不在証明

 あ、どうも、ここに座ればいいんですか?あぁ、はい。これでいいんですね。あの、それで、今日は、私、どうしてここに呼ばれたんでしょうか。先ほどの方は、来ればわかるとおっしゃって、詳しいこと、教えてくださらなかったんですよ。
 はぁ、なるほど。つまりは、私に嫌疑がかかっているということなんですか。で、その日、どこにいたのか、皆さん、お知りになりたいと。わかりました。
 何日の行動がわかればいいんです?22日?・・・・ちょっと待って下さい。あの日は、確か・・・。思い出しました!そうですよ、22日は、私、ちょっと旅に出ていたんですよ。
 青春18きっぷってご存じですか?JR全線1日乗り放題のキップが5枚綴りになっているんです。それを使って、日帰りで出掛けてきたんです。ちょうどその日の日程表を持っていますので、ご覧下さい。

北仙台−(仙山線)−山形−(奥羽本線)−新庄−(陸羽西線)−酒田
06:22 −−−−−07:43 08:11 −−−−-09:15 −−−−−−--10:11
 
酒田−(羽越本線)−村上−(羽越本線)−坂町−(米坂線)−米沢
12:33 −−−−−14:59 15:02 −−-−15:13 16:05 −-−−-18:16

米沢−(奥羽本線)−福島−(東北本線)−仙台
18:19 −−−--19:04 19:34 −−−−−--20:53

 とまあ、こんな計画を立ててみたんです。ええ、もちろん、予定通りに、無事帰って来れました。ですから、この日、その時刻には仙台にはいなかったんです。わかってもらえましたか?
 え?誰かそれを証明する人がいるのか、ですって?まいったなぁ、一人で行って来たんです。こんな計画につき合ってくれる奴、いませんよ。途中で知り合いにも会わなかったし。お土産も買わないし、カメラも持って行かなかった。特に、印象に残るような事にも出会わなかったなぁ。でも、私、本当に行ってきましたよ。
 何をするために行ったのかって、そりゃあ、海を見て来たんですよ。きれいでしたよ。天気良かったから、青くて、水平線が、すっかり見えるんですもの。海を見るなら、太平洋の方がはるかに近いってこと、いくら私だって知ってますよ。でも、敢えて、遠出して日本海側に行くってのがいいんじゃないですか。
 キップはまだ持っているか、ですか?いやぁ、それがね、シャツのポケットに入れたまま洗濯しちゃって、ボロボロ。捨ててしまいましたよ。あ、そうか、それがあれば、駅員さんの指紋が取れたかもしれなかったんだ。あ〜、失敗したなぁ。お昼は・・・・スパイシー冷やし麺とミニ焼肉丼のセットを注文したら、ほんとに全部食べるのか、という顔をされたから、ひょっとして、あの店の人、私のこと、覚えていてくれたかも。確か****という名の店です。
 ですから、何度も言っているように、本当に、22日は、出掛けていたんです。どうぞ、出張でもなんでもして、調べてくださいよ。それがあなた方の仕事でしょ。この計画、もう一度見てくださいよ。これ以上はない、というくらい、完璧なものじゃないですか。例え、N村K太郎でもこのアリバイ、崩せませんよ。はっはっは・・・・・。
 いやだなぁ、皆さん、そんな顔しないでくださいよ。ほんとに、ただ単に、出掛けてみたかっただけで、それ以外の意味はないんですから。
 は?食事ですか?まだまだ帰していただけないんですね。それじゃぁ、やはり、こういう場では、カツ丼ですね。大盛りでお願いします。
(おわり)



ハードボイルド

 午前5時。目覚し時計の音が、俺を夢の世界から現実へと無理やり連れ戻した。うまい酒に豪勢な食事を、今まさに楽しもうとしていた俺は、6畳のアパートの部屋で薄い布団の上でタオルケットにくるまっている自分に腹を立てながら、叩き壊しそうな勢いで、時計のベルを止めた。
 俺は不機嫌なうめき声をあげ、起き上がり、熱いシャワーを浴びる。着替をして、準備を整えると、もう、5時半だ。出発しないと間に合わない。
 5時50分、北仙台から仙台へ列車で。6時07分、仙台駅から東北本線で郡山へと向かう。リュックからカロリーメイトを取り出し食べ始める。さっき買っておいた缶コーヒーを飲み、胃袋へと流し込む。これでようやく、俺の脳髄も活動を始めたようだ。
 俺の今日の仕事は、喜多方へ行くことだ。先日、峰氏からさんざん聞かされた、喜多方ラーメンのおいしさを、この目と舌で確かめなければならないのだ。行くべき店の名前と場所はすでに調査済だ。何も危険なことはないはずだが、この商売に命の保証はない。用心するのにこしたことはない。まわりを見回しても、不審な人物はいないようだ。俺の勘がそう言っているのだ。大丈夫だろう。
 郡山で列車を乗り換え、喜多方駅前へとたどり着いた。よし、時間通りだ。観光馬車の姿を横目で見ながら、さっそく目的地へと徒歩で行く。一度、道を間違いかけたが、坂内食堂に行き着くことができた。
 まだ10時半だというのに、店内には客が14〜5人いる。扇風機は回っているが、厨房からの熱気のためか、汗が引く気配は微塵も感じられない。
 俺は、メニューをちらと見て、こう告げた。
「肉そばひとつね」
 あまり待つこともなく、俺の目の前に、噂の、夢にまでみたチャーシューメンが置かれた。自家製の厚切チャーシューがたくさん並べられ、麺の姿を隠している。既に、エネルギー不足で足が萎えそうな気分だった俺は、チャーシューの枚数を数える余裕もなく、食らいついた。
 俺は、少なからず驚いた。これが本当の喜多方ラーメンの旨さだったのか。今まで、喜多方ラーメンといえば、麺と濃縮スープのセットを買って自分で作ったものしか食べたことがなかったが、そんなものでは、本当の喜多方ラーメンとは言えねぇんだ。
 さっさと食い終わり、満足して店を出た俺は、もう1軒、行ってみるつもりだったが、俺の鋼のような胃袋も、あのチャーシューのボリュウムには、負けちまった。冷たい喜多方ラーメンも食ってみたかったが、それは今度の機会にとっておくことにしようや。とにかく、目的は果たしたんだ。
 こうして、俺は、喜多方を後にした。仙台に戻ったら、俺は、身の危険も顧みず、こう、報告するつもりだ。
「喜多方ラーメンは、本場で食わなけりゃ、意味がねえ」
 そう、世の中いつでもハードボイルドさ、ただし、食うのは、半熟の方が、美味いけどな、へっへへ・・・・。
(おわり)




しあわせ町大バザール