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この番組は、NHKのBS1で1999年5月4日(火)に放送され、その翌日と7月3日に再放送され、(制作:NHK、NHKエンタープライズ21、グループ現代)12月2日(木)の午前02:05〜03:05にNHK総合で再再放送が行われる予定のもので、エンデが死の前年(1994年)、NHKとのインタビューで残した2時間のテープをもとに、さまざまな形の金融システムを取り上げている。番組上では取り上げられなかったことも含めて、2000年2月25日に単行本が出版された(詳細はこちらでどうぞ)。とりあえず現段階では、番組の中で取り上げられていたことを紹介するのみにとどめたい。
あと、このページでは、他のページ以上にリンクを増やしていますが、それはこのページで示されている内容が、単なる机上の理論にとどまらず、実際にさまざまな地域の経済を支えていることを示したかったからです。エンデの思想に関連した世界のさまざまな動きを、このページから読み取ってもらえれば、このページの編者としては望外の喜びです。また、これに関連した情報があれば、私までメールで連絡していただけるとありがたいです。
エンデは1994年に、NHKに新しい番組の企画を提案した。それは現代の貨幣システムを扱ったもので、環境・貧困・戦争・精神の荒廃など、現代のさまざまな問題にお金の問題が絡んでいる、という。「そこで私が考えるのは、もう一度貨幣を実際になされた仕事や物の実態に対応する価値として位置づけるべきだということです。そのためには現在の貨幣システムの何が問題で何を変えなければならないかを皆が真剣に考えなければならないでしょう。人間がこの惑星上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いだと私は思っています。重要なポイントはたとえばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と株式取引所で扱われる資本としてのお金は2つの全く異なった種類のお金であるという認識です」とエンデは語り、お金の問題を明らかにする。
次に番組では、ミュンヘン郊外にある国際児童図書館が紹介される。ここにエンデの蔵書も収められているが、その中でもお金に関する資料のなかに、スイスの経済学者ハンス・クリストフ・ヴィンスバンガー(H.C.Binswanger)の著書「お金と成長」(Geld & Wachstum)を挙げる。エンデと直接会って意見を交換したこともある彼は、経済が常に成長し増殖し続ける宿命をもつようになった理由を、利子の存在に求めている。彼は番組とのインタビューに、「お金を作りだし、増やしてゆくのは、錬金術のやり方にきわめて似ています。錬金術は人間の欲望が作り出したものです。錬金術は、鉛から金を作りだそうというものですが、ありふれた鉛を金という価値のあるものに変えてゆくという考え方は、現代にも通じるものでしょう。通貨を印刷し、さらに利子がそれを増やしてゆくわけですから。そのお金が一人歩きし、自然環境やモラルに影響を与えています。お金を考えるとき、モラルの問題を忘れてはなりません。お金には倫理的問題が存在するのです」と語っている。さらに、「金利ともインフレとも無縁な貨幣」(Geld ohne Zinsen und Inflazion、ドイツ語版と英語版がネット上で読めます)の著者で、建築家でもあるマルグリット・ケネディ(Margrit Kennedy)女史も番組に登場する。建築家として環境を損ねない建築が常にコストの問題にぶちあたることを問題に思った彼女は、「利子は未来へ問題を先送りしています。このまま利子が膨れ上がってゆくとしたら、計算上遅かれ早かれ、大体2世代後に、経済的な破滅か、地球環境の崩壊かのいずれかへと突き当たります。それが根本問題です。信じる信じないの問題ではなく、だれでも、コンピューターがあれば、計算できることです。このシステムから利益を得ているのは、ほんの一握りです。今のアメリカでは、人口の1%が、その他の99%よりも、多くを所有しています。つまり、一方でどんどん貧しくなる国があり、自然環境も奪われ続けています。その一方で、少数の者たちが広大な利益を吸い上げてゆく、それが今の経済システムです」と、経済システムの変革の必要性を訴える。
