あなたは、パソコン通信をしていて、不思議に思ったことは、ありませんか。この画面の向こう側には、何があるのだろうか、と。
 とある住宅地に住むごく平凡な女性(仮にAさんとしておきましょう)は、最近友人の勧めでパソコン通信を始めました。本当は、何か資格を取りたいと思ってワープロを手に入れたはずでした。でも、通信の面白さに次第にとりつかれ、検定試験のための練習そっちのけで、面白いネタを仕入れてきては、UPする楽しさにはまってしまったのです。
 そんなある日、Aさんは、ちょっとした話をUPしようとしました。まだまだキー入力が遅いし、考え込みながら文章を書くので、もちろん、前もって文書ファイルにしておき、それを送信するのでした。
 いつも通りの手順です。間違えるはずはありませんでした。ところが、画面に次々と現れるはずのAさんの文章は、UPしている途中でぱったりと止まってしまったではありませんか。
 Aさんは、軽いパニックを起こしました。はっ、と気が付くと、指が勝手にF10の「回路断」を押していたのです。
 きっと、回線の調子が良くなかったのよ。文字化けするのと同じようなものね。心を落ち着けて、Aさんは再び試みました。ところが、また、文章が同じところまでいくと、それ以上文字が現れなくなるのです。いろんなキーを試しに押してみました。
「実行キー」「取消」「改行」・・・・・。どのキーを押しても、ワープロはそれ以上動きません。有効なのは、「回路断」だけです。
 きっと、何か秘密がある、と、Aさんは気付きました。通信には、何か恐ろしい秘密があるのだ。だから、私の書いた話を他の人に読ませまいとする何物かが邪魔をしているに違いない、そうAさんは、確信しました。
 友人にその話をしました。でも、取り合ってはくれません。「たぶん、通信じゃ使えない文字か何かが間違ってはいってるか、改行していないからじゃないの?」と、友人は言いました。
 Aさんは、それを聞いて、にやっ、と、笑いました。間違っているものは、通信できない。間違っているとは、表の通信には載せられないもの、つまり、裏の通信の世界にしか通用しないもののことではないでしょうか。
 知らず知らずのうちに、私は裏の通信の世界を見つけてしまったのね。光あるところには影がある、影の世界が私を呼んでいるのだわ。私は選ばれた存在だったのよ。そこでは、私の言葉を必要としている。私を待っているのだ。
 その後、Aさんは、より一層熱心にパソコン通信をするようになりました。毎日大量の文章を書いては、UPしています。でも、世界中のどのネットにも、Aさんの文章はみつかりません。そう、表のパソコン通信の世界では。
 今日も、Aさんは、せっせとキーを叩いています。Aさんの体はだんだん透き通ってきました。文章だけではなく彼女の存在そのものまでもが呼ばれているのでしょうか。きっかけとなった、AさんがUPできなかった話、というのは、ある1編の詩でした。題は「眠りからの逃亡」です。その中に、彼女が選ばれる理由があったのでしょうか。
 科学では解明できないことが、この世には、まだまだたくさんあるといいます。パソコン通信の世界は、未知の世界です。可能性の世界です。そこに何を見つけるかは、あなた次第です。
 あなたの通信仲間で、最近消息不明の方はいらっしゃいませんか?
 (おわり)




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