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明け方のタクシー客は救命救急病棟へ大至急!!


夜の3時半ころ近県にお客を降ろし、都内に入ってからは広い幹線道路に平行している旧道を選んだ。これから、このルートで都心にぬけて、我が営業所のある、葛飾区に帰ってもよし、朝4時前なので、あわよくば、もう一人、二人とお客を見つけようと、店や住居の密集した旧道を物色しようってワケである。
 もう4時近くになって、この狭い対面通行の道の逆方向の歩道に、人影がみえた。女性がこちらを見ている、先ほど通った都県境方向かなと、私が人差し指を向けると、彼女は同じ方向を指差す。
 よっしゃあ、と歩道のスペースのフルに使ってUターンをキメて座っているシートの右側のレバーをグィッと引っ張りあげて客席ドアをパツと開く。20代半ばとおぼしき、整った顔立ち
は、スグ乗り込もうとせず、心なしか、無表情である。こーゆうのも別に珍しいことではないので「はいー、どぉーぞぉー」と促したら乗りこんだが、なんか様子がヘンだ。6月ともなれば空が白み始めるこの時間帯なら起き抜けか、飲み明かしたか、まあ、ヘンじゃない人を捜すほうがタイヘンだ等と考えながら「どちらまで」と尋ねた彼女の答えは

「えーと、****医大病院まで・・・」

私はすべてを悟った。****といえば救命救急対応の都心の病院だ。しかも彼女の示した方角は反対の都県境・・・きっと彼女にとってかけがえにない人、夫か兄弟か親か・・・が突然運び込まれたに違いない。私が再びUターンしている事など、意に介していない様子。
 思わず、問いかけの言葉が口に出てしまった。

「大事な方が入院なさったんですね。」

「えー、まー、運び込まれて、あは、いきなり手術だってーゆうからー」

 軽さを装っているが上ずったような力無い調子は恐怖とストレスにさらされた人間から発する声そのものだ。チョットこの感じでは、誰が、どんなケガ、病気なのかを尋ねるのは、彼女の心を追い込みかねない。ヤバイ感じだ。
 そして、数年前に私が仕事中、妻が急病で
救急車で病院に運ばれた時の記憶が鮮明に甦ってきた。まあ、今でこそ、たいした事ではなかったが、足立区内の当時の勤務先から柏市に近い病院へ向けて、ひとり、車を走らせているときは、正確な状況を把握できないもどかしさが、妻との幸福な日々や、最悪のシナリオなどをコンピューターウィルスのように次々と、私の脳全体に書き込んでいるような、地獄の苦しみと底知れぬ悲しみに、もみくちゃにされていた。まあ、事故らなかったのは日ごろの「精進」の賜物か。

とにかく今、客席に座っているは彼女自身というよりは、血だらけの、瀕死の重傷を負った「彼女の心」である。病院に着いて、正確な状況を把握すれば、こころの大出血と激痛は、幾分、緩和されるだろうが、到着までの止血や痛み止めは、ナントカ私の手で、できるものはすべきだ。車、トラックにかかわるようになって20年以上、今まで血だらけの事故のケガ人などを車で運んだこともあったが、「心の大ケガ」に直面した今回は、まず余計な失言でキズを広げないように慎重に言葉をえらばねば・・・・・・・

「昔、仕事中に女房が救急病院に運び込まれたってんで、自分の車ですっ飛んでッたんスけどね、行くまではワケわかんなくって・・・・・こういうのって、すごく、やー、ですよね。」

「ま、ほんと、ヤ、ですね。ふふ」

作り笑いの声が弱々しく、落ち着きが無い。俺、また、しょーもない発言してしまったのか。

「こう言う経験は初めてですか。」

「おじいちゃんとか、おばあちゃんとかが容態悪くなった事あるけど。弟だから・・・・意識はあるみたいで・・・・」

目的地が近ずいてきたのであとは私が喋ることにした。
私の妻の経験から、こう言う試練には場数を踏む以外に自分を強くする方法は無い、とか、弟さんに意識があるのだから、彼にこれ以上の不安を与えないように「ま、たいしたことないじゃん」というスタンスでノンビリイメージをあたえるべきだ、とか・・・・・・・・・・・・
 それとも私は、もう黙ってればよかったのか。・・・・・・・・。
この日記をお読みの皆さん、よろしければ、アドバイスのお書き込みを・・・・・・・・・

 薄明の空に浮かび上がったその大病院の建物の前には、よく、ロック系のライブハウスに群がっているような男女数人が、じっと たたずんでいたが、タクシーを救急センターのゲートに停めると、彼らが駆け寄ってきた。弟さんがその、病気かケガをした時に一緒だったようだ。

ご乗車頂いたお客様の弟さまの一日も早いご回復をお祈り申し上げます。 

 



1999 06/05 12:36
臨時通報!!速度取締りに都内版新パターンか!!



