前編

『タピオカココナツミルク』を作るのに、あまり面倒な手順はいらないはずである。基本は、砂糖で甘味を付けたココナツミルク(牛乳や水を混ぜることもある)に、茹でたタピオカを入れるだけ、なのだ。好みでフルーツを入れることもあるのだが、作り方を読むと、失敗する余地はなさそうである。
 だが、2度挑戦して、まだ、成功してはいないのだ。
 料理というにはあまりにも簡単な、このデザート、失敗の原因は何であろうか。友人に言わせると、「食ったこともないものを想像だけで作るな!」だそうである。そう、私は、実物を食したことが、まだない。じゃあ、何でその存在を知ったかというと、あの有名なマンガ「美味しんぼ」だ。そして、たまたま、輸入食材を扱っている店でタピオカとココナツミルクを見かけてしまい、衝動買いしてしまった、というわけだ。
 しかし、問題は、そこだけにあるわけではなかった。もっと、基本的なことが原因だったのである。
 まず、第一回目。袋に書いてあるとおりに、タピオカを茹でる。火がとおって、透明になった粒は、肉眼では見えにくい。溶けてなくなってしまったかのようである。その鍋の中身を、ザルに流し込む。そうすれば、お湯は流れ、タピオカは残る、はずである。だが、ザルの目が粗かった。かなりの量が、網目から逃げてしまった。流し台に、びっしりと貼り付いてしまった無色透明な粒は、まるで、金魚の卵のようで、哀しいものがあった。
 第2回目。もっと目の細かいザルを買ってきて、後日、再度挑戦。さあこれで大丈夫、と、茹でたタピオカをそのザルに流し込む。が、なかなか、水切れしない。変だと思ってザルを見てみて、あらびっくり。網目にタピオカの粒がはまってしまって、ふさいでいるのだ。一つの網目に一つの粒。ザルはトンボの複眼状態なのである。こうして、かなり水っぽいままでココナツミルクと混ぜてしまい、水っぽいものができてしまった。
 だが、私は、まだ挑戦する。実物を食ったことがなくても、不味いものと、美味いものの区別くらいはつく。
 さて、今度の休みには、また、タピオカとココナツミルクを買ってくることにしよう。



後編

 前回作ってみてから、かなりの時がたってしまったが、ようやく、乾燥タピオカを買ってきて、またもや挑戦してみることにした。3度目である。今回は、今までと違い、ちょっと思慮深くなっている。同じことを繰り返していては進歩がないではないか。
 一体、何が進歩か。それは、買ってきた材料を、まず、2等分した、ということだ。
 今までは、分量で失敗することが怖くて、袋に書いてあるとおりの量で作っていた。乾燥タピオカ150グラムにココナツミルクの缶詰400ミリリットル、牛乳2カップ、それに砂糖と水半カップずつ。
 ちょっと想像していただきたい。これで、完成品がどのくらいの量になるのか。そう、通常の8人分になるのだ。私は一人暮らし。食べるのは私一人。今までの2回、成功しなかった完成品は、全て私一人の胃袋へと流し込まれていったのだ。
 普通は、作る前に、どのくらいの量ができあがるのか、考えてみるんじゃぁないのか、と、思う方も多いであろう。しかし、タピオカとココナツミルクを前にした私は、もし余っても、何に使えばいいかわからなかったので、とにかく全部使ってしまえ!という発想しかなかったのであった。
 さて、とにかく、半分のタピオカを茹で始めた。友人に、「だったら、ガーゼか、さらしを使って漉せばいいんじゃないの?」と言われたので、ザルに、さらしの布を敷いて、茹で汁ごと、その上から注いだ。そうすれば、粒がザルの目に詰まることもなく、お湯が流れていく、はずであった。
 しかし、またもや茹で汁がスムーズに流れていこうとしない。
 そう、タピオカは、デンプンの粒だ。それを加熱すれば、デンプンは糊のようになる。その糊はお湯の中に多少は溶け出して、湯の表面に、どろりとした膜をつくるのだ。その糊がさらし布の繊維にひっかかり、湯の逃げ道をふさいでしまっている。
 しかたがないので、網杓子で少しずつ漉し取り、ボウルに入れる、という、さらし布を使った意味が全くなくなってしまう結果となった。
 この時、材料を半分残しておいて、本当に良かった、と思った。最後の手段を試すのに、もう一度買いに行かなくてもいいのだ。
 最後の手段とは、とあるネットで知り合った方から教えてもらった方法である。その方は、おそらく男性と思われる。その方法を教えてくれた料理に詳しい「友人」というのに、オバサン的好奇心でちと興味があるが、それはとりあえずおいといて、とにかく、その通りに茹でることにした。その方法とは、目の細かい網に乾燥タピオカを入れ、そのザル(網)ごと鍋に入れて茹でてしまう、というものである。
 この方法は、3回も苦労してきた者にとっては、感動物であった。「きれい」なのだ。「あっさり」なのだ。「かんたん」なのだ。タピオカを無駄に流すことなく、ザルの目をつまらせることもなく、キラキラと輝くタピオカの粒が、目の前に現れたのである。
 タピオカさえ上手に茹でることができれば、あとは、甘味の加減だけの問題である。好みでフルーツを入れるものよかろう。こうして、ようやく、デザートとして通用するであろうタピオカココナツミルクを完成させることができた。
 満足できる出来映えの、4人分のタピオカココナツミルクをたいらげた私は次に、何に挑戦してみようか、と、考えているのである。
(おわり)



