「夢で口説く(夢オチ禁止)」にまつわる短編集
| オレンジジュースと濡れ羽色 | |
朽木花織作 |
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僕はオレンジジュースが大好きだ。だからいつも冷蔵庫に入っている一リットルパックのジュースをラッパ飲みして、彼女に嫌がられている。 僕の彼女は長い黒髪が大好きだ。そして昨今の大和撫子の髮の黒が、茶色や金色に変わっていく傾向にあるのを嘆いている。 ある日僕は夢を見た。薄暗闇の中、三面鏡の前、僕は上半身裸で突っ立っている。で、現実世界では坊主刈りなのに、何故か腰まで届く豊かな黒髪を生やしていたのだ。それもサラサラ。音がするぐらいサラサラ。エラ張った顔の筋肉質な体躯をしているヤツが、真っ黒の長い髪を、場違いなぐらい嬉しそうにサラサラ。 すると僕の彼女が後ろからすすすっと近寄ってきた。それにタイミング合わせるかのように僕は備え付けの椅子に腰かける。そこから二人してしばし無言だったのだが、唐突に彼女は中腰になって囁き始めた低い低い声で。それは僕に、ではなく、僕の髪の毛に向かってだ。 「私、手を滑り落ちるあなたのその感触が好きよ」「いつでもあなたはそうやってぬば玉の黒を持ち続けるのね」「そこに存在するだけで、あなたという黒い髪は光り輝く存在なのよ」「愛しているわ、そのサラサラなところ」 僕は近くに置いてあった、オレンジジュースの入ったコップに手を伸ばし、喉を鳴らしてそれを飲む。ああ柑橘系の酸っぱい感触が、いつも飲んでいる感触が、舌に喉に。その後も鏡越しに、まだ僕の髪を弄び、うっとりと愛の言葉をかけている彼女を眺めた。 そして思ったのだ。きっと僕の方が彼女よりおかしいと。 何故なら僕は彼女の、僕の髪に向けられた言葉で、確かに興奮していた。 手元のオレンジ色が泣きたいぐらいにそれを助長する。 僕は目を覚まし、しばらくぼやっとした後、何だか彼女を改めて口説きたい気持ちになっていた。そう、例えばこんな感じで。「僕はこれから少し髪を伸ばそうと思う。ある程度伸びてきたら、好きな時に触っていてくれて構わないから。僕を、僕の一部を、いつもいつまでも認識していて欲しい」と。 そしてオレンジジュースで乾杯しよう。そうしたら僕の好きな飲み物がもっと彼女に染み込む、彼女の好きな髪の感触を僕がいつでも分かるようになるのと同じように。もうそこから先は、僕の好きなオレンジ色と彼女の好きな黒とが、混ざり混ざってきれいなマーブルになっていくのを、幸せ気分で眺めてみようかな。 「えー似合ってんのに坊主頭」 僕の言葉を聞いてしばらく黙っていた後のその彼女の声で、僕はオレンジジュースを吹き出した。 |
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