神様に盗まれたアルバムと貯金通帳


 ゆうべ香織の部屋に神様が来た。
 ノックをすることもなく堂々と上がり込むと、化粧台の香織には一瞥もくれずに、無言で押入れを開けた。
 香織は鏡に向かってパフをたたいている。
 神様は香織のアルバムを引っ張り出すと、持参のつぎはぎだらけの頭陀袋に放り込んだ。
 鏡に映った神様の様子を傍観していた香織は、やがて口紅をひくことに集中しはじめた。そしてそれを終え唇から視線を外したとき、神様が真後ろに立っていることに気がついた。慌てて立ち退く。
 神様は化粧台の引き出しをひっかき回して貯金通帳を見つけると、アルバムと同じく頭陀袋に放り込んだ。
 香織はこの世で最も敬うべき客のために台所へ行き紅茶をいれたが、部屋に戻ったときには、もう神様の姿はなかった。

 香織はデートの約束も忘れて、その日のうちに友人の巫女を訪ねた。
「神様にアルバムと貯金通帳を盗まれちゃた」
 巫女は目をしばたかせた。
「なんで神様が盗んだってわかるの?」
「この目で見たもん」
 巫女は薄く笑う。
「ただ黙って見てたわけ?」
 香織は少し語気を荒げた。
「だって相手は神様よ。人間にはどうすることもできないじゃないの」
 巫女は頷く。
「その通りね。でも、いま言ったことと同じくらい常識的なことを忘れてんじゃない?」
「え?」
「神様は盗みなんてやらないわよ」
 その一言に香織の顔が青ざめた。
「で、でも、あれは確かに神様だったもん」
 巫女は興奮している香織の両肩に手を置いて、その瞳を見つめた。
「だからね、神様は盗んだんじゃなくて、預かったのよ」
「預かった?」
「そう。神様は一旦、アルバムと貯金通帳を香織から引き離したのよ。で、どちらか一方だけを返すつもりよ」
「一方だけ…?」
「当然じゃない。二者択一の蓄積が人生でしょ? そして神様は人生を司ってるわ」
 香織は頷く。
「じゃあ、私が神様に頼んであげる。どっちを返してもらう?」
 さすが神様の伴侶だなあと感心しながら、香織は答えを告げた。

 香織がすっぽかしたデート。
 それは、別れ話を持ち出してきた男を説得するために、「最後だから」と言い含めてやっとの思いで約束を取り付けたデートだった。でも実は、別れ話を持ち出した時点で、そんな男はただの古ぼけたアルバムに過ぎない。アルバムを選ばなかった香織がそれを求める理由はない。

 翌日。香織宛てに消印の無い郵便が届いた。
 中身はもちろん貯金通帳。
 差出人はもちろん神様だった。


妄言王のアとガキ

人間なんて不完全なものを創った神が完全なわけがないですな。

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