写真をクリックすると拡大できます。
チタ州民間建立慰霊碑10
碑の名称 − 日本人埋葬碑、ハダブラク
所在地 − アラブヤニンスキー地区ニュータウン、ハダブラク
建立者 − 全国抑留者補償協議会 斉藤六郎氏、31番
建立年月日 − 不明
管理状況 − 1996年に松間様達の慰霊団が訪れた時は倒れていた。
収容所及び収骨状況:第24収容所第12支部、厚労省整理番号:3017(登録埋葬者481
名) 遺骨未収集
説明: ここからの生還者で埋葬地調査をされた方の情報が間接的に入って来たが、埋葬場
所不明である。信憑性は薄いが道路などになった所とも聞いた事がある。その不明な点が多い上、
上記斉藤六郎氏の碑はヘリコプターで運ばれて来て建てられたが、埋葬地とは関係がない場所の
様だ。埋葬地は碑の北北東のシャルロバーヤガラー村である。以後この碑が有る為に遺族達はこ
こに来て追悼式を執り行う状態の様だ。
熊本の松間氏(死没者の弟さん)が1996年に訪れた時、上の写真の小さい方の碑「鳴呼日
夜語り合いしダモイの声」を建て供養をされて来られた。
昨年と今年ここで父上を亡くされた岩手の菊地氏が全抑協のツアーでここを訪れ、村長に会った
り、精力的に調査されたが進展がない。中国へ抜ける鉄道沿いである。
2004年の慰霊巡拝で一緒だった下関の大元氏の父上の埋葬地でもあり、彼は同郷人であり、
お互いの埋葬地が近いだけに調査の時特に気にした所だが、481名ものお遺骨はいったいどう
なったのか想像が付かない。
写真提供:松間氏
|