日本酒


 1994年11月19日・20日、秋田県仙北郡神岡町にある「福乃友酒造店」見学に行って来た。ツアーには、50人近い酒飲みが集まった。バス1台を貸し切っての旅だ。私の隣の席は、(「篠ひろ子」+「杉本彩」)÷2の顔と「杉本彩」似の声を持つの美女であった。初対面なのに、酒以外の話もはずんで、おかげで私はバスに酔うことなく、楽しい旅になった。
 
 仙台駅前を午前10時に出発して、昼食は、バスの中で「特製弁当」を食べた。米と野菜は無・低農薬有機栽培。添加物、化学調味料を使わない弁当だ。鶏肉のからあげ(自然にのびのびと育った健康な地鶏)、シャケ、卵焼き、里芋の挽き肉あんかけ、菜花と小松菜のおひたし、大根の漬物、ごはん(コシヒカリとササシシキのブレンド)に梅干。あ〜、うまかった。
 
 私と福乃友の出会いは、平成4年の3月に飲んだ「純米吟醸酒 無調整 冬樹(ふゆき)」だった。全国的には淡麗辛口、スッキリ味が主流になっているのに、この酒は、個性的で、荒々しく野性味があり、衝撃的な味で、私には忘れられない酒になった。手造りで、他のタンクとはブレンドしない。酒造好適米(酒米)ではなく、あえて地米(一般米)「キヨニシキ」を使用した。これは、酒米「山田錦」に対する挑戦でもある。蔵元と杜氏の酒に対する情熱、こだわりが伝わってきて、涙がこぼれそうになった。感動のあまり、生きていて良かったと、つぶやいてしまったのだ。
 
 午後2時半、福乃友酒造店に到着。蔵を見学した。私の予想どおり、酒工場ではなく、酒「蔵」だった。「冬樹新聞」を手作りで発行している、一星(いちぼし)邦彦専務は、私達に「良いもの、美味しいものは、多くは造れない。だから、この蔵は、これからは、もっと小さくしたい」と、語ってくれた。「美味い酒だけを造っていきたい」、いや、「美味い酒しか造らない」という自信でもある。その気持に真剣に応えようとする杜氏と蔵人の姿があった。
 山内(さんない)杜氏・鶴田惣太郎さんは47歳と若い。会って話しをしてみて、彼の酒造りに賭けた思いの深さと誇りと人柄に触れ、この人だったら、これからも福乃友の酒は期待できると確信したのだ。

 品評会用の吟醸酒の他に、腕だめしのつもりでタンク1本仕込んでみよう。それが「冬樹」だった。もし、失敗したら(もちろん、鶴田杜氏なら失敗するわけがないのだが…)、福乃友後援会(ファンクラブ?)の人達で飲んでしまう予定だったらしい。しかし、「冬樹」は、仙台市内で美味い酒として話題になった。
 「冬樹」という名前は、一星専務が「モト冬樹」に似ているから…と、軽い気持で付けたそうだ。一星専務に会った瞬間、そうじゃないかな〜!? と思っていたら、やはり、そうだったか。後援会の副会長さんが、これまた「ウガンダ」に似ているし、ツアーを企画した1人である酒屋の店長は「グッチ裕三」に似ているし。不思議な巡り合わせであった。これが、赤い糸ってやつでしょうか!?

 福乃友酒造の酒粕で作った、伊藤製菓店の「酒まんじゅう」をごちそうになり、「純米吟醸酒 神宮寺(じんぐうじ)」を買って、午後4時半、今夜の宿泊地、強首(こわくび)温泉「樅峰苑(しょうほうえん)」に到着。 
「樅峰苑」は、豪農邸をそっくり利用した施設で、玄関口の縁側は、一枚通しの杉板(九間約16.3m )を使った廊下。3部屋通しのなげし。鹿鳴館を意識して造ったというしゃれた階段。うれしいことに、部屋には時計もテレビもカラオケない。敷地内には、土蔵造りの米蔵を利用した資料館。宿のまわりは、田んぼ。コンビニも信号もない。私好みの宿だ。そして、なんと言っても料理が美味かった!! 
 鯉の甘煮、鯉のあらい、鯉の頭のたたき(味噌味)、鯉の皮のからあげ、かにみそ、かにのつみれの吸物、沼えびの塩辛、タニシのからしあえ、シャケ、漬物、茶碗蒸し、ぶどう。それから、企業秘密だと言って作り方を教えてくれない料理2品。(たぶん、大根おろし生クリーム風味(チーズかもしれない)の酢の物。軽く寒干しした大根をスライスして片栗粉をつけて揚げたもの&エビ)

