夏の氷の楽しみかた



 夏は氷に限る。
 氷塊をシャッ、シャッと削ったやつに赤いシロップなんかをかけて一気に食べるのがいい。やっぱり赤。ポストでもワインでも血でも、赤くないと落ち着かない。というのと似ているかもしれない。  親の商売柄、氷は幾らでもあるので、どんどん削って、シャリシャリとスプーンで口へとかきこむ。誰もが知ってる、こめかみへのキーンとした痛みが走る。心地よい痛み。もしこの快感を知らないひとがいるとしたら、ある意味不幸だ。かき氷は、味ももちろん大事なんだけど、この快い刺激を味わわなきゃいけない。まだまだ犬に食わせるほどあるのだけど、犬は氷は食わないのでその分も、というのも変だけど、とにかくひたすら食べる。いくら食べてもタダなのだから。パパとママの子供をやっている、たったひとつのとまではいわないけど、とても大きな役得だ。
 で、ついつい食べ過ぎて、おなかを冷やしてトイレにこもる羽目になる。というのが毎度のパターン。そうはならないこともあるけど、なることのほうが多い。平たく言えば、後先を考えないうえに学習能力に乏しい馬鹿だ。でも、というのは変かもしれないけど、アタシは腹痛が恐くてチビチビと食べるほど半端な気持ちでかき氷を愛してはいないのだ。ぞっこんなのよ、ゾッコン。アタシは一途な情熱タイプだね、きっと。だから余計に、氷に彩られた、ひんやりとした夏にしないと、熱病になっちゃう。

 夏の氷の楽しみかたは、かき氷だけじゃない。氷塊をアイスピックで荒めに割る。そしてそれを麦茶に浮かべる。なんてのもいいけど、たっぷりとある氷を、もっと贅沢に使う。つまり、ドボンドボンと水風呂に入れる。くどいけど、氷はドブに捨てるほどある。でもアタシの家の近くにドブはないので、ということは関係ないんだけど、水を溜めた浴槽に放り込む。氷風呂なんて普通じゃないというひとも多いけど、好きなものは好きなのだ。
 汗ばんだシャツとパンツを脱ぎ、慣れているので、ためらうことなく足を入れ、腰を沈め、肩まで浸かると、氷によって厳格なつめたさをまとった、ねっとりとした水に、小さな胸をキュッと絞めつけるような圧迫感がのしかかってくる。もう少し正確に言うなら、肺が搾られるようなかんじ。夢心地に、このまま息が止まってしまってもいいな、なんて思う。べつに自殺願望があるわけじゃないと思うけど、なんかそんなふうに思ってしまう。思うのだから思うのだ。理由なんかない。毎日毎日、ゆず湯のゆずのように氷を浮かべて、そこに浸かりながらそう思っている。キュッと胸を締め付けられるたびに。それが一種の快感だった。かき氷のキーン、の快感は多くの人が知っているだろうけど、この快感を知っているひとは、ひょっとしたらアタシくらいかもしれない。かき氷といい、氷入りの水風呂といい、涼しくなることと同時に、いや、ひょっとしたらそれよりも、ちょっと痛かったり苦しかったり、そんなことが快感だったりする。ということに、最近気がついた。マゾなのかも?
 あ、だからか。アイツの優しさが物足りなく感じるようになったのは。なんてね。ははは。いまだにアイツにフラれたことにけじめをつけられないでいるみたい。未練ったらしい。情けないオトメだなあ。オマエみたいなヤツなんか水風呂の刑だあ、というわけで、ってどういうわかよくわからないけど、今日も氷の水風呂に浸かってる。いつものように荒々しく、冷水に胸を締めつけられながら。

 いつもはアタシの肩口で留まっているはずの水面が、首を越えた。やがて顎を越えた。そして唇に迫った。
 あれ? 浴槽の底でお尻が少しずつ滑ってる? からだが浴槽に沈んでるみたい? アタシの意思に反して?
 全身の筋肉がこわばって動かない。氷の水風呂に浸かったときから死への恐怖なんてないから、むしろそれを楽しんでいたから、ただ笑っちゃうだけ。笑っちゃうわよ。気温が四十度に近い真夏日に、風呂場でからだが悴んじゃってるんだから。
 冷酷な水面が鼻を越え、眼を越えて、額を越えた。意識が遠のく。視界も暗転する。どうやら死ぬらしい。
 ま、いっか。
 ついに髪まで浸かって、アタシのからだは死体のように冷たくなっている。はずだ。全身は雪女のように冷たくなっている。はずだ。あれ? ひょっとしてアタシって、人間じゃなくて雪女だっけ? それすらわからなくなってる。まあ、どうせ死ぬんなら、どっちでもいいか。

 不意に唇に、唇だけに温かさが点った。
 混沌とし、暗黒に呑み込まれかかっている意識のなかで、これはキスの温かみだろうか、なんて考えた。アタシはきっと、氷のように冷たい肌で棺桶に収まっている。そしてアイツが別れのキスをしてくれたんだ。
 なんてね。本気でそんなこと思っちゃいない。間抜けな死を迎える直前くらい、これくらいロマンチックになったっていいじゃない。
 っていうか、死ぬ死ぬって、こんなに無造作に単語を並べられるってことは、ひょっとしたら案外、助かるのかもしれない。生きるのかもしれない。アイツが……いや、誰でもいいんだけど、アタシに人工呼吸をしてくれているのかもしれない。死ぬにしても生きるにしても、誰かに素っ裸のアタシが見られることになるんだろうな。まいったな。アタシのハダカを見るのがもしも、もしもの話、アイツだったら、それなりの責任を取ってもらわなきゃね。


著作:妄言王

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