草枕の男
聖人との評判を得ている男がいた。
世の事物に執着が無く、草枕の日々を送っているという。
暇を持て余している王がその噂を聞き、好奇心から、部下に男を捜索させて城に召した。
「無欲が評判になるとは面妖な奴」
「恐れ入ります」
その答えとは裏腹に、男にさほど恐れ入った様子はなかった。
「そちの願いをひとつだけ聞き届けてやる。思いのままを申せ」
王の唐突な申し出に、男は疑義を問うことなく、ゆっくりと頭を垂れた。
「光栄に存じます」
男の評判に多少なりとも嫉妬していた王は、大臣達が居並ぶ中で男の化けの皮を剥いでやりたくて仕方がなかった。財宝であろうとハーレムであろうと顕職であろうと、即座に聞き届けてやるつもりでいる。ただし、願いを叶えた後で、
「ただの俗物か。噂とは当てにならぬものよのう」
と、この男を物笑いの種にしてやろうと考えていた。言わば、少々高くつく道化を飼おうと企んでいたのである。
そのような王の思惑を知ってか知らずか、男は確認した。
「如何なる願いも聞き届けて下さいますか」
男の口調に確信犯的なものを感じ取った王は、警戒して言った。
「まさか不老不死などと無茶なことを申すつもりではあるまいな」
男は薄く笑って否定した。
「とんでもございませぬ。そのような非現実的なものを求めるほど、わたくしは無知蒙昧ではございませぬ」
「ならば良いが」
王は軽く頷いて顎鬚を撫でる。
「さあ、願いを言え。余に出来ることならば何でも叶えてやろう」
男はふたたび頭を垂れる。
「それでは、恐れながら申し上げます」
王は内心意地悪く笑いながら、男の言葉を待った。
「私に王位を譲って下さい」
「な、なんだと…!」
あまりに意外な言葉に、王の頭に血が上った。
しかし、男は淡々と続けた。
「もしくは今後一切、私の存在を無視なさって下さいますよう」
言葉に澱みがなかった。
「お出来になることなら如何なる願いでも叶えて下さるとのお言葉、嘘ではございますまいな」
男は、王に願い出る要求の中で最も傲慢なもの、そしてその次に当たるものを口にしたのである。からかってやろうと考えたのは、どうやら王のほうだけではなかったらしい。
王位を譲るくらいなら、存在を無視してやるほうが容易である。大臣たちの手前、処罰したくて仕方の無い男に対して、感情任せの沙汰を申し付けることも出来ない。
王は黙って男をそのまま野に返し、二度と召喚することはなかった。
妄言王のアとガキ
史話にありそうと思われたらば幸い。