楽苦画飢26-帰国船

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私達は夜8時頃に装具を持って集合と云われ引率されて行くと早、他の梯団が乗船しているで はないか、私達も乗せてもらえるものと思い見ていたが「ハイこれまで」とソ連将校が言うと 同時にタラップが引き上げられた。帰所の足取りも重く毎日船の入港するのを待ち焦がれた。

(解説)
「忘れもしない昭和23年11月28日に山添丸に乗船予定だったが叶わなっかた」とあり、 その時のスケッチである。 実際は次便、昭和23年12月1日舞鶴入港の貨物船「第1大拓丸」で帰還された。
舞鶴入港の引揚船一覧表、(入港日―船名―引揚者数)は下記の通り。
23.11.23. 信濃丸、 2,000名
23.11.26. 信洋丸、 2,000名
23.11.27. 山澄丸、 2,200名 (山添丸は間違いだと思われる)
23.12.1. 第1大拓丸、2,000名 柴谷様の乗船された船