赤黒竹の牌


 ひと財産を築くか野垂れ死ぬかに向かって、麻雀狂たちが牌を握る。そんな修羅場にひとりの青年が跋扈していた。彼は無敗を常としていたが、晩年にはその強運も尽き果て、全財産を失い、病に身を蝕まれ、老残と嘲られるまでに落ちぶれた。
 返り咲きの夢を捨てられない彼は、不惜身命による完勝を神に祈り卓に臨んだ。だが昔日に去った運は戻らず、対局中に赤黒い血を大量に吐いて死んだ。
 無念のあまり彼は怨霊と化し、臨終の麻雀で用いていた牌の一枚一枚にその念が宿った。
 曰く、この牌で麻雀を打つと、怨霊に選ばれた者は驚異的な大勝を遂げるが、その代償として命を奪われ、その屍の血を啜られる。この牌の背面に裏打ちされている竹が赤黒いのは、その為だと云う。



 東一局。
 四人の中の紅一点が、薄く笑った。
「ツモ」
 国士無双。
 緒戦から役満。
 彼らの世界では、役満ひとつで銀行員も驚くような金額が動く。だが、動揺を見せるのは敗北を認めるに等しい。三人は黙って点棒を払った。

 東二局。
 女は、赤い唇に二度目の薄笑いを浮かべた。
「ツモ」
 四暗刻。
 また役満。
 さすがの三人も、微かに顔を顰めた。
 女がイカサマをしている可能性は絶無だった。いかに巧妙に行われようとも、老練な三人の目を欺くのは不可能である。
 実際、女は真っ当に打っていた。純粋に強運だった。

 東三局。
「…ツモ」
 女の手役に、三人は息を呑んだ。
 九連宝燈。
 アガッた者には悪霊が憑くとも云われる、極めて稀有な役満。
 三人は気が付いた。今用いている牌の背面の竹が、いつの間にか赤黒い光を放っていることに。
「運が悪いわね」
 女は、嘲笑を含んだ赤黒い目で三人を見遣った。
 結末を悟った三人は、無言で頷いた。

 東四局。
「ポン」
 女は哭き、「撥」を場に晒す。
 白い柔肌が、蝦蟇蛙のような黒緑色に濁った。
「…カン」
 内カンの形で、「白」を場に晒す。
 顔面が爛れ、端正な目鼻が形を失った。
 三人は、黙って目を閉じた。
 女がリンシャン牌を掴む。女の潰れた目や三人の閉じた目に牌が見える筈も無い。だが、その牌が「中」であり、それをもって大三元が成立することは四人とも解っていた。
「ツ…モ…」
 女の半身が卓上に倒れ込み、積んであった牌を崩して事切れた。
 腐敗したような黒緑色の皮膚から赤黒い血が染み出し、小蛇のように牌の一つ一つを伝う。
 狂った怨霊に捧げられた勝利の美酒だった。
 


妄言王のアとガキ

「怪談」というお題で書いた。麻雀(しかも日本でしか通用しないルール)なんて
半ばマニアックなゲームだろうから、ウケる人にはウケるんだと信じて疑う。
(疑うんかい)

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