某国の牢


 皇帝制度を敷く某国。
 反皇帝勢力が台頭してきていることもあって、牢は大繁盛だった。入居希望者は皆無なのに、入居者そのものは増える一方。
 この薄暗く湿っぽい無料ホテルに数年前から住んでいる男は、新顔の青年に声をかけた。
「話でもしようぜ。互いに時間はたっぷりとあるんだからな」
 青年は仏頂面のまま口を開こうとしない。
「俺は、皇帝批判の演説をぶって捕まった」
 男は現状において最も適切な自己紹介を述べ、決して陰湿ではない苦笑を浮かべた。
 が、青年は返答しない。
「お前さんはどうして捕まったんだ? 黙ってないで教えてくれよ」
 青年は我慢しきれなくなり、男を睨みつけながら答えた。
「自分は、皇帝陛下を支持する論文を発表してここに連行されました」
「は?」
 男は目を丸くした。そして耳を疑い、一瞬の沈黙ののち、大口を開けて笑った。その声は冷たいコンクリートの壁に次々と反響して、明朗なメロディーを奏でた。
 今度は青年のほうが目を丸くする番だった。皇帝派も反皇帝派もお構いなく同じ牢に投獄されている、そんな理不尽な事実が判明したというのに、ここまで陽気に笑い飛ばせる神経の持ち主を青年は見たことがなかった。しかも、敵だと解った人間の目の前で。
「この牢の管理は一体どうなってるんだ」
 男は、笑いながら青年に問う。
「そんなの、知りません」
 確かに知るわけがない。
「謎だな」
 男は尚も笑う。
 その強靭な哄笑に、青年の仏頂面の隙間から、畏敬というか羨望というか、そんな類いの念が芽生えた。
「…お互い、運がありませんでしたね」
 初めて青年のほうから話し掛ける。
「そうでもないさ。殺されなかったのはラッキーだ」
 終身刑も同然の身でありながら、男はそう答えた。虚勢の気配が全く無い。心からそう思っていると、男の眼光が語っていた。
 青年の仏頂面が徐々に、しかし確実に崩壊してゆく。
「生きていればそのうち出られるさ」
「そう願いたいですね」
 青年は、男を敵と見なす理由を永遠に忘れていた。
 男もまた、青年を敵視する根拠を知らない。
「昨日の残り物で悪いが、パンでも食うか」
 青年は小さく頷き、男が差し出した親愛の証に齧りついた。雲の上の食卓では決して口にできない味がした。

 牢の奥で遠慮がちに縮こまっている老人が二人を見つめていた。己の人生経験からは決して導き出せない、仲睦まじい父子のような光景を。
 彼は独り呟く。
「朕は不可解なり…」


妄言王のアとガキ

「某国」は特定の国を想定してはいない。
(たぶん)

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