シルビオ・ゲゼル研究室

Virtuelle Institut für die Forschungen Silvio Gesells
Virtual Institute for Researches on Silvio Gesell
Instituto Virtual de Investigaciones sobre Silvio Gesell
Institut Virtuel de Recherches sur Silvio Gesell

最終更新:2003年8月29日

〜代表作「自然的経済秩序」〜
第3部 お金の実態
3-1 お金の存在が明らかに


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コインに刻み込まれた文字が、われわれにお金の本質を教える目的を持っているとするならば、私はこの仕事をたやすく片付けることができる。これらの刻印は「10マルク」や「10フラン」、あるいは「10ルーブル」と書かれており、このことばでお金の本質を認識できない人には、コインの脇に書かれている「神とともに」あるいは「自由・平等・博愛」(仏貨の場合)などの文句もなんら説明の用をなさないだろう。

今日の独貨の刻印を昔のプロイセンのタラーのそれと比べると、タラーに記されている貴金属の重量は省略されていることに気づく。どうしてだろうか。この重量表示を省略することは、何か別の目的があるはずであり、多くの場合重量の表示が実際に役立ち得ることもきちんと考慮しておく必要があるだろう(※1)。

※1:重量表示のおかげでそれぞれのコインから、各人が質量を確認できる。さらに重量表示を通じて財布の中味を簡単に確定でき、逆にお金の全体の重さからお金の量を誰でも計算できる。

なるほど、プロシアのタラーに記されているもののような重量表示が、今日未だ支配的なお金の本質に関する見解のもとでは未だ解決できない多くの疑問を生み出すきっかけになっているのは確かだが、この危険を回避するために重量表示を削除したために、矛盾が起きてしまった。

「XXXタラーが純銀1ポンドに相当する」(※2)と、1ポンドの純銀はXXXタラーに等しくなり、この刻印によって「タラー」という概念は、今日でも英国である種の商品に使われる特別な質量単位のように、銀を裏づけに持つ単純な質量単位になる(たとえばダイヤモンドは、カラットによって量られる。ノイヒャーテルでは、リンゴまたはジャガイモの「単位」として20リットルが、穀物の単位として16リットルが使われている)。

※2:昔のプロシアのタラーの刻印で、「30タラーに1ポンドの純銀が含まれている」と記されていた。

しかし1ポンドの純銀が30タラーと等価値であり、コインが決められた量の銀(刻印とタラー理論によると)と等しいとすると、どうすれば30分の1ポンドの純銀を1タラーから取り出せるのか。どうすれば1つの概念から銀とタラーという、2つのものを作り出すことができるのか。1872年以前は「XXXは1ポンドの銀に等し」かったが、それ以降はもはやそうではない。もし1872年以上のことが可能であれば(事実そうだが)、1872年以前の自体は真実ではなく、タラーの刻印はわれわれに、昔からタラーとその材料とは2つの別々の概念が、1つの概念として装われていたことになる。タラーはすべて、30分の1ポンドの純銀を示す単位だった。蹄鉄を生産するのに1ポンドの鉄が必要なように、30タラーを生産するのに1ポンドの銀が必要となる。一軒の家が本質的には一山のレンガではなく、1足の靴は1メートルの長さの革と同じものではないように、タラーは決められた重さの銀ではない。タラーは銀とは完全に異なる、王立造幣局によってつくられたものだった。そして刻印にも関わらず、銀によるお金の出現の有無にかかわらず、タラーはタラーであったのだ。

タラーの刻印はタラーやその材料から一つの概念を作り出し、銀の非貨幣化によって、タラーには2つの概念を含んでいたことが示された。銀で自由にお金を作ることができなくなったことでタラーの本質が明らかになり、銀を通じてそれを見い出すことができるようになった。それまでわれわれはタラーを単に銀だと思っていたが、今ではわれわれは初めてお金として見るようになった。死の際に誰の目にも明らかな形で魂が吐き出されるまで、タラーが魂を持ったものだということをわれわれは認識しない。お金を作る自由がなくなるまで国民は銀だけに目を向けてきたが、今や初めてお金が法律によって銀と結びついたものであり、本来工業製品であることが明らかになった。

