第一回 |
私、青葉。この春休みが終われば、6年生。新幹線が開通した年に生まれたから、青葉っていうの。男だったら、山彦だったかもね。 春休みって、大好き。宿題がないし、今年はクラス替えがないし。新学期が楽しみだなぁ。でも、今日は、ちょっといつもと違うの。大事な仕事があるんだもんね。 実は、うちの猫は、エイリアンなの。と言っても、あの映画みたいな気味悪いんじゃなくて、他の星からやってきた、って意味。理由はよくわかんないんだけど、地球に不時着して、シロちゃんだけ助かったんだって。あ、シロちゃんていうのは、猫の名前だからね。シロは、宇宙船の中で飼われていた実験動物だったみたい。で、どうしていいかわかんなくてうろうろしているところで、学校帰りの私と藍ちゃんに出会ったの。 白いはずの毛は、うすねずみ色になってぼさぼさだし、妙に人なつっこそうで、なんだか可哀相に思った。そしたら、突然人間の言葉で話し始めたときは、驚いたなんてもんじゃなかったな。 でもね、全然怖くなかったの。見た目はほんとにただの猫だし、声も情けなさそうで、迫力ないんだもん。 もう、自分の星には帰れそうにないから、ボクはここで暮らしていきたい、でも、野良猫の暮らしはどうしてもなじめそうにない、助けてはくれないだろうか。と、言うんで、私の家に連れてきたんだ。藍ちゃんはマンションだからだめなんだもん。 それにしても、うちは猫好きだからよかったけど、でなきゃ、子猫でもないし、そう可愛いわけでもない猫なんて、飼おうと思わないよねぇ。 とりあえず、シロは、我が家の一員になった。そしたら、人の言葉を話さなくなった。まるで、普通の猫になっちゃった、一つのことを除いては。 そうなんだ、シロちゃんは、菜食主義なんだ。肉も魚も食べない。牛乳は飲むけど、あとは、野菜やご飯、パンを食べる。ご飯にかつおぶしをかけても、むっとした顔をして残してしまうんだ。最初は不思議だったけど、ママは、高いキャットフードしか食べないのよりは、経済的でいいわ、と言って、喜んでいるからいいことなんだろうな。 そうして、シロがうちに来てから、数か月が過ぎた。 ある日、って言っても、夕べのことだけど、部屋で本を読んでたら、シロがやってきて、こう言った。 「あのぉ、お願いがあるんですけどぉ・・・。」 「あっれぇ、シロちゃん、しゃべれなくなったんじゃなかったの?」 「緊急事態なんですぅ。でなきゃ話しません。」 「なにそれ?なにがあったのよ。」 「ちょっとぉ、困ったことになってしまってぇ・・・。」 「だ・か・らぁ、なんなのよ。早く言いなさいよ。」 シロは、すっ、と、目の前に緑色のものを出した。干からびた葉っぱだった。 「なんなの、これ。ゴミなら、くずかごよ。」 「違いますってばぁ、よく見てくださいよぉ。」 あれ、そういわれてみると、変な葉っぱだ。長さ8センチ、幅4センチくらいの楕円型なんだけど、先の方が3つに分かれている。これはまるで・・・・。 「でしょう、なんだか、魚みたいな形をしてるでしょぉ。」 「うん、本当。尾びれが付いた魚だ。初めてこんな変なの見た。珍しいから、私にくれるっていうの?」 「じゃなくってぇ、これ、ボクの大事な食料なんですぅ。でも、あと2枚だけになっちゃってぇ、困ってるんだぁ。」 「え、シロ、こんなの隠れて食べてたの?だったら普通の魚でも食べたらいいじゃない。」 「でも、ボク、見た目は同じでもぉ、ここの猫とは、体のしくみが違うから、魚や肉は摂取できないんだものぉ。宇宙船から逃げ出したときにぃ、あんまり持ってこれなかったんだぁ。この葉を食べないでいるとぉ、猫の体でいられなくなっちゃう。でも、2枚だけじゃぁ、1週間くらいしか、もたないはずなんだぁ。」 「なに、猫の次は犬にでもなるの?それはそれでも、いいじゃん。」 「ん〜、犬ならいいけどぉ、地球上では、ゴルゴンって呼んでるのと同じ姿になるはずだからぁ、それでもいいのかなぁ。」 え、ゴルゴン?あの、髪の毛が蛇で、目を見るとその魔力で石に変えられてしまうという、ゴルゴンのこと?そりゃあ大変だ!なんとかしなくちゃ。 |
第二回 |
