「ワープロ編」

「ねえ、パソコンとワープロはどう違うの?」
 突然、私は質問された。きいてきたのは、五十代半ばの女性(*当時の年令です。現在と違うと思います。たぶん増えていると思います。減ってはいないでしょう。きっと)。典型的なメカ音痴。本当に、パソコンとワープロについて知りたいわけではない。ただ、自分の目の前で、自分がよくわからない物の操作に熱中している人がいて、しかもそのために自分との会話がないがしろにされている、という状況がはなはだ面白くない、のである。
 第一、彼女は以前、
「パソコンて何?」
 と質問したこともある。説明を試みたが、言葉ではどうしてもわかってもらえなかったので、実際に、使ってみないか、と、誘った。しかし、本人にその気はまったくなかった。私だって、なにも、すっかりパソコンについて理解をして使用しているわけではない。「ま、やればいろいろできるはずなのよね。」の段階から、ほとんどランクアップしていない万年初心者なのである。
 そんな私が、パソコンがわからない人に、ワープロとの違いを説明する。最初から、無理があるが、わずかな可能性にかけて、とりあえず試みた。
「ワープロは、文章を書くだけのもの」
「ワープロにできることは、パソコンでもできるけど、その逆は成り立たない」
「プリンターが付いているのがワープロで、無いのがパソコン」
「ゲームができるのがパソコン」
 などと言ってみても、
「やっぱり、おんなじものなんだ」
 と、言われるだけであった。それも仕方がない。プリンター、ゲームなどというのは、彼女にとっては「?」の世界の言葉なのだ。
 それに、近年、ワープロとパソコンは違いがなくなってきている。表計算、住所録、お絵描きなど、ワープロでもできてしまう。パソコンだって、小型軽量化したものは、ちょっと目には、ワープロのようだし、プリンター付きの機種も存在する。
 そこで、断言した。
「どちらも、使いこなせれば便利だけど、使えなくても全然困らない、高価なおもちゃ。」

 彼女は納得した。単純に考えれば良かったのであった。
(おわり)



「通信編」

「ねえ、パソコン通信って何?」
 またもや、質問された。好奇心が強い女性である。彼女の夫も、パソコン通信をしているのである。そっちに聞けばいいのに、と思うが、彼女の夫は、説明するのが面倒だったので、「これは、仕事だ」とかなんとか言ってごまかしてしまったらしい。
 しかし、これは難しい。情報を電話線を通して、文字としてやりとりするということを、頭の中で想像するのは、たいへんである。とりあえす説明を始めた。
「んじゃね、通信の中でも、メール、というもののことだけど、いい?この箱が、メールボックスだとするね、そう、郵便受けのことね。で、私が、Aさんに手紙を書いたとする、それを、この箱に入れる。そして、私はそこから立ち去る。そう、立ち去るの。そのうち、Aさんが、自分に何かお手紙来てないかなあ、と思って、箱を覗いて見ると、私からの手紙が入っているのを、見つけるわけ。んで、それを読んで、返事を書きたかったら、書いてまたその箱に入れる。そこから立ち去る。
 いい?わかる?え、違う違う、ずっと電気いれっぱなしにしてなくていいし、手紙を読んだり、箱に入れたりするときだけ、電話につなぐの。そう、市内料金だから、大丈夫。
 でね、その手紙は、本当に紙に書いたものじゃなくて・・・・・。
 普通の電話は、声を送るけど、通信は、文字を、情報として送るわけなの。うーん、わかってもらえたかなあ。」

「30%わかった」と言った。30%なら、ま、成功かな、と思った。
 後日、再び質問してきた。
「通信しているとき、電話料金かかるの?」(あ・の・なぁ・・・)
「これ(ワープロ)を、そこ(モジュラーコンセント)に、これ(モジュラーコード)でつないでると、(それだけで)電話かかってこないんでしょ。」
(残念ですが、あなたの家には、電話機2つありますので、つないだだけでは、もう一つの電話がかかります)
「これ(私のワープロ)はパソコンなんだ。え、違うの?」
(「パソコン通信」というから、通信に使うのはパソコンだと思ったようだ)

人にものを教えるのは難しい。
(おわり)



「テレビ編」

「ねえ、ハイビジョンテレビって、何?」
 質問したのは、また同じ人。本格的なメカ音痴。彼女は、ラジオを操作することができない。もしも、災害にみまわれて、陸の孤島状態になったら、どうやって情報を得るのであろうか。だから、彼女がビデオの録画予約をできる、ということを、誰も信じなかった。彼女の娘は、ビデオを操作する母の姿を見たとき、
「お母さんが、録画予約できるなら、人間が宇宙で生活できるようになる日も近いかもしれない」
 と言ったということである。
 さて、肝心のハイビジョンテレビである。機能、性能、技術といったことは、まず、理解してもらえるわけがないと思ったほうがよい。いくら説明しても、徒労に終わることは、わかっている。第一、私だって、解らないことの方が多いのだ。「そうさせん」とかいうものが、今までのテレビよりも多いらしい、画面のサイズが違うらしい、といったことくらいしかわかっていない。私は、技術屋でもないし、電化製品に詳しい人物でもない。実物を見たことすらないのだ。
 だから、こう答えた。
「ものすご〜〜〜く画面がきれいで、ものすご〜〜〜〜く値段が高いテレビ」

 彼女は、すぐにわかってくれた。

 ああ、簡単にすんで良かった。
(おわり)



「番外編」

 またまた登場の、50代半ばの女性です。
 この女性(あ〜、面倒くさいから、はっきり、母と書きましょう)は、蛍光灯を取り替えるのに、まず、ブレーカーを手動でおろしてから電器屋に走るような、機械物に弱い人である。カセットテープと磁石を一緒にしまう、というようなことも、平気でやってのけちゃうのだ。
 この母が、大きな電卓を買ってきた。数字が大きくて見やすい、太陽電池の電卓である。便利だ、と愛用している。
 先日、母にその電卓の使い心地は、と聞いてみた。
「うん、いいわよ。今までの電卓と、使い分けているの」
「え、どうして?」
「ほら、太陽電池だから、夜は、電池式のを使うようにしてるの」
「・・・・・、あのね、太陽電池と言ってもね・・・・」
 そう、母は、太陽電池は昼間しか動かない、と信じきっていたのである。太陽電池という言葉も、誤解を招いた原因ではあるが、世の中に出回り始めた頃ならともかく、この平成7年に、そう思っていた人間がいたということが感動的でさえあった。
 また、電卓を使い終わると、母は、必ずひっくり返しておくのである。おそらく、どこを捜してもoffのボタンがないので画面の「0」が消えないが、早く消さないと、電卓(電池?)がもったいない、と考えたのであろう。そこで思いついたのが、電卓ひっくり返し技だ。そんな必要はない、と言っておいたのだが、いまだにひっくり返している。
 そして、最近質問されたのが、
「ビデオテープに重ねて録画したら、前の画像とダブってしまわないの?」
 ということである。ノートに鉛筆で書いた文字を消しゴムで消して、新しく書くようなものだ、と説明したが、テープの場合、いちいち消さなくてもいいので、納得させられなかった。誰か、あっと驚くくらい、簡単にできる説明を知らないだろうか。
 こうして、この世の中、理屈はわからなくても、便利に使えるものが多くなったんだな、と、しみじみ思わせられてしまうのである。
(おわり)




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