銀貨の自由造幣の廃止によって、金属貨幣(金(きん)や合金)がお金の代理である理論が矛盾のないものとなり、銀の非貨幣化によって、コインは金属の塊に刻印をしたものであっても、その魂自体はコインではないことが明らかになった。

シュヴァリエ「コイン」39ページ「コインは金属であり、その質量と質量は刻印を通じて保証される」
オットー・アレント「われわれのマルクは1395分の1ポンドの金(きん)を示す目印でしかない」


コインを金属の塊に、金属の塊をコインにする銀貨の自由鋳造が、国会議員の気まぐれしだいの法律を前提にしており、タラーがそんな立法の産物で、銀は単なる物質で、恣意的に選ばれたタラーの原材料でしかないことに気づく人はいなかった。法律によってタラーは作られ、破壊されるものである。そしてここでタラーについて言われていることは、その後継者であるマルクにも当然あてはまる。金貨の自由鋳造は、今日コインと金(きん)を実質的に同じものにしているが、これはわれわれの立法者の産物である。それはいつ生まれ、いつ消えてもおかしくないものであり、金本位制を採用した当時に前提としていた事柄の多くが何の根拠もないことが明らかになった場合には、いつでも取り消すことのできるものである。

だが、自由鋳造の廃止が行われた場合(法的な支払手段という銀行券の説明はこの道への最初の一歩である)、どのような関係を金(きん)はわれわれのお金と持つのだろうか。お金を製造するときの材料としての銅や銀、あるいはニッケルや紙がお金に対して持つ関係は、石と家屋、皮と靴、すきと鉄の間にある関係のようなものになるだろう。お金とその材料とが本質的に同じものではないかというなんとなくもたれていた思い込みはなくなり、金(きん)とマルクとの違いは、タラーと銀、あるいは帽子とわらの関係のように明白なものになるだろう(※3)。

※3:金本位制は現在とても手に負えないものになっており、それをことばで取り覆うことは非常に難しくなっている。金本位制の導入時点では、原材料の理論が言葉通りに適用された。「通貨とは自ら流通するものであり、その金属としての特性によって金(きん)はお金として受け入れられる」とバンバーガーは語った。

しかし、この数年後ドイツで「ドイツ金本位制保護協会」が創設されたという事実は、何を物語っているのだろうか? 金(きん)はもはやその金属としての特性によっては流通しなくなり、どうして「ドイツの」金本位について語られるようになったのだろうか? もしマルクが、理論的に説明されるようにある量の金(きん)でしかないとするならば、マルクはドイツやフランス、それにロシアや日本のものと変わらないことになる。あるいはドイツの金(きん)のるつぼである鉱山が、他国の金(きん)とは化学的に異なるものを生み出すとでも言うのだろうか。

先ほど述べた協会の名前はその名前からして矛盾を内包しており、それは協会発行のパンフレットでも変わらない。

ドイツにおける金(きん)についてのこの10年間の記述によると、この問題について実績のない人たちの署名によってこの協会への入会が促されていた。モムゼンやヴィルコフといった人物の名前が連なっているが、ちょうどヤギ飼育協会の創設に関わるような気安さで彼らは自分の名前を貸したはずだ。いずれにしても彼らにとっては、きちんと研究することなく結論を下せるようなささいな論争でしかない。


ドイツにおける金(きん)についてのこの10年間の記述によると、この問題について実績のない人たちの署名によってこの協会への入会が促されていた。モムゼンやヴィルコフといった人物の名前が連なっているが、ちょうどヤギ飼育協会の創設に関わるような気安さで彼らは自分の名前を貸したはずだ。いずれにしても彼らにとっては、きちんと研究することなく結論を下せるようなささいな論争でしかない。

こうしてわれわれは、お金とその材料や、マルクと金(きん)を明白に区別することができる。これ以上説明する必要もなくなる。というのも、お金とその原材料は法律によって関係づけられているだけで、今日は関係付けられていても次の日にはその関係が切り離されてしまうかもしれない。