今日は、朝からいい天気。魚の形をした葉っぱを捜すために、さっそく私は出発した。リュックの中には、ママに作ってもらったお弁当。今から、藍ちゃんの家に寄って、一緒に出掛けるんだ。だって、シロが、エイリアンだって知ってるのって、初めてシロに出会ったときに一緒にいた藍ちゃんだけなんだもん。 あ、そうそう、シロも連れて行くよ。いろいろ話を聞かなきゃなんないし。でも、地下鉄に乗るから、リュックに入ってもらった。 藍ちゃん家に行ったら、玄関で、待っていてくれた。 「あ、おはよう。シロちゃんも来たの?ねえ、昨日、電話じゃよくわかんなかったけど、シロちゃんのために、捜し物があるんだって?私、お母さんには、青葉と一緒に遊びに行くってしか、言ってないんだ。」 「私も、そうだよ。ほんとのこと言うと、面倒じゃん。さ、行こうか。」 「おはようございます。藍ちゃんにまで、ご心配かけて申し訳ないですぅ。」 「わ、本当に、また話すようになったんだ。」 私は、藍ちゃんと駅まで歩きながら、昨日、シロちゃんから聞いた話を教えた。 「ふ〜ん、そうなの。でも、どうしてもっと早く話してくれなかったのかしら。」 「あのぉ、困ったことがおきるとぉ、脳細胞が活性化して、人間の言葉を話すことができるようになるんですぅ。」 「ふ〜ん、シロちゃんてすごいのねえ。そんな猫がいるなんて、青葉がうらやましいな。」 「すごくたってなんだって、ゴルゴンになるんじゃどうしようもないわよ。猫のままでいられるようにするには、この葉っぱをときどき食べないとだめなんだって。でも、これって、シロの星にしかないんじゃあないのかなあ。」 「ん〜、たぶん、この星にもあるはずですぅ。地球はボクの星と植生がほぼ同じだしぃ、船が消滅する直前、狭域レーダーに反応があったんだものぉ。」 「ね、それで、どこに行くの?」 「とりあえず、科学館ね。近いし。」 科学館は、地下鉄で行くと、すぐだ。この前、理科の特別授業で行ったことがあるから、簡単。さっそく、4階のパソコンのところに行った。 「あ、そうか、これ使うのね。前に先生に使い方教えてもらったものね。」 「そ。夕べから考えていたんだ。捜して歩くより楽じゃん。」 このパソコンは、CD−ROMで、魚、蝶、花などの検索ができるようになっているんだ。マウスの使い方だって覚えたし、ダブルクリックもできるもん。 「んじゃ、まず、植物の検索は、これね。え〜と、何で調べるかというと、葉の形でしょ。でも、魚の形ってのはないな。ねえ、シロ、花はどんな色?」 「赤です。」 「うわ、こんなに種類がある。じゃ、どんなところに生えていた?」 「いろんなところ。」 「そんじゃわかんないって。葉はどんな付き方してた?」 「ん〜〜、互い違いだったとは思うんだけどもぉ・・・・。」 「あんたねえ、自分のことなんだから、も少しちゃんと答えなさい!」 「青葉、シロちゃんにそんな無理言っちゃだめよ。普段はただの猫なんだから、植物の種類なんて考えたことないんだと思うわ。ね、シロちゃん、この葉っぱは、秋に枯れるの?」 「いいえ、いつも緑色ですぅ。藍ちゃんや青葉ちゃんの背丈の何倍も大きい木もあるんですがぁ。」 「常緑樹ね。ほら、青葉、少し範囲が狭くなったわよ。」 「にしたって、候補がこんなに。順番に調べるか・・・・・。」 でも、いくら調べても、わからない。これに登録されていない種類なのかなぁ。 二人と一匹で騒ぎながらマウスを使っていたら、科学館のバッジをつけたおじさんが近づいてきたので、急いでシロちゃんをリュックに隠した。 「何を調べてるの?これは、有名な植物しか入っていないから、わからないものも多いんだ。」 「あの、こんな葉っぱの木を捜しているんです。」 「おや、自分で切り込みを入れて作ったの?」 「違います。始めからこんな形なんです。どこに生えているか知りませんか?」 「いやあ、初めて見たなあ。椿の葉に似てはいるけど・・・。わからないね。じゃ、機械を壊さないようにして使ってね。」 おじさんは行ってしまった。それじゃあ、どこで捜せばいいのだろうか・・・。 * * * * * * * * * *
「仙台市科学館」 所在地:仙台市青葉区台原森林公園4番1号 休館日:毎週月曜日、祝・休日の翌日、年末年始(12月28日〜1月4日) 交通機関:仙台市営地下鉄「旭ヶ丘駅」下車徒歩5分 館内の展示は、生活系、自然系、理工系に分かれている。小学生にも科学が楽しく理解できるように、という展示になっているが、大人でも、充分楽しめる。 友人は「平日の夜に、大人だけ入場できる日があれば、もっとゆっくり楽しめるのに」と、言っていた。 館内のどこかに「面白い時計」があると聞いたが、未だに見つけていない。 |
