Music Library(1970年)


Current Events Of 1970

世界の出来事

  • ビートルズ解散 (ポール・マッカートニーの脱退により実質的解散に至る)
  • ペルー北部(アンカシュ)大地震 (死者 約70,000人)
  • ローデシア共和国宣言 (現ザンビア、ジンバブエの白人支配時代の国が共和制へ移行した)
  • 米上院がマスキー法(自動車の排気ガスを規制する法律)を可決
  • ニクソン大統領がベトナム和平への5項目の提案 (米軍撤退、インドシナ和平へ動き出す)

日本国内の出来事

  • 内閣総理大臣・・・・・佐藤栄作(第二次佐藤内閣)
  • 日航よど号ハイジャック事件(赤軍派学生ら9名が羽田発福岡行よど号をハイジャックし北朝鮮へ)
  • 大阪万国博覧会(参加国=77ヶ国、入場者数=6422万人)
  • 三島由紀夫 楯の会々員と陸上自衛隊東部方面総監部占拠、決起を促す檄をとばした後割腹自殺
  • 八幡製鉄と富士製鉄合併⇒新日本製鉄の誕生
  • 日本の人口が1億人を突破
  • 日米安全保障条約自動継続
  • 広島シージャック事件
  • 公害問題(光化学スモッグ、田子の浦ヘドロ、瀬戸内海の高濃度水銀・・・・・・)

Movie(ヒット映画)

  • ある愛の歌 (監督:アーサー・ヒラー、主演:ライアンオニール、アリ・マッブロー、音楽:フランシス・レイ)
  • いちご白書 (監督:スチュアート・ハグマン、主演:ブルース・デイヴィソン、キム・ダービー)
  • 大空港 (監督:ジョージ・シートン、主演:バート・ランカスター、原作:アーサー・ヘイリー)
  • 小さな巨人 (監督:アーサー・ペン、主演:ダスティン・ホフマン
  • 戦争と人間 第一部 (監督:山本薩夫、主演:滝沢修、原作:五味川純平)
  • 激動の昭和史 軍閥 )監督:堀川弘通、主演:中村又五郎、小林桂樹)
  • 富士山頂 (監督:村野鉄太郎、主演:石原裕次郎、渡哲也)
  • 男はつらいよ フーテンの寅 (監督:森崎東、主演:渥美清、マドンナ:新珠三千代)

Japanese Hit Song (日本のヒット曲)

  • 黒猫のタンゴ (皆川おさむ 詞:見尾田みずほ 曲:イタリア童謡 売上:141万枚)
  • ドリフのズンドコ節 (ザ・ドリフターズ 詞・曲:不明、補作詞:なかにし礼、売上:80万枚)
  • 圭子の夢は夜ひらく (藤圭子 詞:石坂まさを、曲:曽根幸明、売上:76万枚)
  • 女のブルース (藤圭子 詞:石坂まさを 曲:猪俣公章 売上:75万枚)
  • 逢わずに愛して (内山田洋とクールファイブ 詞:川内康範 曲:彩木雅夫 売上:70万枚)
  • 手紙 (由紀さおり)、愛は傷つきやすく (ヒデとロザンナ)、今日でお別れ (菅原洋一)
    京都の恋 (渚ゆう子)、経験(辺見マリ)、走れコータロー (ソルティ・シュガー)、希望 (岸洋子)
    笑って許して (和田アキ子)、もう恋なのか (にしきのあきら)、竹田の子守唄 (赤い鳥)
    白い蝶のサンバ (森山加代子)、男と女のお話 (日吉ミミ)、雨がやんだら (朝丘雪路)
    四つのお願い(ちあきなおみ)、誰もいない海 (トワ・エ・モア)、長崎の夜はむらさき (瀬川映子)

Vogue Word (流行語)

  • 「芸術はバクハツだ」(岡本太郎)
  • 「鼻血ブー」、「オンドリャー」(谷岡ヤスジの漫画より)
  • 「しらける」
  • 「三無主義」(無気力、無関心、無責任)
  • 「ウーマン・リブ}

TV (テレビ番組)

  • 「時間ですよ」(森光子、悠木千帆、堺正章、篠ひろ子、天地真理)
  • 「ありがとう」(水前寺清子、山岡久乃、石坂浩二、和泉雅子、沢田雅美、岡本信人)
  • 「細腕繁盛記」(新珠三千代、大村崑、園佳也子、高島忠夫、大友柳太郎、富士真奈美)
  • 「おくさまは18歳」(岡崎友紀、森川信、石立鉄男、うつみ宮土理、富士真奈美、松坂慶子)
  • 「あしたのジョー」(アニメ)
  • 「ステージ101」(司会:関口宏、黒柳徹子)
  • 「樅の木は残った」(平幹二郎、吉永小百合、栗原小巻、田中絹代、佐藤慶、蜷川幸雄)
  • 「ラブラブショー」(司会:芳村真理)
  • 「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」(永六輔)

