スペイン語もポルトガル語も、言語学的にはインド・ヨーロッパ語族・イタリック語派に属します。あまり実際の語学とは関係のない内容ですが、これらのことばの背景的知識としてぜひご一読ください。
※また、私が管理しているTiempo Iberoamericanoのホームページで、スペイン語圏諸国の簡単な紹介を行っています。こちらをご覧ください。
インド・ヨーロッパ語族(略して印欧語族)というのは、インド亜大陸からイベリア半島に至る広い地域で喋られている語族で、5000〜6000年前に同一の言語から派生していった言語です。スペイン語やポルトガル語が属するイタリック語派の他にも、ゲルマン語派(英語、ドイツ語、オランダ語、北欧諸語など)、スラブ語派(ロシア語、ポーランド語、ウクライナ語、ブルガリア語、セルボクロアチア語、チェコ語、スロバキア語、スロベニア語など)、ケルト語派(アイルランド語、ウェールズ語、ブルトン語など)、ギリシア語、アルバニア語、アルメニア語、インド語派(サンスクリット語、ヒンドゥー語、ウルドゥー語、ベンガル語など)、イラン語派(ペルシア語、クルド語など)があります。これらのことばは、長い時間の経過の中でお互いに同系の言語とは思えないほどに変化してしまいましたが、言語学的にその類縁性が証明されています。
スペイン語やポルトガル語は、その中でもイタリック語派に属します。このことばのルーツとなったラテン語(これももちろんイタリック語派です)は、もともとはイタリア半島中部の、ラティウム地方でわずかの数のローマ人が話していただけだったのですが、ローマがイタリア半島全域から地中海世界を統一する過程で、その中のかなりの地域でラテン語が使われるようになりました。ギリシアから東では、それ以前に文明語としての地位を確立していたギリシア語が優勢で、ラテン語はあまり普及しなかったのですが、それでもローマ帝国の発展とともに全イタリア、シチリア、イベリア半島、ガリア(現フランス)、そして果てはダキア(現在のルーマニア)に広がり、広いローマ帝国の大部分で共通語、そして最後には日常語として使われるようになったのです。
ですが、476年に西ローマ帝国が崩壊すると、その広大なローマ帝国の間での交流が途絶え、各地で方言が生まれ、それがやがてそれぞれ独自の言語へと発展して行きました。そして8世紀頃には、もはやラテン語とは呼べない諸言語が産声を上げていたのです。それらの言語を総称して、ロマンス語といいます。その中でも特に有力となったのが、以下の方言です。
トスカーナ方言(標準イタリア語):ルネッサンスがいち早く巻き起こったトスカーナでは、ダンテが早くも14世紀はじめに「神曲」を書き上げ、16世紀にはレオナルド・ダヴィンチが活躍するなど、イタリア文化を先導する役割を果たし、言語的にもこの地域のことばがイタリア半島の標準語になりました。イタリアはもともと方言差の激しい地域でしたが、文語としてのトスカーナ方言の優位は揺らぐことなく、現在ではこの方言が全国的に通じるようになっています。現在、イタリア、サンマリノ、バチカン市国とスイスの一部で公用語として使われており、また地中海のマルタ共和国でも使われています。
カスティーリャ語(標準スペイン語):現在ロマンス語の中で最大の勢力を誇っているのがスペイン語ですが、このスペイン語はもともとスペイン北東部、カスティーリャ地方のことばでした。このカスティーリャが1492年のレコンキスタ終結以来、スペイン政治の主導権を握るようになったため、カスティーリャ語がスペイン全土で使われるようになり、また同年コロンブスの新大陸到達以降、中南米の広い範囲などで使われるようになりました。現在、スペインの他、アルゼンチン、ウルグアイ、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、キューバ、コスタリカ、コロンビア、赤道ギニア、チリ、ドミニカ共和国、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ホンジュラス、メキシコと米国領のプエルトリコで公用語として使われており、ピレネー山脈のアンドラ公国やモロッコの一部、米国のカリフォルニア・テキサス・ニューヨーク・フロリダなどの地域、またフィリピンの一部などで、3億人以上によって使われています。
ポルトガル語:ポルトガル語はもともとはガリシア語(スペイン北西部・ガリシア地方の言語)と一緒でしたが、ガリシアとポルトガルが政治的に分離して以降、ポルトガル語として独特の発展を遂げます。大航海時代にブラジルやアフリカなどにもこのポルトガル語は広がり、現在ポルトガルのほか、ブラジルでは国語として、アンゴラ、カボベルデ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペとモザンビークでは公用語として使われています。ですが、アフリカのポルトガル語圏(特にアンゴラ以外)では、一般庶民はポルトガル語以外の言語(クレオール語、アフリカ諸語など)を使っていることも多いです。
オイル語(標準フランス語):フランスの俗ラテン語は二つに区分できます。北部のオイル語と、南部のオック語です。オイル語はロマンス語の中でも最も激しい変化(特にゲルマン語の影響)を被った言語で、他のロマンス語とは発音や構文の面でかなり違った構造を持つようになりましたが、それに対しオック語は比較的ラテン語の古い形を残しています。ですが、パリの中央政府が17世紀に絶対王政を確立し、フランス革命以来義務教育が全土に行き渡るようになると、それに伴ってパリの標準フランス語が全土に浸透するようになりました。現在フランス語はフランスの他モナコの全土と、カナダ、スイスとベルギーの一部で国語として、ルクセンブルグとアンドラでは公用語の一つとして、アフリカの旧仏領植民地(ガボン、カメルーン、ギニア共和国、コートジボワール、コモロ、コンゴ共和国、ジブチ、セネガル、チャド、中央アフリカ共和国、トーゴ、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、マダガスカル、マリ、モーリタニア)やカリブ海のハイチで、さらにベルギーから独立したコンゴ民主共和国、ブルンジ、ルワンダやスペインから独立した赤道ギニアでも公用語として使われており、その他アルジェリアやセイシェル、チュニジア、モーリシャス、モロッコ、リビア、レバノンなどでも広く通用しています。
