上編 |
「おい、どうしたんだい?」 僕の肩をぽんと叩いて、鈴木君が声をかけた。 「さっきの算数の時間に、2回も先生に注意されたじゃないか。チュウイリョクサンマンだって言われただろ、どうかしたの。」 「そうなんだ。」 僕は、ため息をつきながら、言った。 「今度の日曜日に、一緒に映画を見に行くだろ、『脅威!恐竜帝国の反乱』をさ。」 「うん、あさってだよな。」 「その前売券を、なくしたみたいなんだ。」 「え?だって、昨日、学校に持って来てたじゃないか」 「そうだよ、みんなに見せたくてさ。でも、今朝見たらないんだ。」 僕は、昨日学校から帰るときには確かにジャンパーのポケットに入れたこと、そのポケットにはボタン付きのふたが付いていること、でも、今朝、捜したけど、どこにもないことを鈴木君に教えた。 「それは変だよ。」 「だろ、でも本当なんだ。」 「そっか・・・・・。お兄ちゃんも楽しみにしてるんだけどな。」 僕はまた、ため息をついた。映画館に小学生だけで行っちゃいけないんだけど、鈴木君のお兄さんは大学生なんだ。大学生なら父兄になるから、一緒に行ってくれることになっている。でも、券がみつからなかったら、僕は行けないかもしれない。 「そうだ、いいことがある!」 鈴木君は嬉しそうに大きな声で言った。 「帰りに僕の家に寄ってよ。こんな時に役に立つものがあるんだ。」 「え、なんだい?」 「来ればわかるよ。」 ということで、僕は放課後、鈴木君の家に行くことにした。 * * * * * * * * * *
「さてと、これがその装置さ。」 鈴木君は、自分の部屋に、へんてこな物を持って入ってきた。 「・・・・・で、それは、一体なんなの?」 「え?名前は『捜索マシーン』っていうんだ。すごいだろう、落とし物を捜すのにぴったりの機械さ。」 「こんなの初めて見たよ。・・・・・なんか・・・・・すごいなあ。」 「だろ、世界中でこんなのあるのは僕ん家くらいさ。」 鈴木君は、胸をはってそう答えた。でも、どうしてこんな物を持っているんだろう。 「ねえ、ひょっとして鈴木君の家には、未来から来た猫型ロボットがいるの?」 「まさか〜〜。でも似たのがいるよ。僕のパパさ。パパは発明家なんだ。休みの日にはこんなのばっかり作っているよ。」 「そっかあ、でも、これ、何?」 「だから、言ってるだろ、『捜索マシーン』だって。捜し物の大きさ、形、材質、色とかをここにインプットすると、それに該当する物を見つけだすんだ。ほら、ここが、センサーで、これが、フレキシブルアーム、これは拾ったものを入れる部分。すごいだろう、これ、全部パパが作ったんだぜ。」 鈴木君は、もう説明するのが嬉しくって仕様がないみたいだ。でも、この機械は・・・・・。 「このポリバケツを背負ったカメみたいなのが、そんなすごい機械なわけ?」 「機能優先で作れば、こんな形になるんだってパパが言ってた。」 「じゃあ、この色はどういう意味があるの?」 「色は機能を妨げないっていうのがパパの持論さ。」 「でも、紫とピンクと黄緑のしま模様だよ。」 「そこがこのマシーンのいいところさ。目立つだろ。かっこいいだろ。」 鈴木君はしきりにこの捜索マシーンを使うようにすすめるが、僕は断わった。機能を疑っているわけじゃない。ただ、これを抱えて家まで歩きたくないからだ。他には、何かないかと聞いたら、別の何かを持ってきた。 「・・・・・そのボストンバッグがどうかしたの?色は、まともな茶色だけど。」 「へへへ、『おみくじくん』って言うんだ。占いロボットさ。持ち運びしやすいのが特徴さ。そこのスイッチを押してよ。違う違う、それじゃなくて、持ち手に付いてるキーホルダー、そうそうその小さなピストルの引き金だってばあ。君の指で動かさないとだめなんだ。占ってもらう人の指でやるんだ。」 かちり、と音がした。と、突然、ボストンバッグが、いや、おみくじくんが動き出した。古くなった洗濯機のような音をたてながら、それはふくらんだり縮んだりした。スライムだ、一番弱い、経験値かせぎのスライムみたいだ。 ふいに音が止み、ぴた、と動きも止まった。 |
下編 |