お金とその材料とのこのような違いは、以前からこのようなものであった。銀の自由鋳造や金本位の時代にはこれは忘れられてきた。だが、銀の自由鋳造の法的廃止が恣意的に行われた際、その違いは明らかになった。同様に今日でも銀の歴史を知る人には、お金の特権が材料となる金属によるものではなく、法律によってその材料となる対象が変更され得ることは、明らかであるに違いない。

一国の通貨について話題になり、立法家たちが1マルクを手にして観察する際、彼らは何を発見するだろうか。

マルクは今でも法的な概念説明を待望しており、お金の本質についてのどのような学派の説明もドイツの通貨にあてはまらず、法的な支払手段としてのドイツの銀行券についての説明で金本位制の理論的根拠は完全になくなり、われわれの銀行券の記述は意味を失っていることのではないだろうか?

「ドイツ銀行は所有者に、その場で100マルクを支払う」と紙幣には書かれており、銀行券の理論によればこの支払い約束によってのみ銀行券の流通が可能となる。法的な支払手段であるというこの銀行券の記述を太い線で抹消しても、この銀行券は以前同様流通し続ける。どうしてこれが可能になるのだろうか。溶かしてしまったら400マルクの価値しかない銀貨1000マルクで以前牛を売った農民が、物質的・学問的な観点では無価値のものとみなされなければならない銀行券と交換に、今日自分の最良の馬を引き渡すことがどうして可能なのだろうか?

こうして、銀行券の記述は事実と一致する。金貨や銀貨にそうしたように、10・20・100マルクと紙幣に書き込むだけで、他の部分、特に「支払う」という単語は抹消される。この単語は債務証書や手形、それに督促状で使われるが、銀行券は債務証書ではない。債券、特に国債はその所有者に金利をもたらすが、銀行券はその発行者、つまり政府が金利を手にする(※4)。「中央銀行は所有者に…」ではなく、単に「これは100マルクである」と記述される。記述を通じて銀行券が貸付証書としての性格を帯びるというのは不条理である。金利のない債務証書は今日では考えられない。債務証書からは、その所有者(債権者)から金利が取られ、発行者(債務者)に支払われることで、実質上の金利証券として流通する債務証書と言えば、世界でも銀行券だけだ。ドイツの国債は法的にはその所有者に年利3%の金利を、今日(1911年)では84.45%の価値しかない。ドイツ銀行券は所有者に年間4〜8.5%の金利を強いるが、その価値は100%(額面価格)のままである(※5)。現行法や理論はこの両者を一緒くたにしており、理論的にも法的にも発行者の債務証書として機能している。

※4:100億マルクの銀行券の発行の際に、政府は5億マルクの金利収入を毎年得る(現在では1000億マルクが発行され、金利は50億マルクである)
※5:中央銀行はその紙幣を通じて商業手形を買い込むため、金(きん)と銀行券の間には全く違いはない。どちらにも金利があるものの、金(きん)は資本として、銀行券は債務と呼ばれるのだ。


これらの矛盾へと導く法律や疑似科学の説明を無視しよう。

銀行券の繊維素は、銅やニッケル、銀や金(きん)のように、お金の生産のための原材料である。これらさまざまな種類のお金はお金と同じ特権を持ち、相互交換可能であり、すべて同じように政府の管理下にある。同じ政府の造った金属貨幣で紙幣を買ったり支払ったりはできず、これらの交換だけしかできない。矛盾をなくすためには、支払い約束に関する銀行券の記述を抹消しなければならない。「これは10/100/1000マルクである」と記載されるべきだ。

記述されている支払いの約束を果たすために銀行券は金属貨幣のように流通しているのではなく、その約束を無視する形で流通しているのだ(※6)。

※6:グレシャムの法則に従うと、等価性(額面価格)が失われたときに金(きん)が国外に流出し、紙幣だけがとどまる。

銀行券にどのような力が働くことで、発行者が金利の債権者に、所有者が金利の債務者になるのだろうか?お金であることの特権が銀行券にこの力を与え、この奇跡が現実のものとなる。われわれはこの特権の本質についてもっと考察しなければならない。



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