第三回 |
「ね、青葉、これからどうする?」 「う〜ん、ここでわかんないんじゃあ仕方ないよね。」 「どうもすみませんですぅ。だめなら、ボク、変身しちゃう前に、出て行きますからぁ。」 「何言ってるの、あんたがゴルゴンになっちゃうには、まだ間があるんだから、捜そうよ。」 「そうよ、シロちゃん、あきらめないで。青葉の家が嫌いなわけじゃないんでしょ。」 「えぇ、皆さん、よくしてくれてますぅ。だから、今まで普通の猫でいられたんだものぉ。」 「よし、わかった、松島だ!」 「え、なんで?」 「とにかく行こう!!」 仙台駅まで地下鉄で行き、列車に乗り換えて、松島海岸駅に着いた。うわぁ、海なんてひさしぶり!天気がいいから、海も青くて気持ちいい。そよ風も吹いて、最高! 「ね、なんで松島なのよ。」 「やだな、藍ちゃん、珍しい魚を捜しているのよ。だったら、水族館に決まってるじゃん。」 「・・・そう?」 「あ、あのぉ、さしでがましいようですがぁ、捜しているのは、魚ではなくて、魚の形をした葉っぱなんですがぁ。」 「いいじゃん、ひょっしたらあるかもしれないでしょうが。魚の近くなら、葉っぱも魚形になりやすいと思わない?」 「・・・・わかりましたぁ。連れてって下さい。」 「あ、それに、たくさん魚をみたら、シロちゃんも魚が食べたくなって、葉っぱが必要なくなるかもしれないわね。」 もともと、体のしくみで、魚は食べられないと言ってるのに、とかなんとかぶつぶつ言ってるシロちゃんを、リュックに押し込めて、藍ちゃんと水族館に入った。 わ〜い、たっくさん魚がいる!私より大きいのがあんなに!え、ワニだ、動かないから、作り物かと思ったけど、喉のところがひくひくしてる。きゃ〜、ラッコの赤ちゃん、かわいい!!ぬいぐるみみたい!あ、サメだ、もっとこっちまで来ないかなあ、エイの顔ってどうしてあんなに変なんだろう・・・・。 「ちょっと、青葉、ちっとも捜していないじゃないの、何しに来たのよ。」 「え、あちこち行って捜してるじゃん。ほら、あそこにペンギンがいる。飼育係の人が餌をやってる。見に行こう!」 「違うでしょ!青葉の背中で息をひそめているシロちゃんがかわいそうじゃないの!本当は自分が来たかっただけじゃないの?」 「そ、そんな、ちが、違うってば。だって、どこにもそれらしきものないじゃん。ね、シロちゃん、本物の魚、食べたくならない?」 「・・・・・すみません、ボクが普通の猫じゃないばっかりに・・・。」 「ほら、シロちゃん悪くないのに、こんなにあやまってる。青葉も真面目にやんなさいよ。」 「わかったって。ま、お腹空いたから、とりあえずお昼にしよ。」 外のベンチでお弁当を食べた。シロは、私と藍ちゃんから、少しずつもらって食べ、葉っぱを一枚、大事そうに、ため息をつきながら食べていた。あと一枚しか残っていない。見つけてあげなきゃな。 シロは、飼い猫としては、優等生なんだ。決められたところでしか爪はとがないし、トイレも守る。よその庭でそそうもしないし、かっぱらいもしない。パパもママもシロが好きなんだ。もちろん私だって。ずっとうちにいて欲しい。 いつのまにか、曇り空になり、風が冷たくなってきた。雨がふらなきゃいいけどな。 さあて、次はどこに行ったらいいんだろう・・・・・。 * * * * * * * * * *
「松島水族館」 所在地:宮城県松島町松島海岸駅前 交通機関:JR仙石線松島海岸駅下車徒歩5分 日本三景の一つ、松島にある水族館。それにしても、入館料、高くなった。 ま、一日楽しめるから、考えようによっては、安上がりなのかもしれないが。 ついでに、「みちのく伊達政宗歴史館」「瑞巌寺」「五大堂」「オルゴール博物館」などにも行こうとせずに、ゆっくりと魚を眺めるのが楽しいと思う。 え、そこまで指図される覚えはない?そりゃそうだ。 ペンギン、ラッコ、ソメワケイルカ(パンダイルカ)、スナメリ(クジラの仲間)、アザラシなど、見ていて飽きない。おや、みんな魚以外だ。 いつのまにかトドがいなくなったのは、残念である。 |
最終回 |
