前編

 はじめに断っておきますが、「痛い話」と言っても、当人は、それほど痛い思いをしたわけではありません。ただ、話を聞く人が、ものすごく、痛そうな顔をした話です。

 5月某日、夜11時、私はタクシーに乗っていた。目的地は、N病院。髪はぼざぼざ、いいかげんな服装、素足にスニーカーをつかっかけ、メガネもかけていない。そして、右手には、タオルが巻かれていた。
 指を切ってしまったのだ。小指の付け根、それも、内側(薬指側)を、すぱっと切ったのである。
 普段から、コケたり、物にぶつかったり、すべって転んだり・・・・・・と、粗忽の限りを尽くしているので、青痣や切り傷が絶えたことがない。だから、ちょっとした怪我なら、平気なのだが、今回の傷は、
「あっちゃ〜!!やっべぇな、こりゃ!!」
 と思わず叫んでしまうものであった。
 どばーっと血が吹き出たわけでもなく、脳味噌掻き回されたような激痛が走ったわけでもない(そもそも、指にそんなに太い血管はないであろう)。しかし、場所が場所だけに、手や指をちょっと動かしたら、傷口がぱくぱく開いてしまいそうなのだ。そ〜〜〜っとV字の傷の中を覗いてみると、白い腱のような物が見える。
 このまま、自然治癒を待っていたら、ズレてくっついてしまいそうだし、治るまで右手を動かせない状態になりそうだ。それじゃ、仕事ができない。仕方がない、病院に行くか、と決心して、電話帳で、救急指定病院を捜した。
 電話で問い合わせたら、すぐに診てくれるというので、なんとか着がえをして(いくらなんでも、パジャマで出掛けるわけにはいかない)、タクシーを拾って、病院到着。
 結局、3針縫ってもらい、痛み止めをもらって、無事、終了。でも、医者が
「これは・・・ちょっと・・・」
 というような、縫いにくい場所だったので、時間はけっこうかかった。もうちょっと、深く切っていたら、神経や筋まで達して、動かなくなったり、感覚がなくなったりしたかもしれない、という脅しまでされたのである。
 私の知人で、仕事中にカッターで手を切った人から、麻酔の注射が一番痛い、と聞いていたので、覚悟はしていたのだが、想像していたほどは痛くはなかった。「焼け火箸を突っ込まれるような衝撃」を想像していたのが、間違いだったのかもしれない。
 ただし、医者が
「縫い終わったくらいの頃に、麻酔がちょうど効いてきたりして、ははは」
 というのは、冗談には聞こえなかった。
(おわり)
***以下、怪我の詳細については、後編に続く***



後編

 それでは、どのような状況で怪我をしたのか、である。
 その日は大至急の仕事を終えて、疲れ果てて帰宅し、夕飯支度をする気力がなかった。ミートソースの缶詰があったので、それを開け、茹でたスパゲッティにかけて夕飯おしまい。
 しばらく、ぼ〜〜〜っとテレビを見ていたが、そうだ、食器洗わなくちゃ、と、立ち上がり、流しに向かう。いつもなら、空き缶はささっと水洗いしておしまいなのだが、その日に限って、中まできれいに洗おうという気をおこしてしまった。
 ここで、愛用の缶切りの説明をしよう。普通の缶切りは、蓋をキコキコと切り、跡がギザギザになるが、私が使っているのは、蓋と側面の継ぎ目の下を、ぐるっとカットするタイプである。だから、切り口がすっきりしてきれいになるのだ。
 左手に缶を持ち、洗剤を含ませたスポンジを右手でつかみ、缶の中へ、右手を突っ込む。5本の指は入り切らないので、小指が外へ出る。缶の底まで、手をぐいっと入れながら、手首をねじる。その瞬間、缶の縁に触れていた小指の付け根がすぱっと切れてしまった、というわけである。
 ちょっと気を付ければ防げたことである。そのちょっとした事を、つい、うっかりやってしまう、というのが粗忽者の所以なのだ。医者に状況説明をするのも情けなく、哀しかった。
 夜中に救急病院に行くような事態は、初めてだが、もう少しで大惨事になったかもしれない、という経験は、よくあることだ。
 台所の流し台にまな板を置き、さあ、料理を始めようと、まな板に手をかけたら、バランスが崩れて、まな板が「垂直」に、足の甲を直撃。みごとな青痣ができたが、上に乗せていた包丁も、一緒に足に落ちていたら、どうなっていたことか。
 熱湯の入ったヤカンを持って、風呂場へ行こうとして、洗い場の床に一歩足を踏み入れた瞬間、足を滑らせて転んだ。無意識のうちに、ヤカンを死守していたので、熱湯をかぶることはなかったが、足の甲から太腿まで、数箇所の青痣ができた。数日前、ヤカンを持っていなかったが、同じような状況で、転んでできた痣が治る前のことである。
 猫をじゃらして遊んでいて、ふと考え事に気を取られ、ぼっとしていたら、猫が、私をめがけて飛びかかってきて、目の下、それも、まつ毛の生え際のあたりを爪でひっかかれてしまった。猫も本気じゃなかったし、そういうときは、とっさに目を閉じるから、目は無事だったが、0.1ミリ単位でヤバかったと、思う。
 他にも、いろいろあるのだが、それらの経験が、ちっとも生かされず、また、痛い思いを重ねているのである。そんな私の自慢は
「まだ、、捻挫も骨折もしたことがない」
 ということだ。だが、これも、そのうち経験するのでは、と、ちょっと、びくびくしている。
(おわり)
追記
 小指の怪我は、通院1週間で、無事、抜糸しました。傷が目立たなくなるのを待つばかりです。




しあわせ町大バザール