ここでエンデのテープが再生される。「古い文化が残る世界のどの町でも、その中心には、聖堂や神殿があります。そこから秩序の光が発していました。今日では大都市の中心には銀行ビルがそびえ立っています。私は、『ハーメルンの笛吹き男』をヒントにした最新のオペラで、お金があたかも聖なるもののように崇拝され、祈りの対象になっている姿を描きました。そこでは、『お金は神だ』とまで、誰かがいいます。なぜなら、お金は奇蹟を起こすからです。お金は増え、しかも、永遠不滅という性質があります。しかし、お金というのは、神とは違って、人間が作ったものです。自然界に存在せず、純粋に人間によってつくられたものがこの世にあるとすれば、それはお金です。だから、歴史を振り返るということが重要なのです」とエンデは語り、お金の歴史を振り返ることの重要性が示される。ここで経済評論家の内橋克人氏が登場し、彼の発想を「意表を突くもの」と評する。
まずエンデの、「私が知る限り、それはシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell、1862〜1930、詳しくはこちらをクリック)から始まりました。そのこと(金融システムのこと:編者注)を真剣に考えた、最初の人です。ゲゼルは、『お金は老化しなければならない』とういうテーゼを立てました。さらに、『お金は経済活動の最後のところでは、再び消え去るようにしなければならない』とも言っています。つまり、例えていうならば、血液は骨髄で作られて循環し、役目を終えれば排泄されます。循環することで肉体が機能し、健康が保たれているのです。お金も、経済という有機組織を循環する血液のようなものだと主張したのです」ということばが紹介され、番組ではゲゼルが取り上げられる。24歳でアルゼンチンに移住して実業家として成功したゲゼルは、そこで通貨政策の混乱により経済がインフレとデフレを繰り返し、国民生活が破綻に貧している様子を目の当たりにし、彼は貨幣制度と社会秩序に深い相関関係があると考え、1916年に刊行された「自然的経済秩序」(Die natuerliche Wirkschaftsordnung、ドイツ語と英語の全文、そしてスペイン語版(一部)が読めます)で、「自由貨幣」という新たな貨幣制度を提案し、それはケインズの「一般理論」の中でも高く評価されている。
その理論を世界で最初に応用したのが、オーストリア・チロル地方のヴェルグル(Woergl)である(このことについては、「三つの鏡」の「井上ひさしとの対話」で紹介されている)。当時5000人しかいなかった町の400人が失業していた。通貨が貯め込まれ、循環が滞っていることが不景気の最大の問題だと考えた当時の町長、ミヒャエル・ウンターグッゲンベルガー(Michael Unterguggenberger)は、1932年7月、町議会に地域通貨を発行することを決議する。町が事業を起こし、失業者に職を与え、「労働証明書」という紙幣を与えた。「諸君、貯め込まれて循環しない貨幣は、世界を大きな危機、そして人類を貧困に陥れた。労働すれば、それに見合う価値が与えられなければならない。お金を、一部の者の独占物にしてはならない。この目的のために、ヴェルグルの『労働証明書』は作られた。貧困を救い、仕事とパンを与えよ」と裏面に書かれたこの紙幣は、非常に速い勢いで町の取引で使われるようになり、町の税収も増えたが、ここのナレーションで重要な指摘がされている。「回転することで、お金は何倍もの経済活動を行えるのです」というものだ。だが、なぜそんなにお金が回ったかといえば、このお金は月初めにその額面の1%のスタンプを貼らないと使えないからである。言い換えれば月初めごとにその額面の価値の1%を失ってゆくこの紙幣は、手元にずっと持っていてもそれだけ損するため、誰もができるだけ早くこのお金を使おうとしたため、この「老化するお金」が消費を促進することになり、経済が活性化したのである。公務員の給与や銀行の支払いにも使われ、この奇跡を目の当たりにした周辺の町でもこの制度が取り入れられようとしていたが、オーストリア政府の禁止通達によりこの通貨制度も1933年9月に終わってしまったのだ。エンデは「三つの鏡」で「大抵の資本家たちはそんな考えが世間に広まるのを妨げる方向に強く動いたんです」と語っているが、非資本主義的なこの通貨制度を現代社会の頂点に立っている人=資本主義の甘い汁を吸っている人が直視しないことが、問題であるといえる。
