想うこと、伝えること

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そろそろ風が冷たくなってきた。
日は陰り、道端の小石にさえ長い影を与えていた。
もう帰らないと屋敷の者が心配する。
わかっていたが、なかなか腰を上げることができなかった。
聖地に来てもうすぐ一年になる。
執務にも慣れ、自分なりのペースがつかめて余裕が出てきたせいか、最近、故郷のことが気になって仕方がない。 今さらどうしようもないのに、想いは止まらない。

「よう、リュミエール。そんなに儚げな風情で座っていると夕闇に持って行かれちまうぜ?」
「オスカー…」

赤い髪が夕陽に映えて燃えるようだ。

「ここ、いいか?」

返事も聞かず、リュミエールの横に腰掛ける。

「水の守護聖も自信を持って執務に取り組むようになったとジュリアス様が誉めていらしたぞ」
「…それはどうも…」
「何だ、愛想のない奴だな」
「ええ、…すみません」

オスカーは少し驚いたようにリュミエールを見たが、相手が顔を上げる様子もないので、首をすくめてそのまま黙ってしまった。

「きれいな夕陽だな」
しばらくして、オスカーがぽつりと言った。
返事はない。

「俺の故郷は草原の惑星なんだが、こんな夕陽を見たことがあった。……ここからは俺の独り言だ。聞きたくなきゃそれでいい」
「…あなたの故郷の話は初めてですね。どうぞお話しください。私はここにおりますから」
顔を上げたリュミエールの愁いを帯びた水色の瞳に見つめられて、オスカーは居住まいを正して話し出した。

「…聖地からの使者が来た日のことだ。俺はひとりで馬を駆っていた。どこまでも続く草原で、走っても走っても尽きることはない様に思えた。 俺は、人生もこんなものだと思っていた。軍人の家系に生まれて、当然自分も軍人になり、戦いの中でこの身を散らすか、そうでなければ家督を継いで家庭を持ち、平穏に暮らすものだと思っていた…」

チラリと横を見ると、リュミエールが続けて下さいというように頷く。

「だが、俺の思い込みなど、脆くも崩れ去った訳だ。守護聖になって聖地で暮らすなんて誰が予想できる? 俺は日が暮れるのも構わず馬を走らせた。 草原の果てまで来れば陽が落ちるのを止められるとでも思っていたのかもしれない。フッ、俺も若かったな」

つられてリュミエールも淋しそうに笑う。

「結局、俺は草原の果てへ行くことも、陽が落ちるのも止めることはできなかった。ただ、夕陽が地平線の彼方に沈んでいくのを立ち止まって見ていただけだった。 …故郷を想う時、俺はあの夕陽を想い出す。それと同時に夕陽を見れば故郷のことが想い出されるって訳だ」

聖地は間もなく夜を迎えようとしていた。
ほんのりと赤く染まった空が徐々に色を失い、濃さを増す闇に覆われ始めている。

「…忘れる必要なんてないんだぜ」
「え……?」
「お前が覚えている限り、故郷はお前の中にある。現実がどうあろうとな」
「オスカー…」

リュミエールが言いかけた時、話し声がして言葉は宙に浮いてしまった。
金髪を後ろでまとめた長身の男と、ターバンの男が話しながら近づいてくる。

「待たせたな。行くぞ」
「カティス様、あの、どこへ?」
「決まってるじゃないか。宴会場だ。もっとも、普段は緑の守護聖の屋敷だがな」
「私は昼間の方がいいって言ったんですけどねー、カティスがあなたももう大人だからって、夕食も兼ねての宴会ということになっちゃったんですよー」
「おいおい、ルヴァ、俺のせいか?」
「リュミエールをダシにして飲みたいだけじゃないんですかー?」

訳が分からないと言った風のリュミエールの肩をオスカーがポンと叩いた。

「誕生日、だろ?」
「あ……」
「先輩方をお待たせするわけにはいかない。行くぜ?」
「あの、オスカー、…ありがとう」
「なに、順送りってやつだ。次に来る奴にお前が言ってやればいい」
「…そうですね。ええ、そうします」

顔を上げたリュミエールの瞳に愁いはなかった。
故郷は身の内にある。
それに、ここには仲間がいる。
きっと、ここが第二の故郷になるのだ。

「おーい、主役がいないんじゃ始まらんだろうが」
「はい、カティス様、今参ります」

夜の帳が降りた聖地を行く四つの影を、月明かりが優しく照らしていた。


Fin


リュミ様のお誕生日に…と思って書き出したのに、えっと、もう6月も終わりの方です…。題名を考えるだけで三日(それでコレって…)。 おまけに、誕生日祝いとしてはどうでしょう、ってなお話です…。
ゴメンナサイッ!
……お話としては、リュミ様が聖地に来て1年近くが過ぎ、初めての誕生日を迎える日のことです。 オスカーが出張ってます。先輩ですから(笑)。
守護聖は誰しもなりたくて守護聖になった訳ではなくて、自分にとってごく当たり前の人生を送るはずが、 いきなり想像すらできなかったような環境に投げ込まれて、神に近いような存在にさせられるんですよね。
いくら、あなたにしかできない仕事だ、あなたが必要だ、と言われても、故郷には自分を必要としている人も、 自分が必要としている人もいたというのに、もう会えない…。
切ないですね。
それでも、(文句を言いながらも)真面目に仕事に励む守護聖達が愛しくて仕方ありません。
がんばれ〜。

2006.6.26


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