<始めまして>




「ああ、もう!」
 椅子の上で大きく伸びをしたエンヴィーは、その勢いのままにテーブルに突っ伏す。
 エンヴィーが動いたことで風が起き、机の上の紙の束が宙に舞い上がる。
 そのうちの何枚かが入り口で拾われる音がした。
 闇の中に長い髪の女と、ずんぐりした野郎のシルエットが浮かぶ。
「くさってるじゃないの、エンヴィー」
「いらっしゃーい、ラスト」
 大事なものでしょ、と言われながら差し出された紙をエンヴィーは渋々引きとる。
 床に落ちたそれらも行儀悪く足の指で拾い集めながら唇を尖らせた。
「くさるもくさんないも、っていうか、くさるだろ、マジで! こーんな暗い部屋で延々紙切れ眺めてさぁ」
「お父様の言いつけだもの。第一、あなたがそれを覚えなくてどうするのよ」
「わかってるけどさ」
 あんたたちはサラッと見ただけなんだろ? 有能って困るよね。
 そう言って肩を竦めたエンヴィーに、ラストは「差し入れ」と、手に持っていたりんごを放る。
 傍にいたずんぐりがそれを見て指を口に咥えたのを見て、ラストは、ずんぐりの頭を撫でた。
「後であげるから」
「相変わらず大食いで悪食?」
「まあね」
 受け取ったりんごにすぐに齧りつきながら、エンヴィーは山となった書類を適当に摘む。
「大体、なんで国家錬金術師ってこんなにゴツくてムサいやつらしかいないのさ。鉄血の錬金術師だの豪腕の錬金術師だの、筋肉がありゃあいいってもんじゃないじゃん。じゃなきゃ、」
「えらくひ弱そうか?」
「そ。今後、こんな格好悪いカッコになんなきゃいけないかもしれないかと思うとうんざりだね」
 『仲間』は、それぞれ特殊能力に長けている。
 エンヴィーは格闘や銃器などの扱いにも、人を殺す力にも長けてはいるが、その上、視覚で得た情報からその者に変身できるという能力を持っている。
 暗殺を得意とする仲間内でも、特に穏便に標的に近づくことができる。
 それゆえ、標的に成り得る人間の名前と姿とをできるだけ頭に入れなければならないのだ。
「オレもあんたたちみたいに早く外での仕事したいよ」
「もう少しなんでしょ? 頑張りなさい。グラトニー、それは食べちゃだめ」
 紙を一枚、ずんぐりが持っていて、それを食べようと口を大きく開けていたのをラストが咎める。
 グラトニーからそれを取り、エンヴィーに返そうとして小さく笑った。
「なに?」
「これはいいんじゃない?」
「どれ? ロイ・マスタング? ああ、そうだね、若いや。ちょっと格好良いし。みんなこれくらいだとヤル気も起こるのになー。えーっと、焔の錬金術師、ね」
 額に人差し指を当て、目を閉じて記憶する。
 うん、覚えた。
 その時、手に持った紙が二枚に分かれた。
「え、うわっ」
「あら。くっついてたのね」
 落ちかけた紙を咄嗟に取ったエンヴィーが、瞬間、動きを止め、そしてニヤリと笑った。
「なーんだ。こんなに若いのもいるんじゃん」
 金髪。生意気そうな、やっぱり金の瞳。
 おまけに。
「へー。十二歳で国家錬金術師の資格を取得だって。いーんじゃん、このおチビさん」
 経歴も相当のものだ。
「そう。二つ名は?」
「鋼の錬金術師」
「鋼」
 マークしてみましょう、とラストは言った。
「いい材料だといいよね、『人柱』の」
「ええ。まずは見てのお楽しみかしら。所属は?」
「イーストシティ。東部だね」
「了解」
 エンヴィーからそれを聞くと、ラストは踵を返して出口へと向かった。グラトニーもそれに続く。
「あ。グラトニー」
 手の中のりんごの芯に気付いたエンヴィーがグラトニーを呼び止める。
 そしてグラトニーの口を目指してそれを放った。
 しゃくしゃくゴリ、と音がする。嬉しそうな声も。
「ごちそうさま、エンヴィー」
 この無邪気な声で人間を一人でも二人でも丸齧りするんだからたまらない。
「いえいえ。こちらこそゴミ処理サンキュー」
「ゴミ処理とか言わないで」
「はいはい、ラストおばはん」
 眉を顰めたであろう女には、ご武運を、と言って手のひらをひらひら振る。
 それには、またね、と返ってきて、やがて静寂が訪れた。
「イーストシティ、ね」
 東部全般はラストたちの管轄だ。
 山と積まれた書類の中に、さっきの二枚も混ぜる。
 残りの紙にも目を通していく。
 だが、頭に残るのはさっきの金髪。
 鋼の錬金術師。エドワード・エルリック。
「面白そうじゃん?」
 誰ともなく言うと、気分が昂揚してくる。
 ――早く終わらせて、ちょっと見に行ってみようかな。
 好みの部類に入る、小さな錬金術使いを。



 その後、期せず遭遇した。それ、に。
 ここ、セントラルで。

「あらら……なんで鋼のおチビさんがここにいるのさ」
 金の髪。金の瞳。
 傷ついて、立ち上がることさえできなさそうなのに、写真と同じ、いや、それ以上の目をさせて。
 それじゃあ、とりあえず、ご挨拶。
 役立たずを始末してからエンヴィーはエドワードに近寄った。
 にっこり笑う。


「初めまして、鋼のおチビさん」