都内で土曜日の晴天の早朝4時半か、5時くらいから一般道路で、ネズミ捕り情報が頻発している。また以前の「速度取締りに勝つ!」篇で述べたように、休日の晴天の午前中を中心にした都内ネズミ捕りも相変わらず、頻繁に行われている。明け方のヤツは昭和通りの北行きの新橋トンネルだの、同じ中央区の久松警察署手前で、両国橋方向だ。いずれも、平日だったら早朝のトラックで一杯だから金曜の夜遊び帰りや、土曜のドライブ出発組を狙ってのセコイやり方だ。光電管だからレーダー警報機は鳴らないぞ。
 あと、休日の海岸通の天王洲アイル前の川崎方向や、蔵前橋下りは、午後の時もあるから、休日の晴天の都内は朝から夕方まで、要注意だ。
とにかく、この日時に、無線などで流されている、ネズミ捕りの情報は、書いてもキリが無いくらい多いし、大切なのは、このように、大まかなトレンドをつかむことがヤラれない秘訣だと思う。


 



1999 06/08 16:43
武器や赤外線盗撮に関する怪しい話

車の赤外線ナンバー撮影や犯罪者との戦闘に役立つ店をリンクしましたので、本日、新設したメニューの「おすすめ情報」をクリックしてね・・・・やっと、リンクのやり方をマスターした。

 




1999 06/11 21:52
タクシー客は初老のインテリ紳士とアジア系セクシー美人


手を上げたのは大学教授風の60近い男性とナイスバディの東南アジア女性だった。時刻は夜の11時チョットまえ。近県で空車になったので都心の盛り場へ向かって高速を走っていたが、首都高に接続する前に、事故渋滞の電光表示があったので、都県境のインターで降りた直後のことだった。
 すぐ近くにある有名なラブホテルを彼が丁寧な言葉使いで指定した。根気よく口説いた成果というカンジだが、料金は千円も行かない。まあ、降ろしたら、どのルートで都心へ向かうのが一番、途中乗客ゲットの確率が高いか、真剣に思案をめぐらせている間にも、背後から、エッチな湿った物音が聞えてくる。オヤジ頑張れよ、という気持ちで、あえてルームミラーは客席が見えないように動かしてやった。勿論、二人ともシートに深く沈みこんではいるが。
 ラブホテルに到着した時、この初老の紳士の判断ミスが露呈した。この、アジア系セクシーの方を先に乗車させて奥に座らせていたのだが、私にチップを上乗せした料金を払って降りたのに肝心の相手が「ワタシ、今日は帰る。」等といってなかなか降りようとしない。オヤジの方も小さな、猫撫で声で「ほら行こうよォ」
 オイオイ、そーゆー時は女を後から乗車させろよ、この紳士は女遊びをしない真面目な半生を歩んできたようだ。チップも貰った手前もあるし、かわいそうなオヤジに同情したので、ミス・ナイスバディに「とりあえず、おりてあげたら・・・」と控えめに加勢してやるのだが、彼女はどうしても降りようとしない。
「ウーン、ヤッパリ帰る・・・・・」
 とうとうこのインテリ紳士も諦めて、再び乗りこんできて、
「じゃあ、****へ行ってください。」
と、何事も無かったかのように上品な口調で指示した。****といえばココからは都心の向こう側だ、しかも空車になったら、盛り場まで15分ぐらいだから、5、6千円の売上のあとスグ次のオイシイ仕事が狙える。ラッキイ!
 ルームミラーの視界を外れた背後からは、このオヤジの、必死の巻き返しを図っての懸命のエッチ攻撃が静かに、しかし猛然と始まったようだ。信号が青になって交通量の少ない通りで速度を上げたら、外からの視線の心配が無くなったと見えて、客席のエッチも加速してきたようで、女性の口から漏れるすすり泣くような、声は、この真面目なオヤジの攻撃技術がドンドン戦果を上げていることを窺わせる。
 だけどオジサン、相手がイッちゃったら、また、元の木阿弥になるぞお、と、こちらも余計な心配をしてしまう。彼のこれまでの半生は仕事と家庭に真摯にこつこつと努力の積み重ねをしてきたのであろうか。そして、突然の左遷か、家庭トラブルか、未体験の快楽的誘惑で、初老の彼が突然走り出した・・・
 私は水商売時代や、セールスマン時代についた習慣で、人を観察しながらその人の性格や過去の軌跡をプロファイリングするクセがある。ただ、タクシー車内では、対面しない会話なのでちょっと物足りないが。
 客席での激しい肉弾戦の戦局はオヤジ側の優勢が決定的になってきたようだ。
 だけど大してアソビ慣れてもいなさそうな初老のオジサンはどんなテクを使ったのだろうか。ちょっと好奇心だ。
 目的地が近ずいて、メーター料金も、かなり上がったころ、ついにオヤジがゲームを挽回した。
 「運転手さん、すみませんが、近くにホテルがあったらお願いします。」
 「ハイ、かしこまりました。それでは、++++の盛り場のホテル街なら10分以内に到達できますので、ただちに。」
 よっしゃあ、これで次の客ゲットはそこの盛り場だあ。
 ホテル街の中心部に着いてドアをあけたら今度はミス・ナイスバディも、すんなり降り立った。そして今回の努力賞オヤジと顔を見合わせてニッコリと微笑んでいた。