番組では大恐慌時の米国でも、ゲゼル理論が紹介され、さまざまな地域通貨が発行されたことが紹介される。これについて解説するのが、米国の未来学者ヘイゼル・ヘンダーソン(Hazel Henderson)である。彼女は「(30年代に)何千もの地域通貨が、あらゆる小さな村や町で発行されました。企業は、これら緊急通貨と呼ばれた通貨で、社員に給与を支払いました。失業保険組合も独自の通貨を発行していました。当時、このような通貨が地域に出回っていたのです。これこそが、地域のなかに、地域が生み出す富や財産をとどめておく最良の方法だったのです。ですから、政府によい経済政策がなければ、いつでも地域通貨は復活すると思います。大恐慌で資本主義は転機を迎えました。ドイツはファシズムが台頭し、各地で共産主義が広がり、アメリカでニュー・ディール政策が取られたのです。ニュー・ディール政策によって、政府が地域にお金を注ぐようになりました。そうすることによって、地域の人たちが環境を整備したり、アート・プロジェクトを起こしたり、地域の公共施設や博物館を建てたりという、国家事業が全国的に展開しました。また、ルーズベルトは、地域社会の雇用促進にも予算を注ぎました。実にすばらしい博物館が、実はこの30年代に建てられたのです。この政策で地域通貨は姿を消しました。国家資本の公共投資が地域の経済を活性化したからです」と語る。
次に番組では、米国ニューヨーク州のイサカ(Ithaca)という町(人口3万人)では、「イサカアワー」(Ithaca hour)という名前の地域通貨が流通している。この紙幣にも、「イサカアワーは、私たちの技術や熟練、時間、道具、森、土地、そして川などの、本当の資本によって支えられている」と書かれている。まず番組ではこの通貨を利用している女性の、「このお金を使うのは、アメリカ政府の政策を支持していないから。特に対外政策、アメリカが海外でしている色んなことに反対だから」というコメントが紹介されるが、この一女性の発言は非常に大きな意味を持っている。なぜなら普通米国市民は日常生活で米ドルを使用しているが、これは即その通貨を発行しているFBI、ひいては米国政府の活動を支持することになる。それに対し、たとえイサカアワーと米ドルが交換可能な関係(1イサカアワー=10米ドル)にあっても、イサカアワーはあくまでも地域でしか流通しない通貨であるため、当然ながら所得税の対象外であり、このイサカアワーを利用した経済活動には政府は課税をすることができない。特に政府の政策に反対している人には納税をかなりの部分拒否できる点で、この通貨は有用であるといえよう。
イサカアワーが発行されたのは、1991年のことだった。上記のヴェルグルと同様、この当時のイサカも深刻な不況下にあり、この通貨はそういった状況を打開すべく発行された。イサカアワー委員会のモニカ・バーグレイブスは、「私たちは、好きなだけお金を印刷できます。でも、発行に関しては厳しいルールがあるんです。3つの条件以外には発行しません。1つ、誰かが新たにメンバーになる。2つ、誰かがローンを請求する。3つ、非営利団体に寄付する。これ以外に、お金は絶対発行しないんです」と語り、マネーサプライに制限を設けている。8年前、わずか40人で始まったこのプロジェクトは、今では400以上の企業や商店も参加するまでになった。市場残高はわずか800万円ほどだが、常に流通するため2億円以上の経済効果を生んでいるという。人口3万人の町にとっては、これは決して少ない額ではないだろう。ある男がイサカアワーの有用性を「おれ達にも地域全体にとっても得になると思うね。地域のみんなを支援すれば、おれ達も助けてもらえるし。ドルはすぐ資本家に吸い取られて役に立たないけど、イサカアワーはみんなさっさと使ってしまって、あっという間に、おれ達のところへ戻ってくるんだ」と語るが、資本主義の道具でしかないドルと異なり、イサカアワーの場合はイサカ市の中で通貨が循環することがわかっているため、安心して使用できるのである。