ルーマニア語:ダキア地域でローマ人が使っていたラテン語が、その後スラブ語の影響を多少受けながら発展したのがルーマニア語です。同国は周囲をウクライナ、ブルガリアやユーゴスラビアのスラブ系諸国に囲まれていますが、言語的な伝統もあってか、他の国よりはラテン諸国と心理的に近い関係にあるようです。また、旧ソ連のモルドバ共和国で使われているモルドバ語もルーマニア語の一方言ということで、この両国の間にも心理的な親近感があるようです。
また、このように公用語として国際的に認知されている言語のほか、以下の言語もロマンス語とされています。
フランス:オック語(南仏語。プロバンス語、ガスコーニュ語など)、コルシカ語(コルシカ島の言語。イタリア語に近い)、カタルーニャ語(フランス最南部、ルシヨン地方で使われている、スペインの欄を参照)
スペイン:カタルーニャ語(スペイン北東部、カタルーニャ地方やバレンシア地方、それにバレアレス諸島などで使われている言語。アンドラ公国では公用語、オック語に近い)、ガリシア語(スペイン北西部、ガリシア地方のことば、ポルトガル語に近い)
スイス:レトロマン語(スイスの山岳地方で使われている言語。ラテン語の特徴をかなり残している)
イタリア:サルジニア語(かなりラテン語の古い形を残している)、シチリア語、カタルーニャ語(サルジニア島アルゲロ市で)
また、これらの国々の中では、ロマンス語ではない言語も使われています。
フランス:フランドル語(フランス北東部、フランドル地方の言語、オランダ語系統)、ブルトン語(フランス北西部、ブルターニュ地方の言語、ケルト系)、アルザス語(ストラスブールのあるフランス東部、アルザス・ロレーヌ地方の言語、ゲルマン系)、バスク語(フランス南西部、ガスコーニュ地方の一部の言語、スペインでも使われている、系統不明)
スペイン:バスク語(スペイン北部、バスク地方で使われている言語、フランスでも使われている、系統不明)、ロマ語(ロマ(いわゆるジプシー)のことば:印欧語族インド語派)
ベルギー:オランダ語(ベルギー北部で使われている、ゲルマン系)、ドイツ語(ベルギー南東部の一部で使われている、ゲルマン系)
ルクセンブルグ:ルクセンブルグ語(同国の国語、ゲルマン系)、ドイツ語(同国のもう一つの公用語、ゲルマン系)
スイス:ドイツ語(スイス北部や東部で使われている、ゲルマン系)
ルーマニア:ハンガリー語(ルーマニア西部、トランシルバニア地方で、フィン・ウゴル系)
ここで疑問なのが、それぞれのことばがどれほど似ているのか、ということです。とりあえず、英語やドイツ語と、それぞれのロマンス語を比べてみましょう。
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| おはようございます | Good morning. | Guten Morgen. | Bonjour. | Buenos días. | Bom dia. | Buongiorno. |
| ありがとう | Thank you. | Danke. | Merci. | Gracias. | Obrigado. | Grazie. |
| 木 | a tree | ein Baum | un arvre | un árbol | uma árvore | un albero |
| 国 | a country | ein Land | un pays | un país | um país | un paese |
| りんご | an appel | ein Apfel | une pomme | una manzana | uma maçã | uma mela |
| 食べる | eat | essen | manger | comer | comer | mangiare |
| 政府 | a government | eine Regierung | un gouvernement | un gobierno | um governo | un governo |
| 物理学 | the physics | die physik | la physique | la física | a física | la fisica |
おわかりの通り、それぞれの言語はかなり似ています。たとえば英語やドイツ語といったゲルマン系のことばではgoodあるいはgutとなっている部分が、ロマンス語ではbonとなっていることが、英語でmorning、ドイツ語でMorgenとなっているところが、jour, giorno, diaとなっています。もちろん全てのことばが似ているわけではなく、たとえば「食べる」という動詞がmangerやmangiare系統とcomer系統に分かれていたり、「りんご」のように言語によってかなり形が違う単語もありますが、一般的にかなり似ていることがわかるでしょう。
また、「政府」や「物理学」といった単語では、ゲルマン系の言語もロマンス語と似た形になっています。これは、ゲルマン系でラテン語のボキャブラリーをたくさん採用したためです。一般的に、難しい単語になればなるほど英語とロマンス語では同じ形の単語が使われているといってよいでしょう(もちろん、各言語風の形にはなってますが)。