 




1999 06/13 17:57
JR総武線の両国駅の高架下に感心なカレー店を発見!


「元祖カレーの両国の松屋」とかいう、牛丼チェーンの松屋とは別の独立系のお店のようだ。 券売機の「カツカレー800円」と「ライス大盛り100円」と「ルー大盛り100円」の合計1000円なりを払ってついたテーブルに説明書きがあった。 
 ライス大盛りは、標準の250グラムに追加するライス量が50グラムステップで最大250グラムの倍量までが、同じ100円で注文できる。
 ルー大盛りはそれに見合った量とのコトだが、ナント足りなくなったら食事中でも追加して、かけてくれるのである。
 ルーの味は吉野家系の「ポット&ポット」あたりのレベル、カツも同じ位、そこそこの大きさで、揚げたて、サクサクだ。
 とにかく税込み1000円でライス500グラム、ルーたっぷりのカツカレーが食えたので、ほのぼの、とした気分で目の前に路駐したタクシーの運転席に戻ることができた。


 




1999 06/11 21:52
タクシー車内で自治会役員の裏工作の会議始まる!

雨の夜、下町で手をあげた乗客は三十代後半の男だった。数キロ離れた都内有数の団地へもうひとりを迎えに行ってからもとの場所に戻る、という指示だ。 
 あまり売上の期待できない土曜日の夜10時あたりに、ものの20分ぐらいで3000円近い料金が貰えて、もとの繁華街で空車になるのだからコイツぁ、ラッキィってなもんだ。 
 すぐに彼は携帯電話で会話をはじめた。相手は家にいる彼の奥さんのようだ。
「結局さあ、今日集まって飲んでる俺らの考えだとさあ、明日の団地の総会でぇ、**会長を、降ろさねえとさあ、今日なんかも怪文書が回ッちゃててェ、+++さんもスゲエ怒ってて、今晩来てくれるっていうから、団地に戻って迎えに行くんだケドぉ、ま、そんなワケだからぁ、ちょっと、お小使いの補充の分もってさ、かあちゃんも一回、下に降りてきてよ。」
 どうやら大型団地の自治会組織内部で紛争が勃発したようだ。 
 この団地は、できあがって、概ね12、3年というところか。
 私も千葉県の沼南町のこの団地が21年前に完成して以来の入居者だが、そう言えば、ウチの管理組合でも、あった、アッタ・・・・
 役員を批判する内容の「ミニ新聞」がポストに配られたり、きわめつけは、管理組合の会長を裁判で訴える一幕だったか・・・・・  
 当時、仕事の都合で、この団地に母を残して、多摩や松戸に妻と二人で別のアパートを借りたりしていたので、私のトラブル好きの好奇心旺盛な性格とは裏腹にリアルタイムの情報に触れるコトができないことが思えば残念であった。同じく我が団地のスッタモンダも完成入居から10年チョットの時期だったところを見ると、いまタクシーのリヤシートの小宇宙の出来事も新しい団地の組織が、成長過程で避けて通れぬ「はしか」のようなもんかなあ。と、私は無責任ながらも、ミョーに納得した気分になった。そして、こちらの「興味本位」を悟られぬよう慎重に言葉をえらんで会話を切り出した。 「せっかくの土曜日のお酒の席が、ホントに団地の役員さんは大変ですねえ。」
 