現在では銀行でもこのイサカアワーは受け入れられている。銀行では利用者から受け取ったイサカアワーを、掃除やリサイクルの収拾、パソコンのメンテナンスなどのサービスの対価として、地域の事業所に支払う。イサカアワーに込められた価値は他の地域の資本に金利という形で吸い取られることなく、地域の経済活動の潤滑油となり、地域に豊かさをもたらすのである。行政当局もこの通貨の有用性を認め、積極的に推進さえしているという。ここでこの地域についての説明がある。この地域では米国の他の地域よりも小規模かつ有機農法で農業を行っている農場が多いが、ここでイサカアワーを成立させる上で重要な点が指摘される。「この地域では、地域住民が農家に作物の代金を前払いする、サポートシステムがあるからです」というのがそれだが、もともと地域住民と農家との間に直接的なつながりがあり、各人が共同体の一員という強い自覚を持っている地域だからこそ、このような地域通貨が受け入れられたのである。全てのサービスが匿名で、いいかえれば誰と誰がどのような関係で結びついているのかがわかりにくい形で行われる大都市の場合は、その市民全員が経済共同体の一員としてその地域に住んでいる、という意識が生まれにくいが、この程度の規模の町では共同体意識が自然に芽生え、それをさらに強固にする要素としてこのイサカアワーが作用したのである。もし地域通貨の導入を考えている人がいれば、この点を認識してもらいたい。
カリフォルニアから移住したジョンとタディは、この通貨のおかげで農園を営むことができた。利子を取られないこのイサカアワーでの融資を受けたため、生活基盤を設立することができた。そんな彼らは、「お金をたくさん稼いで、たくさん使う。みんなこぞって、GNPとか経済の話をする。それは、人々がどれだけお金を使ったかということでしょう? だからこそ、お金をたくさん稼がなければいけない、ってね。でも、多くの友達や、私たち自身も、シンプルで良質な人生を送れると信じています。余計なものなんて買わなくていい。大きな車なんか要らないわ」という。
酪農家のスミス一家も、イサカアワーのおかげで生活が成り立っている一例だ。まず奥さんが、「だって、イサカアワーは地域の農家をサポートしてくれるでしょう? 農家は地域の土地を守っているんです。もし、地域の農家が成り立たなくなったら、土地は荒れっぱなしか、大規模農場に買い上げられてしまいます。あの人たちは、土地を大事にもしなければ、いい使い方もしないわ。だからね、イサカアワーは、地域の環境を守るのにも、役立っていることになるのよ」と語るが、これは大資本を背景にした大規模農場の進出を食い止めるのにイサカアワーが一役買っていることを示している。イサカ市の外では当然イサカアワーは通用しないが、これによってイサカアワーが地域経済の崩壊を食い止めている。利子を伴わないイサカアワーで融資を受けることで、イサカ市民は借りた額以上の負債を負うことがなくなり、自転車操業的な経営をしなくて済む。ということは、自分たちの農場を借金の担保として大資本に提供する必要がなくなり、結果的には土地を守ることができるのである。その次にご主人が、「とにかく、この農場を運営して、豊かに、より美しい場所にしたいと願っているんです。子どもたちに、幸せな子ども時代を与え、彼らが望む夢を叶える手助けをするんです。彼らのお金を貯め込むというか、そんなこととは、無縁です。そんなこと、できっこありませんしね。昔、NASAで働いていたんです。稼ぎは、ちょっとしたものでした。けれど、家庭の外で働き、毎日通勤に時間を取られ、本当の意味で、家族の一員ではありませんでした。ですから、高収入のライフスタイルをやめることにしたんです。そして、家族と一緒に働いているんです。お金を追い求めるために時間をかけなくなったことを、後悔してはいません。」と語るが、こういった人たちのライフスタイルを可能にする上でも、イサカアワーの役割の重要性はもうおわかりだろう。
ここで再び、エンデの録音テープが流れる。「マルクスは、資本主義の問題点を、多くの個人企業家のかわりに、唯一の企業家、つまり、国家を立てることで解決できると考えました。マルクスの最大の誤りは、資本主義を変えようとしなかったことです。マルクスは、国家に資本主義を任せようとしたのです。つまり、私たちは、過去50年から70年の間、対立する双子を持っていたのです。つまり、民間資本主義と、国家資本主義であり、どちらも、資本主義のシステムで、それ以外ではなかったのです。マルクスの大きな功績は、経済批判を可能にする概念自体を作り出したことにあります」とエンデは語るが、「オリーブの森で語り合う」の「フランス革命の合い言葉」や「エンデと語る」の「U」でも同様の指摘がされてあるので、それを参照していただきたい。
