楽苦画飢25-ナホトカ名物

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将校行李を担いだ集団は翌日人民裁判が開かれ将校は自己批判を強いられ後で渦巻きデモの中 心に立たされデモに揉まれ顔は青ざめている。 デモは入所の新しい隊が先頭に始められ帰国順序もバラバラであった。

(楽苦我記)
帰所後私達にも集合が掛かる、全員集合で皆統制がとれて機敏である、違反するとダモイが遅 れる事も有り得るので命令は守られて居る、私達より後に入所して来たウランバートルより来 た部隊で兵隊が将校行李を担いでいる姿を見て、未だこんな部隊があるのかと思っていたら案 の定、私達の集合前の宿舎前広場に円陣を作り将校を中央に立たせ人民裁判であり、私達の集 合はその周囲を取り巻き専従の民主化委員がアジり将校当番の当事者に発言を促し、私達もそ れに合いの手を入れる、終わりには将校に自己批判を迫る、次に控える儀式はナホトカ名物渦 巻きデモである。(後略)

(解説)
殆ど全てのシベリア抑留記に「民主化運動」と出て来る、洗脳教育、共産思想化のことだ。