Bestseller novel (小説・書籍)

  • 「冠婚葬祭入門」(塩月弥栄子)
  • 「誰のために愛するか」(曽野綾子)
  • 「冬の旅」(立原正秋)
  • 「スパルタ教育」(石原慎太郎)
  • 「心」(高田好胤)
  • 「銭の花」(花登筺)
  • 「アカシヤの大連」(清岡卓行)

Bestseller comics (漫画・劇画)

  • 「ドラえもん」(藤子不二雄)
  • 「メッタメタガキ道講座」(谷岡ヤスジ)
  • 「ド根性ガエル」(吉沢やすみ)
  • 「子連れ狼」(小池一雄)
  • 「ダメおやじ」(古谷三敏)
  • 「トイレット博士」(とりいかずよし)
  • 「男どアホウ甲子園」(作:佐々木守、画:水島慎司)

Others (その他)

  • 名古屋にケンタッキー・フライドチキン日本国内1号店開店
  • 力石徹(あしたのジョー)の告別式が行われる
  • ベンチャーズ(エレキギター)ブーム
  • 喜劇王エノケン(榎本健一)死す
  • 歩行者天国始まる(銀座、新宿、池袋、浅草)
  • マイク音声を使用したちり紙交換始まる
  • 日本航空/ジャンボ機就航
  • 日刊アルバイト情報創刊
  • 保温電子ジャー発売(象印)
  • プッシュホン、ミニカー(トミカ)
  • ビール140円/1本、かけそば100円/1杯、電話7円/3分、缶コーヒー(UCC)80円/1本
    大卒初任給39,900円円

Hit Of 1970


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B.J.Thomas
 Raindrops Keep Fallin' On My Head / 雨にぬれても
    Greatest Hits

    年間No.1に輝いたのは、バート・バカラックとハル・デヴィッドの名コンビの作品です。 アカデミーの主題歌賞にも輝いている。B.J.トーマスはこの曲のイメージが強すぎて、フォークシンガーと思い込んでい る人が多いと思いますが、元来はR&Bシンガーです。その歌唱力と器用さからカントリー、ポップス、 ゴズペルの分野などでも活躍しています。 曲については、今さら説明無用の名曲です。映画ファンには「明日に向かって撃て」の挿入歌としてお馴染みですね。


    年間第1位 最高位 1位(1970年1月3日)
    写真は収録アルバム / B.J Thomas Greatest Hits

The Jackson 5
 I'll Be There / アイル・ビー・ゼア
    年間第2位 最高位1位(1970年10月17日)
 Want You Back / 帰ってほしいの
    年間第10位 最高位1位(1970年1月31日)
 ABC / ABC
    年間第15位 最高位1位(1970年4月25日)
 The Love You Save / 小さな経験
    年間第32位 最高位1位(1970年6月27日)

    ジャクソン5・ベスト・セレクション モータウンはこの年16曲を年間トップ100に送り込んでいるが、そのうち4曲がジャクソン5のもの。しかも4曲ともNo.1に輝いているというのだから恐れ入る。 本格的メジャーデビュー曲「帰ってほしいの」がいきなりの大ヒット。そしてその後も立て続けにNo.1を獲得と飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍。この影ではマイケル(当時11才)をより可愛く見せるために8才と偽ったり、血縁関係のないメンバーを従兄弟と詐称したり、ジャクソン5を発掘したのは、ダイアナ・ロスだったと嘘っぱちを言ったりと「何でもあり」の売り出し工作だったらしいよ。
    写真は収録アルバム / ジャクソン5・ベスト・セレクション

The Partridge Family
 I Think I Love You / 悲しき初恋
    ヴェリー・ベスト・オブ・パートリッジ・ファミリー アメリカのABCで放送された家族全員でロック・バンドを結成し国中をツアーするというコメディ・ドラマ「人気家族パートリッジ」は 高視聴率を記録。主役は、当時アイドルのデヴィッド・キャシディ。 ドラマそのままの”パ−トリッジ・ファミリー”という名でこの曲をリリースすると、 またたくまに全米で大ヒット。グラミー賞のベスト・セリング・ヒットシングル・オブ・ザ・イヤーをも受賞してしまう。その後もヒットを連発。TVとのタイアップが大成功。単にツボに嵌っただけではない。ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、バリー・マン、シンシア・ウェイル、ポール・アンカといった超一流どころが音楽面で支えていた。日本でも放送されましたね。懐かし〜い!
    年間第3位 最高位1位(1970年11月21日)
    写真は収録アルバム / ヴェリー・ベスト・オブ・パートリッジ・ファミリー