次に示されたのは、失業者の増大に困っている旧東ドイツ・ザクセン・アンハルト州のハレ市である。ここでは1992年より、コミュニティーを再生しようという試みが始まった。デーマーク(deMAK)という、紙幣を使わずに通帳上でモノや仕事を交換するシステム(交換リング)である(ここをクリックするとドイツ語で関連の情報が読めます)。この通帳での取引を通して、残高がマイナスになってしまうこともあるが、それは借金ではなく、むしろ「交換リングでマイナスを持つということは、その分を誰かに返さなければなりません。そこで新しい関係が生まれます。マイナスのデーマークは、共同体の一員である証になるのです」(ナレーション)とみなされるという。紙幣を発行しない、こういった交換リングのシステムについては確かに懐疑的な見方をする方も多いだろう。ウソの数字を通帳に書き込んだりしないか、という不安も確かにあるが、そこで誠実にきちんと正しい数字を通帳に記入し続けるあたりに、ドイツ人気質が見え隠れしているように私は思う。ただ、この制度を日本でも適用できるかと問われた場合、現在の日本社会では困難を伴うであろう。
ここでこのデーマークのおかげで生計を維持している青年の例が紹介される。マルティン・バーチさんだが、デーマーク会員から求められた仕事をこなすことで彼は生活ができている。「この部屋代のために月20時間、庭師や管理人として働きます。15時間いろいろな仕事をして食事代を稼ぎます。こうして部屋代と食事代が節約できます。残った時間は自由にできるんです」と彼は語る。彼のデーマークの収支は現在マイナスだが、利子がつかないデーマークであるため、その負債が雪ダルマ式に増えてゆくことはない。彼は現在パスタを作っているが、これが軌道に乗ればその負債は帳消しになり、ダメでもその原材料費を自分がかぶればいいだけなので、新しい仕事を始めようとする彼にとっての負債は最小限度で済むことになる。
番組ではさらに、デーマーク会員同士が自分たちの手作りの品を持ち寄って取引する様子が紹介される。そこで、「いろいろな人と知り合いになれましたし、自分の思いつきを実行に移せました。本当のお金だったらこうはならなかったでしょう」とか、「交換リングには本当に助けられました。今までこんなに快適に思えるところは無かった」と語る会員が登場するが、同じ会員同士ということで新たに生まれる共同体意識が、「オリーブの森で語り合う」の「フランス革命の合い言葉」でエンデのいうところの「友愛主義的経済」を実現しているといえるだろう。
最後の例は、今までの例とは少し異なっている。今までは主に、個人同士の取引で使われる地域通貨が紹介されてきたが、この銀行で使われている通貨は、企業や商店間の取引のために使われているものであり、60年以上の歴史を持っている。ヴィア銀行がそれであるが、これもやはりゲゼル理論に基づいて、1934年スイスの中小企業や商店が生み出した新しい金融システムである。ここではヴィア(1ヴィアは1スイスフランに相当)という単位が用いられており、昔は紙幣も発行していたが、現在では紙幣は使われず、決済のときに使われるだけになっている。現在ではスイスの17%、76000社が参加し、スイス経済の中にしっかりと定着している。最近ヴィアの電子決済が可能になり、ヴィアがスイスフランと同じように使われるようになり、ヴィアでの取引額が増大している。製造業からホテル、レストランまでさまざまな事業所が登録してあるが、このヴィアが前述の地域通貨と異なる点は、ヴィアだけでの決済は認められず、あくまでもスイスフランと同時に使われる必要がある、というものである。両通貨の割合は企業によって異なるが、たとえば1万フランの支払いをする場合、そのうちの7割をヴィアで、残りの3割をスイスフランで(つまり、7000ヴィア+3000フランで)支払いをしなければならない。