町域

●尾久町の町域は、現在の荒川区東尾久・西尾久を合わせた範囲と思われるかもしれない。もちろん、大半は合致している。しかし、現在の町屋4〜7丁目あたりも尾久町の領域で、特に5丁目はほぼ全域が尾久町だった。実は今もその名残を、祭礼に見ることができる。現在の町屋地区の氏神は、南千住にある素盞雄神社(6月の天王祭)と考えがちだが、尾竹橋公園スカイハイツ南面から江川堀プロムナードを通過する通りの北側地域は、尾久八幡神社を氏神として8月に祭礼を行っている。ちなみに、前述の通りは、江川堀と呼ばれた用水路を暗渠化した道で、江川堀は尾久町と町屋・三河島地区との境界線
の役目を負っていた。
 

 
[地図の説明]
@大字名は尾久町が尾久村として誕生する際に合併した旧村名である。但し、船方村は分割され、東半分が尾久村に西半分は王子村に所属することとなった。
A薄い色分けは、現在の町屋・東尾久・西尾久のエリアである。
※子供の頃、西尾久=上尾久、東尾久=下尾久という印象を持ったが大間違いであった。
 

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