如意刀
樋口は如意刀の使い手だった。数々の暗殺に関わり、賞金首となっていた。
今宵彼を襲ったのは今村、黒羽、兵藤、佐田の四人。
最初に斬りかかって来た今村の間合いに樋口は自ら踏み込み、刀を左手一本に持ち真直ぐに突き出した。刃先が今村の眉間を突く。刃が吸い寄せられ伸びたかのようだった。
樋口は残り三人のほうを見遣る。
黒羽は女を人質にとっていた。左腕でその細首を抱え込み、右手には太刀を持っていた。女は、かつて樋口が妹のように可愛がっていた香子だった。顔には血の気が無い。
兵藤と佐田は樋口を阻むように抜刀し、構えている。
兵藤は今村を捨駒として、樋口の踏み込みの距離と刃渡りを見極めていた。それをもとに、どちらが踏み込んでも寸前で刃先が届かぬ位置にまで歩を詰める。この間合いを保つ限り、痺れを切らして我先に踏み込んだほうが後攻に倒される。要するに集中力が欠けたほうの負けである。黒羽が人質を握り、佐田も抜刀している分、精神的に有利なのは兵藤のほうである。
しかし、そんな計算にも人質にも構わず、樋口は兵藤の間合いに踏み込んだ。左手一本を突き出すが兵藤の読み通り、刃は額にまでは届かない。刀を返せる、勝った…と確信した瞬間、兵藤の額を刃が割った。今村を倒した時と同じく刃が伸びたとしか思えぬような「突」だった。死の間際、兵藤は漸く悟った。
錯覚ではない。奴の刀は実際に伸びるのだ…。
十も数えぬうちに二人が討たれた。
黒羽は狼狽を隠し、切札を強調した。
「手向かいするな。この女を殺すぞ」
香子は口も利けぬほど震えている。如意刀を持つ左手がだらりと下がる。佐田が容赦無く斬りかかると樋口はニィと笑い、瞬時に突き殺した。
「ま、まさか…」
唖然とする黒羽の間合いに、樋口は既に踏み込んでいた。通常の倍ほどに伸びた刃が香子のからだを貫き、彼女を盾にしていた黒羽の臓腑を突き破った。
二人の体躯から刃が引き抜かれると黒羽は崩れ落ち、香子も地に倒れた。
樋口は懐から半紙を取り出すと刃を拭い、鞘に収めた。朱染めの塵紙が地に打ち捨てられる。薄れゆく意識のなかで香子の瞳にそれが映じ、絶望の涙が溢れ零れた。
(樋口さま。貴方の前では私の命など塵紙も同然なのですね…)
樋口が去った後には、四体の遺骸と気絶した女が残った。
如意刀。それは樋口の意のままに突ける刀。突きたいものだけを突き、突きたくないものは宙の如く通り抜ける。
妄言王のアとガキ
樋口は香子を斬ったほうが親切だという御意見を頂きましたが、
読者の皆さんはどう思われますか?