 「そうなんスよお、もう会長一派がイロイロやってましてね、こっちは、こっちで、コレから、まあ、実力者みたいな人を、こうやって迎えに行ってね、居酒屋でノミニケーションやりながら、明日に備えて手を打っていこうってワケですよお。」

 「私の住んでる千葉の団地は、今年で21年目ですけどね、やっぱ10年くらい前に裁判ザタまでイっちゃったみたいですけどね、そうゆう時期を過ぎると組織も落ち着いて波風立たなくなるみたいですねえ。」

 「あー、運転手さんの、ゆう通りかもなあ、今日なんかもさあ、役員やってるオレを名指しした怪文書ってなもんだよ。」

会話の盛り上がったところで団地の指定の建物の前に、彼の奥さんらしき女性が待っているのが見えてきた。 
 この、トラブル渦中の役員氏は彼女から、お小使いの補給を受けてから、いったん建物内に消えた後、今度は60歳はゆうに越していそうな、ワイシャツ、ノーネクタイの公務員OB風というか、世話好きのご隠居風の男性をエスコートして、二人して乗りこんできた。 
 走行中の車内で、この実力者への支援要請がさっそく始まったようだ、役員氏が、例の怪文書をガサゴソ取り出す音に、私は、すかさず、ルームランプを点けてやる。
 大体、こちらで予想した通りの内容の、やりとりをオモシロ半分に聞きながら二人を、今夜の作戦本部である居酒屋に無事、送り届けた。
 空車になってから、「これで、私もxx団地自治会1999年紛争の歴史的証人だな。」
 と、ひとりで、クスっと笑ったあと、我が団地の紛争当時、かかわらなかったのを本当にラッキーだったと安堵のため息も、ついた。

 



1999 06/21 22:48
乗用車に20ワットの144/430無線機をつけて、申請書類を書いて・・


昼に、アイコムのIC207という144/430メガの20ワット機を税込3万ちょっと、あと、ケーブルとトランクリッド用基台も新しく引きなおすことにしたので全部で3万七千円ぐらいを、近所の無線ショップに払った。
 本体と表示部が分離できるタイプなので最適な場所を探して、表示コントロール部をダッシュボード上部に両面テープ、本体をコンソール奥の足元にビス止めした。 
 ハンディ機用に引いていたアンテナケーブルは一旦はずして、いつの日か再登場に備えて物置にてご休息いただく。
 アンテナは従来どおり兼用型ホイップの144メガで約3デジベル、430メガで約5デジベルの利得性能だ。
 こんどは5メートルケーブルなのでリヤシートやコンソールの下をキレイに収納させることができた。
 本体の位置では内蔵スピーカーの音がよくないので物置から外部スピーカーを再登場させて裏面にマジックテープのトゲ側を貼り、布張り天井に貼りつかせて頭上から聞えるようにしてフロントピラー内側などを利用して配線を収納する。電源やマイクの配線などの残りをやっつけて午後3時頃完成、こんどは妻の買い物の運転手のかたわら、スーパーの駐車場などで、取扱書を見ながら、仲間と交信するためのいくつもの周波数やトーンスケルチモードの打ちこみ、メモリー設定だ。
 買い物が終わった夕方6時を過ぎても団地の駐車場で作業は7時過ぎまでかかった。まあ、その間いろんな交信をスキャン傍受したりするから時間もかかるものだが。
 警察無線の受信機や違法CB無線機など、こんな作業は20年以上慣れ親しんだホビーだが、今回は4級アマ無線の免許がこないだ来たばかりで、今度は、この無線機の仕様や規格認定ナンバーをもとに、さきの無線ショップで840円也で買い求めた合計4枚の開局申請書類を書かねばならない。 
 説明書と首っ引きでコマゴマ書いて捺印して完成したのが、もう夜9時すぎだあ!
 明日は乗務日だから朝5時半には起きねばにゃらにゃい。
 この日記を打ってるイマは10時半!コレからフロ入って、寝酒のんだら・・・・・
 18日の金曜日の夜から私宛ての投稿してくださった皆様!
 ご返事は勤務明けの23日水曜日の午前中に必ずイタします。とりあえず明日の仕事中に開局書類を提出すれば、後日、やっとこさ、晴れて、合法的無線局のコールサインを皆様にお披露目できますので、ね。