番外編

「番外編」と言っても、しばらくの間、タピオカを茹でたいとは思わない。では、なにかというと、何故か、突然「トムヤンクン」なのだ。
 乾燥タピオカを買いに行ったとき、輸入食材を見ていたら、「トムヤンペースト」というものがあった。これを使えば、簡単にタイの代表的なスープ、トムヤンクンが作れるらしい。袋の裏には、トムヤンエビスープの作り方が書いてある。これなら、簡単、と、買ってきた。一緒に、ナンプラーという、変な匂いのする調味料も買った。
 ここで、断わっておくが、私は、タイ料理は、一度も食べたことがない。辛いらしい、ということしか、わかっていない。想像すらできないのだが、インド料理を先日初めて食べ、けっこう美味しかったので、同じアジアの料理だ、似たようなもんじゃないか、と、たかをくくっていたのだった。
 作り方を読むと、ムキエビとマッシュルームを入れることになっていたが、残念なことに、近所のスーパーには、マッシュルームがなかった。しかたがないから、ヒラタケを入れることにした。最初から、なめてかかっているようだが、結局は、何をいれても、そう違いはなかったのでは、と思う。
 熱湯4カップ(800CC)にトムヤンペーストを入れる。そう、これは、4人分の分量なのだ。しかし、このペーストこそ、残しても何にも使えそうにない。そのまま、4人分を作ることにした。煮立ったらキノコとエビを入れ、最後にナンプラーを小さじ1入れて出来上がり。
 作りながら、これはちょっと、ヤバイかもしれない、と思った。匂いがかなりキツイのだ。よくわからない香辛料の匂いである。サンショウの香りに似ているような気がする。色がやや赤いのも、ドキドキさせる。
 まあ、とにかく出来上がり、さっそく、ちょっと飲んでみる。「辛くて酸っぱい!」スープであった。下手な飲み方をすると、喉にかなりの刺激があり、風邪をひいていたら、きっと、耳まで痛くなりそうな辛さである。
 でも、爽やかな辛さである。酸味があって、エビやナンプラーの魚介類の味で辛みが丸くなっているためでもあるが、この辛さは楽しい辛さだ。
 初めての味だが、けっこういける。と、おかわりをし、う〜ん、まだあるな、と、もう1杯食べ、これだけ残しておいてもな、と、鍋をカラにしてしまった。つまりは、一気に4人分を飲んでしまったのだ。
 くちびるをピリピリさせ、ちょっと汗をかきながら、満腹感にひたっていられたのは、あまり長い時間ではなかった。急に、しかも大量に、刺激的な料理が流し込まれた胃腸が、拒否反応を起こしてしまったのだ。
 特に腹痛をおこしはしなかったが、トイレに何回も通うハメに、陥ってしまった。もったいないオバケがでるんじゃないかな、と思った。
 そこで教訓「慣れない食い物は控えめに」
 でも、また、作ってみようと思う、懲りない性格なのだ。
(おわり)




しあわせ町大バザール