カセットテープの恋


 昼休み。C組の西山が妙な笑みを浮かべながら俺の肩を叩いた。
「面白いもんがあるから来いや」
 べつにこれといった用事もなかったので、俺は弁当を片づけて席を立った。
 C組の教室には、イヤホンを耳に差し込んだ矢島が座っていた。こいつも妙な笑みを浮かべている。
「聞いてみ」
 勧められるままにイヤホンを片耳に差し込んだ。
 若い女の喘ぎ声が飛び込んできた。
「ヒヒ、どうだ?」
 こいつら低俗だ、と思った。
 きっと恋をしたことがないんだ。金さえ出せば簡単に性欲を満たせる世の中だからこそ恋をしてみろ。
 そう思う俺はもちろん恋をしている。誰にも打ち明けたことはないが純粋な気持ちだ。アダルトテープで興奮しているこいつらとはちがう。
 …と思う気持ちは嘘じゃないのに、耳からの刺激で股間が怪しくなってしまっている自分が悲しい。
『あんっ…ん…はあんっ…』
 どうしてこんな意味不明の言葉で興奮してしまうんだろう。
「もっと面白い話を聞かせてやろうか」
 俺は動揺を隠しながら、わざとつまらなそうに聞き返した。
「何だよ」
「このテープ、滝沢の机からパクってきたんだぜ」
 すぐには信じられなかった。
 滝沢はムカつく教師の中でも特にムカつく野郎だ。口答えをすると問答無用で殴る。学校を軍隊と間違えてやがる。
 校内にアダルトテープを持ってくるとはバカめ。このことが校長やPTAに知れれば懲戒免職になるかもしれない。たしかに面白い話だ。
 西山はテープをどうやって公開してやろうか、今から相談しようと言った。俺も乗り気でイヤホンを片耳から外そうとした。
 そのとき、鼓膜への刺激が忌むべき想像を掻き立てた。もう片方の耳にもイヤホンを差し込み、聴覚に全神経を集中した。何度も巻き戻して聞き直した。
「すげえスケベ」
 矢島が冷やかしたが、俺は泣いた。初めて人前で泣いた。二人は驚いて涙の理由を尋ねたが、答える気にはなれなかった。

 テープは放課後の教室で録音したんだろう。
 たぶん滝沢の趣味で。
 頭の中で、消去してしまいたい女の喘ぎ声がリフレインする。
『あ…あ…あん…好き…先生…』

「高校教師 教え子に猥褻行為」
 新聞は紋切型の見出しだった。
 教師と生徒が肉体関係を持つとみんな「猥褻行為」になる。
 俺達が画策するまでもなく滝沢は懲戒免職となった。

 片想いだったあいつも、ひっそりと転校していった。
 純粋ゆえに強烈な恋に溺れた。
 せめてそう思いたかった。


妄言王のアとガキ

参考資料:『判例タイムズ』

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