 



1999 06/28 19:13
日曜日の売上は、恵みの雨で助かった


先々週の土曜日も一日中雨だったので墨田、江東、江戸川など、空車が少なくてバンバン乗客に恵まれたが、日曜日の今日の天気予報では、夕方には、この断続的な雨も上がるらしい。
 朝8時過ぎに出庫して、江東、江戸川で結構、流して客に当たる。6千円ぐらいやったところで午前10時近くになったが、いつもの江東区内のファミレスでの仲間との会食に向かう途中に乗せた客は東銀座行き・・どーしよっかな。
 一日中雨なら、このまま東京の東側でもイケルから、銀座で空車になってから会食しにもどるテもあるが予報どおり夕方雨が上がれば、このエリアじゃ空車がドっと増えて売上も干上がって、また大田区あたりって展開だから・・・
 ヤッパこのまま大田区だあ、っと、10時半に新橋の第一京浜の路肩の広くなったところのローソン前で、客席に座って、ミックスグリル幕の内と焼鳥弁当をポッカの無糖ブラック一本と、リポビタン二本で流し込んで第一京浜で品川の青物横丁を皮きりに大井町あたりで3、4回営業して正午過ぎに1万円になったのは好ペースだったが、突然、スゲエ睡魔が・・
 何でだろう、だって昨日は6時間ねてるし、さっきはポッカのブラックに、カフェイン50ミリ入りのリポビタン2本だぜえ、雨降りで周囲のタクシーは殆ど実車で稼ぎ時だが、まあ、こんなときのヤセ我慢はロクなことにならぬので、コンソールボックスからデジタル目覚ましを40分後にセットしたら、もう爆睡、爆イビキ。
 目覚めた後は太田区内はラッキイの連続、とにかく流せば拾える、ありがとう、ザアザア降りってなカンジ。いつもは数百メートルも空車が並んでいる蒲田駅の東口も、時には、乗客が待っているぐらいのイレグイだったのでバンバンつけたら一時間に7回も営業できた。
 夕方六時半で二万三千円くらいできたので、食事を蒲田西口の「さんきち」の小さい方の支店で。
 ここは全席カウンターでライスお代わり自由で揚げ物、炒め物の肉料理の定食が900円弱でたべられて、味もボリュームも最高だ。
 きょうは豚肉スタミナ焼きを注文、豚肉をオニオンとにんにくで炒めた上に生卵が乗っている。これらグリル系はフライ系よりもできあがりが早くて、後から来た客が炒め物を注文したら先に、ありつけるのがオモシロイ。
 食後は薬局で売ってる消臭カプセルの「ブレスケア」五粒をコーヒー流し込めば、10分ぐらいでニオイもきえる。
 食後にやはり、雨で空車の少ない西口で渋谷行きの8千円ちょっとの当たりに恵まれた。
 降ろしてら、道玄坂で三軒茶屋行きに当たったので、目黒通り付近や武蔵小山の26号線付近で2、3回営業しながら大井町に夜8時半頃戻ったらもう、4万3千円だあ。グフフ。
 その後、天気は小康状態と、タクシーが干上がるところだが、ウマイ具合に乗り場も流しも順調で10時には蒲田から東武練馬の約一万円、
いわゆるマンシューだ。
 空車になって川越街道をブクロに向かっていたら板橋の大山で早稲田行きをゲット。
 ようし今11時半だから大田区に戻るのが堅実策だが、こいだけ人がいるなら都心の盛り場も・・・とスケベ心で、ブクロ、歌舞伎町、青山、六本木へ行ったらヤッパ、ろくなもんじゃない。
 売上も税込みで6万イッタので、いつもより2時間はやい、午前3時頃に営業所に戻ったので、「珍しいじゃん」と仲間にさんざんからかわれた。
 そして、久しぶりに乗用車を連ねてアマ無線で喋りながらの帰宅となった。
 

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