ふいに音が止み、ぴた、と動きも止まった。ジジジジとファスナーが開き、中から一本のアームが出てきた。さっきの捜索マシーンと同じ、フレキシブルアームだと鈴木君が説明した。そのアームの先に、木の札がはさんである。それには、37番と書いていた。 「よしわかった。37番だな。」 そう言いながら、鈴木君は、表紙に「占いマニュアル」と書いてある、薄い本のページをめくった。 「ふむ、37番は『なんじの家の小さき人に聞け』となってるよ。よかったな、これが手掛かりだ。」 「おい、さっぱりわかんないよ。小さい人っていっても、家じゃ僕が一番小さいんだ。まさか、うちのお姉ちゃんのこと?」 「なんだ、こんなこともわかんないのか。小さき人と言えば、その家に住んでる小人さんのことに決まってるだろ。小人さんに聞けば教えてくれるってことさ。」 僕は、ますますわからなくなった。そんなものが家にいるわけないじゃないか。家にはお父さん、お母さん、お姉ちゃん、そして僕の4人しかいない。ペットだっていないんだ。お母さんが大っ嫌いだと言うから何にも飼っていない。 まさか鈴木君の家には、小さなロボットもいるんだろうか。 「家にはそんな小さい人なんていないよ。占いが間違ったんだろ。」 「何言ってんだよ。どこの家にも、小人さんはいるんだぜ。新しい家にはあまりいないけど、大抵は、1人はいるはずさ。そりゃ、普段は、テレビの裏とかタンスの隅っこなんかにいて見つからないけど、その家を守るために、毎日働いているんだ。」 「・・・・・そういえば、去年の大雨で、僕んち雨もりしたんだ。まだ、直していないはずなのに、最近はなぜか雨もりしないんだ。」 「それは絶対に小人さんが直してくれたんだ。やっぱりいるじゃないか。だから、見つけて聞いてみればいいんだ。いやあ、解決、解決。」 * * * * * * * * * *
納得させられて、僕は、帰ってきた。でも、だんだん信じられなくなってきた。そんなのがいるわけない。ガリバー旅行記じゃあるまいし、小人が家の中をうろちょろしているわけないよなあ。でも、明日、鈴木君に報告しなきゃなんないし、前売券は見つけなきゃだめだ。 自分の部屋に行き、ばかばかしいと思いながら、音をたてないようにそっとタンスに近付き、ゆっくり腕を動かして、とびらに手をかけた。大きく息を吸い、思いっ切りすばやく開け、声をかけた。 「やあ、小人さん、初めまして!!」 * * * * * * * * * *
・・・・・・・・本当にいたんだな、これが。 そいつ(名前はモミジというそうだ)は今、僕の目の前に立っている。 「で、おれに何の用事があるのさ。」 想像していたよりも低い声で、モミジは僕に話しかけた。 「何も無いのにおれを捜そうとはしないだろ。普通の人間は、おれたちがいることだって知らないのに。一体、どうしてなのさ。」 僕は鈴木君のこと、映画の前売券のことを話した。 「なるほどな。で、その前売券てのは、そんなに大切な物なのかい。」 「そう、そうだよ。「脅威!恐竜帝国の反乱」ていうのは、タイトルは変だけど、コンピュータグラフィクスがものすご〜くて、大迫力の映画なんだ。お母さんは、爬虫類が大っ嫌いだから、連れて行ってくれなかったけど、鈴木君のお兄さんが一緒に行ってくれるから、見に行けるんだ。すんごく楽しみにしているんだ。」 「だったら、どうしてもっと大事にしないんだ。ジャンパーを、あんな風に丸めてタンスに放り込んだら、ポケットの中身なんて、ぐしゃぐしゃになってしまうぞ。それに、ポケットのボタンをちゃんとはめておかなけりゃ、外に落ちてしまうじゃないか。」 「えっっ!!それじゃあ、あるんだね!」 「ああ、明日の朝には見つかるようにしておくのさ。」 「そんな面倒なことしなくてもいいじゃないか。」 「君がきちんとしておかないから、懲らしめようと思ってね。」 「・・・・・わかったよ。これからはちゃんとするからさあ。明日になればでてくるんだね。」 「そうだよ。でも、次に同じようなことをしたら、絶対みつからないところに隠すからな。」 ふっ、とモミジの姿は消えた。今まで目の前にいたのがうそのようだった。 * * * * * * * * * *
翌朝、前売券は、筆箱の中から出てきた。昨日は絶対に入ってなかったんだ。 学校へ行ったら、すぐに鈴木君に話そう、僕の家の小人さんのことを。そして、どうして鈴木君は知っていたのか教えてもらおう。 僕は今まで、多くのことを知らなさすぎたみたいだ。ひょっとしたら、世の中ってすごく面白いものかもしれない。 (おわり) |