謎々子爵
私の知人に風変わりな子爵がいる。
広い屋敷に、長年仕えているのであろう老婆と共に住んでいる。彼の年齢はよくわからない。年寄り臭い若者にも見えるし若い老人のようにも見える。また、本名はわからない。教えてくれないのだ。尋ねたときにはこう返ってきた。
「名前などは単なる記号に過ぎないのだ。我輩にまつわる記号ではあるものの、我輩自身が歓迎せざる記号なのである。それを第三者に提示せねばならない積極的理由を聞かせてもらえるかね?」
要するに、本名は何らかの理由で知られたくないのだろう。単に、変な名前だから教えたくないということなのかもしれない。
私が子爵の屋敷に遊びに出かけると、いつも違った種類の紅茶を振る舞ってくれる。話の初めはいつも紅茶談義だった
しかし、その日は珍しく湯飲みが出てきた。老婆が恭しくテーブルに置いたが、奇妙なことに子爵の分が無い。私にだけ飲めということだろうか。
「くたにだよ」
子爵の言葉に私は少し考えたが、やがて湯飲みが九谷焼なのだと気がついた。
「玉露ですか」
器の次は中身に触れねばなるまいと思ってそう尋ねる。
「さゆだよ」
さゆ…ああ、白湯か。拍子抜けする答えである。
「六甲ですか」
名水を沸かしたものかと思い、思い浮かんだ地名を口にする。
「水道水だよ」
来客にただの湯を飲ませるとは、やはり変人である。
私は不審に思いながらも一口頂こうとした。
「待ちたまえ」
子爵が制したので、湯飲みに触れるのをやめる。
「謎を一つ」
始まった。
「湯飲みに触れずに、中の白湯を空にしてみたまえ」
子爵の病気だ。時々こういう謎々もどきを出題する。そして答えに窮する来客を眺めて悦に入るのだ。あまり良い趣味とは言えないが、「くだらない」と口をつぐむほど私は無粋ではない。
暫く考え、私は懐中からペンを取り出した。
「これで湯飲みを倒せば空になります」
子爵は首を横に振って付け加えた。
「湯飲みを動かしてはならない」
私は再び考えた。
「わかりました。ストローで飲めば良いのです」
「いい案だ。しかし道具を用いてはならない」
そういうことは出題するときにまとめて言ってもらいたいものだ。
私は匙を投げた。
「ただひたすら、待てば良いのだよ」
私はその意味が解らずに戸惑った。
子爵は笑みながら解説する。
「白湯が冷めれば水になる。つまり湯飲みの中の白湯は無くなるのだよ」
呆れる私の顔を見た子爵は満足げだった。
妄言王のアとガキ
英訳できまい、やーいやーい。
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…と書いてたら、のあるさんに英訳を頂いてしまった。
『英訳版・謎々子爵』
わーいわーい。