お昼を食べ終わって、おとなしくリュックに戻ったシロちゃんの頭をなでながら、藍ちゃんが駅でもらってきた観光地図を見ていた。 「ねえ、藍ちゃん、ここからどこに行ったらいいと思う?」 「あのさ、科学館で、係のおじさんが言ってたよね。この葉っぱは椿に似ているって。」 「そうだったなぁ。でも、あそこのCD−ROMだと、椿の仲間は、ヤブツバキとユキツバキしかなかったじゃん。」 「でも、ほら、これ見て。ここの庭にずいぶん椿があるみたいよ。もしかしたらあるかもしれない。試しに行って捜してみようよ。」 「え、なになに、円通院?あ、ほんとだ。ここから近い。そうだなぁ、行ってみますか。」 「そうよ。できるだけのことはしなくちゃ。レーダーでは、どこかこのあたりにあるっていうんだもの。」 「近くったって、東北のどこか、なんてことだったら、捜せないじゃんか。」 「とにかく、円通院に行きましょ。」 ということで、来てみたけど、あら、ほんとに椿が多いな。こんなに大きくなるもんなんだ。花が咲いたらきれいだろうなぁ。 急に、背中でシロちゃんが騒ぎ始めた。 「あの、あの、すみませんですぅ。この近くにあるようです。匂いがしますぅ。お願いです。出して下さい!!」 「え?ん〜、あたりに人はいないみたいだから、ま、いいか。でも、つかまらないようにね。」 リュックの口をあけると、シロは今まで見せたことがないようなすばやさで、走り出した。藍ちゃんも後を追いかけて走り出した。私は、走るのが遅いけど、できるだけ早く走った。 シロは、一本の木の根元で、ぐるぐる走り回っている。 「青葉、早く早く!この木よ。見てよこの葉っぱ。シロちゃんが持ってたのと同じ。魚の形よ!!」 「ふう、ああ、しんどかった。どれどれ。おお〜っ、ほんとだ!ね、シロちゃん、これでいいの?」 「はい、はい、そうですぅ!これでいいんです!ああよかった。ボク猫のままでいられるんだぁ。」 「やったじゃん!ほら、すぐ食べなよ。」 「はい、あ・ありがとうございますぅ。」 シロちゃんは、喉をごろごろいわせながら葉っぱを食べた。う〜ん、これで、日本にゴルゴンがあらわれることはなくなった。シロもうちの猫でいてくれる。めでたしめでたし。 「よかったねぇ、シロちゃん、青葉。」 「ぐるぐる、うにゃ〜ん。」 「あれ、また、ただの猫に戻っちゃった。心配ごとがなくなったもんね。」 「ん〜、んなおぉ〜〜。」 「はいはい、ほら、人が来るからリュックに入りなさい。」 受付のおばさんに頼んで、葉っぱと枝をもらったんだ。学校の宿題で使いたい、といったら、すぐに切ってくれたの。春休みは宿題がないってこと、おばさん、知らなくてよかった。 家に帰って、さっそく椿の枝を庭の隅で挿し木にした。早く根がついて、大きくなってほしいなあ。でも、今回失敗しても、また、もらいに行けるから、安心なんだ。 こうして、シロちゃんは、ずっとうちの猫でいてくれることになった。困ったことが起きたら、また人間の言葉を話すかもしれないけど、そんなときがこない方がいいよね。 あ、それからね、今年の夏休みの自由研究は、藍ちゃんと共同で、「珍しい椿の研究」にするんだ。賞がとれるといいな。 (おわり)
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「錦魚葉椿(きんぎょばつばき)」 葉の先端部が、3〜5頭裂に分岐して錦魚の尾のようになった椿のことである。 江戸時代から、葉変わり品の最たるものとして珍重された。 本当にそういう椿が存在するのである。小学6年生のときに、担任の先生から「葉っぱが魚の形をした椿がある」と教えられた。が、誰に聞いても、「まさか、そんな変な木があるわけない」と言われ、もしかして、あれは夢だったのかもと思っていたときもあった。しかし、本当にあるのだ。信じなさい。 参考文献:「現代椿銘鑑」 文化出版局 発行 「円通院」 所在地:宮城県松島町内67 交通機関:JR仙石線松島海岸駅下車徒歩10分 あまりにも有名な瑞巌寺のすぐ近く。伊達政宗の嫡孫、19才で亡くなった光宗君を祀るために建立された三慧殿(さんけいでん)がある。境内に薔薇園があるのは、面白いと思う。椿の木も、いたるところに植えてあるが、石庭の角の藤棚の脇の椿は、「錦魚葉椿」だ。本当である。信じない人は、円通院に行きなさい。 |