Simon & Garfunkel
 Bridge Over Troubled Water / 明日に架ける橋
    明日に架ける橋 ニューヨークの小学校時代からの親友だった彼らの通算3曲目のNo.1ヒット。 しかしアルバム製作中に音楽的意見が対立しこの曲が収録されているアルバムを最後に解散してしまう。 アルバムは全世界で売上が1,000万枚を超える大ヒットとなり、グラミー賞の最優秀レコード賞・最優秀アルバム賞を受賞。 音楽的対立はあったものの、親友関係には変わりなく解散後もプライベートでは深い親交を継続。その後の再結成に繋がっていく。


    年間第4位 最高位1位(1970年2月28日)
    写真は収録アルバム / 明日に架ける橋

CarPenters
 (They Long To Be) Close To You / 遥かなる影
    遙かなる影(紙ジャケット仕様) カーペンターズがバート・バカラックとハル・デヴィッドの作品で大ブレイク。最優秀新人部門をはじめとする2つのグラミー賞を手にした。バラードとミディアムテンポのポップスとカレンのボーカルが見事にマッチして人気を得た。音楽評論家達は、カーペンターズを「甘ったるい」などと評することが多かったが、音楽産業界は多くの賞を与えるという、奇妙なネジレ現象を起こした。この時代は社会性やメッセージ性などを強く求める時代であったせいもあり、評論家受けは良くなかったが、 35年以上経った今も、親しみをもって聴かれ、脈々と歌い継がれていることが、当時の評論家達が間違っていたことのなによりの証明であろう。1983年2月4日、カレンは32歳という若さで逝ってしまった。
    年間第5位 最高位1位(1970年7月25日)
    写真は収録アルバム / 遙かなる影

George Harrisone
 My Sweet Road/Isn't It A Pity / マイ・スィート・ロード/イズント・イット・ア・ピティ
    オール・シングス・マスト・パス 〜ニュー・センチュリー・エディション〜 ビートルズが解散して真っ先に輝きを放ったのがジョージであった。ビートルズ時代は一番年下ということもあり、またジョンとポールという稀代の個性と才能を持った2人と一緒だったので目立たなかったのだろう。初のソロ・アルバムでありこの曲の収録アルバム「オール・シングス・マスト・パス」は、異例の3枚組として発売されたにもかかわらず全米/全英で大ヒット。ジョージの才能が一気に爆発した。また、それを見事にプロデュースしたフィル・スペクターの存在も忘れてはならない。このアルバムは今でもロック・アルバムの金字塔という高い評価を得ている。残念ながらジョージは、2001年に肺癌と脳腫瘍のため逝去。
    年間第6位 最高位1位(1970年12月26日)
    写真は収録アルバム / オール・シングス・マスト・パス

Edwin Starr
 War / 黒い戦争
    Essential Collection 年間第7位は時代を反映してか、モータウンからの反戦歌が年間7位にランクイン。オリジナルはテンプテーションズである。モータウンには、テンプテーションズのバージョンをシングル発売して欲しいというリクエストがたくさん届いていた。しかしこのときテンプテーションズは「サイケデリック・ワールド」(1970年,年間20位)の発売を計画しており、テンプテーションズ・バージョンはお蔵入り。そこでプロデューサーのノーマン・ホィットフィールドはエドウィンに声をかけた。ツバをはき飛ばすようにシャウトする彼のバージョンが大いに受け入れられて大ヒットする。今でもエドウィンの「黒い戦争」として歌い継がれている。2003年に心臓発作により逝った。
    年間第7位 最高位1位(1970年8月29日)
    写真は収録アルバム / Edwin Starr Essential Collection

The Guess Who
 Amerikan Woman/No Sugar Tonight / アメリカン・ウーマン/ノー・シュガー・トナイト
    ベスト・オブ・ゲス・フー ”ザ・フー”とよく間違えられるカナダ出身のゲス・フーがランクイン。65年にエクスプレッションズというバンド名でデビューし、小ヒットを出している。 当初はサイケデリックなサウンドであったが、ステッペンウルフ的なアメリカンサウンドに方向転換しNo.1ヒットを記録。 メンバー交代を繰り返しながら今も頑張っているようです。この曲の頃は、バートン・カミングス(ボーカル)や後にバックマン・タナー・オーバードライヴで大活躍するランディ・バックマン(ギター)が在籍していました。バートン・カミングスのソウルフルなボーカルがたまらない。

