死にゆく日本

2.否定される「二重のアイデンティティ」(2003年1月16日)


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前回に引き続き、朝鮮半島関連の話をもうちょっと続けたいと思います。

朝鮮(これは現在の北朝鮮という意味ではなく、植民地時代に朝鮮半島から日本に渡ってきた人たちやその子孫という意味です)や北朝鮮・あるいは韓国国籍を持つ在日外国人は現在60万人ほどいます。日本国籍に帰化したり、日本人と結婚して日本国籍の子どもが生まれたり、あるいはこれらの国籍を保有する1世の死去などの関係でこの数は漸減していますが、未だ国籍別で見ると日本在住の外国人の1位を占めています(ちなみに2位は中国・台湾、3位はブラジル)。

1世はともかく、日本で生まれ育った2世や3世の中には、コリア語(韓国語あるいは朝鮮語)を十分に使いこなせない、あるいはほとんど喋れない人も数多くいます。彼らは日本文化の中で育っており、血統こそ朝鮮半島のものかもしれませんが、彼らの生活風習は朝鮮半島在住の人たちよりもむしろ日本人のものに近いと言えます。しかし、彼らは帰化しない限り決して日本人としてのアイデンティティを持つことはありません。サッカーのフランス代表であるジダンはアルジェリア出身の両親を持っていますが、彼自身はフランス人としての意識が非常に強いのとは対照的です。これはなぜでしょうか。

私自身は、いわゆる在日の方と接触したことはありません。正確に言うなら、「この人は在日の人間だ」と意識して人間関係を持ったことがないだけで、もしかしたら在日の人と数多く会ってきたのかもしれません。そのため、以下の意見は私の暴論になる可能性もありますが、あえて問題提起をさせてもらいたいと思います。

私が知る限り、フランスやブラジル、アルゼンチンなどは二重国籍を認めています。ですから、法的な意味でも個人が2つのアイデンティティを持つことが可能です。ジダンの例で言えば、両親から受け継いだアルジェリア国籍を保ちながら、自分自身が生まれ育ったフランスの国籍も同時に持つことができます。このため、自分のアイデンティティが単なるアルジェリア人、あるいはフランス人ではなく、その両方になるわけです。また、これらの国は移民を非常に古くから受け入れており、そのようなダブル・アイデンティティに対して社会が比較的寛容であると言えます(米国もある程度そうでしょう)。

それに対し、日本はそのような考え方を認めていません。二重国籍は原則的に認められておらず(フジモリに日本国籍を認めたことで論争が起こったことは記憶に新しいところですが)、日本人になるためには他の国籍を捨てなければなりません。これは法的な次元の問題にとどまらず、たとえば生活風習などについても「郷に入れば郷に従え」とばかりに日本風に振舞うことを要求し、それができないと日本社会から疎外されてゆきます。もちろん日本文化に適応することの重要性は否定しませんが、ここで問題なのは外国出身者を日本に受け入れる際に彼らのよい文化も同時に受け入れ、あるいは彼らの伝統文化も尊重しつつ共生してゆこうという意識が日本人に全くないことです。「在日」と呼ばれている人たちも、本来であればコリアン・ジャパニーズとしてもっと活躍し、日本に新風を吹き込むことができたのかもしれませんが、日本はそれを拒絶してしまったのです。

現代のフランス文化は非常に多様で、もはや世界各地からの移民がフランス文化の担い手であると言っても過言ではありません。中南米の音楽も然りで、先住民や欧州やアフリカの要素が複雑に混交することで魅力的なものを次々に輩出しています。それに比べて新たな血を入れることに消極的で、入れたとしても外来の要素を排除する日本の伝統文化が衰退しているのは、自らまいた種であるのかもしれません。



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(mig@lime.plala.or.jp)