これにはさまざまな理由が考えられるが、主なものを上げると(1)従業員にはスイスフランで賃金を払う必要があり、そのフランを稼ぎ出さなければならないため、(2)外国との取引でもやはりスイスフランが必要になり、それを稼ぎだす必要があるため、(3)税収の低下を恐れた連邦政府や地方自治体からの要請があったため、であろう。ヴィアを利用している企業の社長の「ヴィアはいいことばかりですよ。新しい客がつきますし、ヴィアが動けばスイスフランもついてきますしね」という言葉と、ヴィア銀行の職員の「スイスでは、80%が中小企業です。この数字で、私たちの存在意義を理解していただけるでしょう。私たちが、中小企業をどのように支えているかですが、一つには、ヴィアのシステムが、スイスフランにプラスアルファのビジネスをもたらしていることです。フランとヴィアが併存することで、お互いにプラスになっています。さらに、ヴィアに加入することで連帯が強まり、購買力がひとつの輪の中で維持され、外に逃げてゆかないことが私たちの強みです」という言葉が、ヴィアの効用を端的に示しているといえよう。
オーストリアで行われた、未来のお金のシステムを考える国際会議の様子が紹介される。さまざまな立場の専門家が一堂に会して行われた会議は、エンデが望んだ会議への布石である。この中でも、ゲゼル理論のヴェルグルにおける実施例が議題の一つになった。それに参加していた、カリフォルニア大学バークレー校のベルナール・リエター(Bernard Lietaer)は、以下のように語る。
「私は、問題点の中心は、金融システムにあると信じます。1971年、ニクソン大統領がドルを金本位制から切り離したときから、私たちは歴史的に前例のない時代を生きているのです。現実的な経済に対して、安定させる何の保証もない通貨の時代が始まり、その不安定な通貨が世界を混乱させているのです。今日の不況は、1930年よりもひどいかも知れません。当時の不況は、アメリカやヨーロッパに限定されていました。われわれが今持っている世界規模の経済システムこそが問題なのです。異なる通貨システムは、異なるタイプの関係性を築くと思います。私たちが常識だと思って使用している通貨は、国や企業に、競争を強いる性格を持っています。金融システムが競争を前提として機能しているのです。もし私が、あなたと協力関係になりたかったら、実際にそれを築くような別の通貨が必要なのです。目的に応じて、道具は使い分けるべきです。ですから私たちには、複数のお金が必要なのです。経済の未来は、私たちがどんな関係を持ちたいかで決まります。世界中で、何千も使われ始めた地域通貨は。その関係性を回復するための一つの新しい道具なのです」
金本位制度が廃止されたことで、全ての現行通貨は非常に不安定な立場に追いやられた。1971年まではドルが金と結び付けられていたため、通貨の価値が安定していたが、現在のドルをはじめとする通貨は何の裏打ちもなく、常に第一次大戦後のドイツマルクのようにその価値を失ってしまう危険性をはらんでいる。現在の金利を要求する通貨が成長を要求する点については、エンデも「エンデと語る」の「U」で指摘しているため、ここで繰り返すことは避けるが、この点で金融取引の第一人者だった人間がエンデと同様の認識を持っていることは、注目に値しないだろうか。
番組は、以下のようなエンデの言葉で終わる。以下のメッセージとも「エンデと語る」の「U」は大いに関連があるため、このページを読み終わったらこちらのほうもぜひとも参照していただきたい。
「今日のシステムの犠牲者は、第三世界の人々と、自然に他なりません。このシステムが自ら機能するために、今後も、それらの人々と自然は、容赦なく搾取され続けるでしょう。このシステムは、消費し、成長し続けないと機能しないのですから。成長は無から来るのではなく、どこかがその犠牲になっているのです。歴史に学ぶものなら誰でもわかるように、理性が人を動かさない場合には、実際の出来事が、それを行うのです。私が作家としてこの点でできることは、子孫たちが同じ過ちを冒さないように考えたり、新たな観念を生み出すことなのです。そうすれば、この社会は否応なく変わるでしょう。世界は、必ずしも滅亡するわけではありません。しかし、人類はこの先、何百年も忘れないような後遺症を受けることになるでしょうでしょう。人々はお金を変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから」