
「わっ、またチョコかよ。ったく菓子屋の策略にまんまとはまりやがって・・・。誰もいらねーなんて言ってねーだろ。サンキュな」
「はぁい☆ へぇ、あんたもくれるんだ。手作り? 嬉しいねぇ。ア・リ・ガ・ト」
「私もいただけるんですかー? それは嬉しいですねー。チョコレートって歴史が古いんですよ。
カカオの実が原料で・・・。あ、この話はまた今度にしましょうね」
「おはようございます。いつもお世話になってます。お届け物で〜す」
「おう、どうした? 息せき切って。・・・これは?」
「バレンタインのチョコレートケーキです。お世話になっている方にお配りしてるんです」
「俺がもらっていいのか? そうか、有り難くいただくとしよう」
「アンジェリーク? 今朝はずいぶん早いね。チョコレートケーキ?
まったく、世間のしがらみが聖地にまで押し寄せているとは知らなかったよ。ま、たまにはいいさ。こういうのもね」
「あはっ、僕にもくださるんですか? ありがとうございます。あとでゆっくりいただきますね」
「王立研究院のみなさ〜ん、バレンタインのチョコレートケーキ、受け取ってくださいね」
「ああ、これは? そうですか。ありがとうございます。チョコレートは簡単な栄養補給には適した食品だと思いますよ」
「え、ええ、そうですね。では皆さんでお召し上がりくださいね」
「メルさん? チョコケーキなんですけど、お世話になっている皆さんに配っているんです。受け取ってくださいね」
「えっ? いいの? わぁ、嬉しいなぁ。えへっ、メル甘いもの大好きなの」
「アンジェリーク、冷たいなぁ、俺には無しかいな?」
「あ、あれ? 商人さん? 今日はどうなさったんですか?」
「あちゃー、何ちゅー言われようや。俺かて女王試験の重要なスタッフなんやで」
「うふっ、忘れていませんよ。今日お会いできないからどうしようって思っていたんです。ちゃんと用意してありますよ」
「くーっ! 嬉しいて泣けてくるわ。ありがとうな」
アンジェリークは空になった紙袋を振りながら小走りに駆けていた。とりあえずは配り終えた。
だが、一番大事な配達が残っている。まだ渡していない、一番大切なあの人へ。
その日、聖地のあちこちでお茶会が開かれていた。
女王補佐官ロザリアのケーキとアンジェリークのケーキがあるのだ。皆ひとりで食べてもつまらないと思ったのだろう。
「あの、今日はどのような催しなのでしょうか」
リュミエールが遠慮がちに聞いた。
「バレンタインに決まってるじゃない。チョコケーキもらったでしょ?」
「ええ。ロザリアからいただきました」
「あれ? アンジェちゃんからは?」
「ほぉ、お嬢ちゃんからもらえなかったのか?」
「アンジェリークがあなた方にバレンタインのチョコレートケーキを・・・?」
「聖地中の『お世話になっている人』に配ったらしいぜ。おまえには無かったのか? そりゃ気の毒にな」
「ほ〜んと、お気の毒。じゃ、私たちはいただいちゃうとしよっか」
オスカーとオリヴィエが目配せしているのなどには気付かず、リュミエールはふらふらとその場を離れた。
「まったく、妬けるぜ」
「でも、リュミちゃん、ちっとも気付いてないみたい。あの子が忘れるわけないのにねぇ」
「わざわざ言ってやることも無いさ。俺たちは心のこもった義理チョコでも有り難くいただいていようぜ」
リュミエールが私邸に帰ってくると、玄関先に人影が見えた。
「アンジェリーク?」
「リュミエール様! 執務室にいらっしゃらないからきっとお帰りだと思って。あの、ご迷惑でした?」
「いえ・・・」
「リュミエール様、これ受け取っていただけますか?」
「何でしょうか?」
「バレンタインの贈り物です。チョコレートケーキなんですけど、あの、お口に合うかどうかわからないんですけど、
えっと、食べていただけたら嬉しいです」
「私に? ・・・そうですか。ありがとうございます」
「本当はもっと早くお渡ししたかったんですけど、ロザリア様のオーブンをお借りしていて、
ロザリア様もお使いだから、順番を待っていたら遅くなっちゃって。あの、私、帰りますね。
受け取ってもらえて嬉しかったです」
心を込めて焼いたケーキを渡せて安心したのか、アンジェリークは早口にまくしたて、踵を返して帰ろうとした。
「アンジェリーク、お茶でもいかがですか? せっかくのケーキです。一緒に食べませんか?」
「あ、あの、いいんですか?」
「もちろんですよ。ふふ、本当はあなたに嫌われてしまったのかと心配したのですよ」
「そんなぁ」
「でも、それが杞憂に過ぎなかったのだとわかりました。ずいぶん大きなチョコレートケーキですね」
「はいっ! リュミエール様にはいっぱい、いっぱいお世話になっていますから」
ふたりは楽しそうに屋敷の中に消えていった。
おしまい
バレンタインデーのお話を書こうと思ったのが13日で、書き始めたのが当日の14日。まだ「2月14日」は30分以上あります・・・。
会話ばっかりになってしまいました。誰が話しているのか、解っていただけたらいいのですが。
女の子って頑張っちゃうんですよね。好きな人のためなら。ふっ。(遠い目)
2002.2.14
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