 女将が、私達ツアーのために、日本酒に合う料理を用意してくれたのだ。うれしいじゃないか。私は、刺身(それも冷凍魚)に、アルコール燃料を使う鍋、エビやカニのクリームグラタンは、うんざりだ。「田舎料理です」と、女将は言うが、地元の産物を素材に生かしたこの料理は、とても心がこもっていて、美味しかった!!
 私は、アルコールに弱い日本酒好き。白いごはんが大好きで、ごはんがないと料理が食べられない人間である。私が白いごはんどんぶり2膳食っていたら、なぜか、みんなもごはんを頼み始めた。このごはんが美味しい。みんな、「美味い美味い」と言って、白いごはんをつまみに酒を飲み始めたのだ。

 用意された福乃友の酒は飲み放題(もちろん冷や)。みんな手酌だ。なんて楽しい酒なんだろう。女子社員をホステスと勘違いして、酌をさせたりする大バカヤロウなカス上司もいない。強要も強制もない。私は会社の飲み会や宴会や旅行は大嫌いだ。美味くもない酒、レンジで暖めただけのような食べ物、やかましい店内、仕事の話、カラオケ…。あ〜やだやだ。仕事が終わったらプライベートな時間。会社の人間とは付き合いたくないね。
 同じ飲み会でも、楽しい宴会もある事を初めて知った。従業員のおばちゃん達が民謡を唄ってくれたり、踊ってくれたりした。こういう場面でも、私は、いつも冷めていた。どこが、おもしろいんだ?酔っぱらいめらが!だけど、今日は違う。楽しい。ただ単に、もう若くないって事かな〜!? 
 酒をひきたたせる料理、料理がひきたつ酒。互いに主張しながら相手の味を殺すことのない美味い酒と美味い料理。秋田のあったかいもてなしと自然。一星専務と鶴田杜氏を囲みながら、私は心から酔っていた。

 酒飲みの私達が、これで、すんなり寝るわけがない。大広間から食堂へ大移動。今度は、ビールとワインで盛り上がる。だって、宿は、私達ツアーの貸し切りだったからだ。つまみは、女将さんらがにぎってくれた「塩おむすび」。何時に寝たのか覚えていない。隣の部屋からの、いびきの大合唱&寝ぶう〜も楽しませていただいた。

 朝風呂の後、7時から朝食。「飲んだ次の日の朝は、食欲ないハズなんだけどな〜」と、首をかしげながら、ごはん3膳も食べたおじさん。全員、食べる食べる。だって、ごはんが美味しいんだもん。
 あけびの味噌焼き、シャケ、梅干し、とんぶりに塩漬けのしその実、生卵、白菜のおひたし、ごぼうとこんにゃくと筍の煮物、白菜の一夜漬け、天然しめじの味噌汁、ごはんは「あきたこまち」、そして、またまた作り方は企業秘密の料理1品(牛乳寒天豆腐もどき)。

 従業員のみなさんと別れを惜しみながら、9時、「樅峰苑」を出発。楢岡焼窯元見学をして、11時、昼食(おやつ?)の稲庭うどんに舌鼓をうつ。そして昼から「冬樹の古酒」と後援会副会長のウガンダさんが作った「梅酒」に、すっかり良い気分になる。
 土産物屋に寄り、稲庭うどん、いぶりがっこを買う。「どこから来たの?何人で来たの?今、りんごむいてあげるから。すぐだから。待っててね。5分でむくから。バスの中でみんなで食べて」と、店のおばあちゃんが、ビニール袋に、むいたりんごをたくさん持ってきてくれた。ちゃんと塩水につけたようだ。甘くて、美味しくて、とてもうれしかった。

 酒飲み達の食欲は、とどまる事を知らない。バスの中でも口を動かしている。トイレ休憩の度に買う食う買う食う。それなのに、午後4時前には、「ハラ減ったコール」だ。東北自動車道の鶴巣サービスエリアで、立ち食いそばを食べる。たぶん、きっと、夕飯もきっちり食べるんだよな〜。恐ろしき食欲。
 5時、無事に仙台駅前に到着。2次会へ流れる。あ、私は、まっすぐ帰宅。早く帰って「神宮寺」が利きたい。
 酒の一滴、血の一滴。利かせていただきましょう。
 このツアーの参加費は、1人2万円である。
(おしまい)