    年間第8位 最高位1位(1970年5月9日)
    写真は収録アルバム / ベスト・オブ・ゲス・フー

The Beatles
 ILet It Be / レット・イット・ビー
    年間第9位 最高位1位(1971年4月11日)
 The Long And Winding Road / ロング・アンド・ワインディング・ロード
    年間第45位 最高位1位(1971年6月13日)
    レット・イット・ビー ビートルズのラストアルバムからのNo.1ヒット。ラストアルバムといっても発売された最後のアルバムということで、制作・録音順では「アビィ・ロード」がラストである。レット・イット・ビーは言わずと知れた世紀の名曲。ロング・アンド・ワインディング・ロードのリミックス問題が一気に解散に向かわせたと言われている。プロデューサーのフィル・スペクターはコーラスやストリングスを多重録音し壮大な曲に仕上げたが、ポールはそれが過剰すぎる、とお気に召さなかったようだ。なんとポールには、フィル・スペクターにプロデュースを依頼したことも知らされていなかったということで、ポールは大激怒し実質的な脱退宣言となっていった。ポールはアレンジ手法そのものじゃなく、ライターの自分が知らないところで、依頼したことも知らないプロデューサーの手によって勝手に曲が変わっていくことが許せなかったのではないだろうか。後年ポールがストリングスのないバージョンを演っているが、断然フィルのアレンジしたこのバージョンのほうが良いということがそれを物語っているように思う。
    写真は収録アルバム / レット・イット・ビー

The Shocking Blues
 Venus / ヴィーナス
    (COLEZO!)ショッキング・ブルー 珍しいオランダ出身のロック・バンド。ジェファーソン・エアプレインに大いに影響を受けた彼らがフラワームーブメントの波に乗って大ヒットを飛ばした。ジェファーソン・エアプレインに影響を受けたといっても、それは精神的なものではなく表面的なもので「流行に乗っかちゃった〜」的な軽いものでした。しかし、この時代を代表する曲として長く愛され、アメリカではバナナラマ、日本では長山洋子がカバーしています。つんくはモー娘のヒット曲のイントロで・・・・・・・


    年間第22位 最高位1位(1970年2月7日)
    写真は収録アルバム / ショッキング・ブルー(ベスト)

Red Zeppelin
 Whole Lotta Love / 胸いっぱいの愛を
    レッド・ツェッペリンII ヤードバーズ最後のギタリスト、ジミー・ペイジが集めたメンバーは、契約期間中のため、レコード会社の商業主義受け入れニュー・ヤードバーズと名乗り活動をしていた。しかし、契約期間が満了するやいなや、違うレコード会社と契約し自分達のやりたい音楽を始める。そして、レッド・ツェッペリンと名乗り颯爽とデビューした。そのハードで斬新なサウンドはたちまち若者を魅了していくのであった。この曲はセカンドアルバムからのヒット曲。このアルバムはヘビーなサウンド、完成度の高さから「ハードロックの雛形」と呼ばれた。
    年間第28位 最高位4位(1970年1月31日)
    写真は収録アルバム / レッド・ツェッペリン II

Free
 All Light Now / オール・ライト・ナウ
    ファイアー・アンド・ウォーター+6 一時期、日本人ベーシスト山内テツが在籍していたことでも知られるイギリスのバンドの最大のヒット曲。シンプルでオーソドックスなロックで本国イギリスや日本では人気を得ていたが、アメリカではこの曲こそヒットしたものの、売上・人気ともパッとしなかった。「地味」「暗い」という評価だったようだ。ボーカルのポール・ロジャースとドラムのサイモン・カークが後に結成したバッド・カンパニーはアメリカを意識した音作りをしアメリカで大成功したがイギリスでは今ひとつだった。イギリスではポール・ロジャースにフリーそのものを期待したんだろうね。その期待が裏切られたので支持をえられなかったのだろう。それだけイギリスではフリーの存在が大きかったということだ。そんな彼らの名曲です。
    年間第29位 最高位4位(1970年10月17日)
    写真は収録アルバム / ファイアー・アンド・ウォーター+6

Chicago
  25 Or 6 To 4 / 長い夜
    シカゴII(シカゴと23の誓い)-(紙ジャケSHM-CD) ベースとドラムのみのビートの利いたイントロからはじまり、ブラス・アンサンブルを経てピーター・セテラのハイトーン・ボーカルへ繋がっていく、リズミカルなロックナンバー。ロバート・ラム作。この曲の収録アルバムではピーター・セテラがソングライター・デビューしている。テリー・キャス、ロバート・ラム、ピーター・セテラの3人のソングライターを擁するシカゴは様々なバリーションのサウンドで息の長い活動をすることとなる。


    年間第56位 最高位4位(1970年9月12日)
    写真は収録アルバム / Chicago II