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第4部 自由貨幣・お金のあるべき、そして可能な姿 4-5 要約 <前の章に> / <次の章に> / <目次に> |
ここまで自由貨幣について言えることは、以下の通りである。
お金の所有と結び付けられた個人に対する直接的な損害を通じて、以下のことが達成される。
だが、自由貨幣の最もすばらしく、実際の劇的な成果は、失業の克服そして金利収入に無関係になった資本財(現実資本)の創造を通じて金利がすぐに過剰な資本のもとに沈み、そのことによって今では威信のなくなった公爵や金利生活者や無産階級を足下踏みつけ、誇り高き自由人、自立した市民、そして恥じることなく自分の住む土地の主として名のりを上げる人々のための場が用意される。 自由貨幣は今まで幾度もいまいましい思いをさせてきたお金を廃止するわけではなく、経済的需要を正しく認識しながらそれに従って作り直される。自由貨幣はわれわれの経済の根本原則であり、これは冒頭で明らかにしたように私欲であるが、需要から意思をはぎ取り、供給と同じ装いをするや否や、「常に悪人が欲し、常に善人が創造する権力」のように暴利が機能しなければならないことが示される。 自由貨幣はそれどころか、我々が最初に述べたように我々の経済の根本原則である利己心を侵害せず、需要から怒意的なものを取り除かれ、これと対抗する供給と同じ力のレベルに置かれるや否や、「常に悪人が欲し、常に善人が創造する権力」の言葉通りに強欲な人々 が働き出すことを示すだろう。 |
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